06 社畜、冒険者になる
「はい、これで必要書類の記入は完了です。冒険者認定証を発行いたしますので、お座りになってお待ちください」
受付嬢のお姉さんは淡々と事務的な口調でそう告げると、カウンター奥の別室に消えていった。
ツトムとテラーラは受付嬢の言う通り椅子に座って待つ。
「あーあ、あれはもう完全にツトムさんは厄介な客認定されちゃいましたよ」
「ふん、都合の良い客扱いされるより、100倍マシだ」
「もっと余裕を持って生きた方がいいですよ?」
「そんなことが言えるのは、君が搾取される側になったことがないからだ。搾取される側の気持ちと言ったら、透明な底なし沼に引きずり込まれたみたいなのだ……」
ツトムはぶるり、と体を震わせる。
「絶対に……絶対に日本での二の舞は演じぬ!」
「その固い決意を別の形であらわして欲しい……」
ツトムはふいに後ろを振り返る。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、気のせいだ……会社が追ってきているような気がしてな……」
「会社が追ってくる⁉ どんな状況ですか!」
「一言で言えば、『会社転生~社畜の僕を異世界まで追ってきたブラック企業。サラリーマンは奴隷以下の存在なのだ~』ということだ」
「なぜ、ライトノベルタイトル風に……? いくらなんでも、そんな題材の作品は未来永劫出現しないと思いますけど」
「そうかな? 日本のサブカル業界に、あり得ないなんてことはあり得ないと思うが?」
「まあ、確かに……」
「ツトム様、テラーラ様、受付までいらしてください」
雑談に興じているうちに、結構な時間が経過したらしい。受付嬢のお姉さんに呼ばれている。
ツトムとテラーラは再びカウンターに並んで立った。
「お待たせしました。こちらが、あなた方の冒険者認定証です」
受付嬢がトレーに載せて差し出してきたのは、茶色の地味なバッジだった。
「これが認定証?」
「はい。同時に身分証明書でもあります。クエストを受ける際は必ず提示していただきますので、無くさないようにご注意ください。なお、紛失された場合は、再発行に200ルドを支払っていただきます」
その200ルドが日本円に換算していくらくらいなのかはわからないが、気を付けよう。
(僕はそういう無駄金を払うの大嫌いだからな)
僕とテラーラは認定証を手に取る。
まじまじと眺めてみると、あらためて思う。
「地味……」
「仕方がありません。それはEランクの認定証ですから」
「Eランク?」
「はい。冒険者の方々にはギルドからランクを定めさせていただいています。初心者はEランクから始まり、D~A、そして、最高ランクのSへのランクアップを目指すのです。ランクはクエストの受注数や成功確率、人間社会への貢献度などの基準点を満たすと、順次ランクアップクエストが提示されます。そのランクアップクエストに成功すると、次のランクへアップするという仕組みです」
「ほう……」
説明を受けると、僕は黙って考え込む。
「何を考えているんですか?」
「どこが一番いい利ザヤを産むんだろうか」
「は?」
「日本では年収1000万円を超えると税金が一気に増えて、実質の手取りは年収800万円くらいの方が高いと聞く。この冒険者ランクもそうなんじゃないかなって」
「…………」
「多分Sランクは責任ばかり重くて、実質利益は少ないと見た。おそらくBランクくらいがもっとも楽で稼げると思うのだが、どうだろうか?」
「好きにしたらいいんじゃないですか?」
ツトムは真剣に考えているのに、テラーラの対応は冷たい。
「クエストの受注は、掲示板に貼ってある依頼書を持って、あちらの受付に申し出てください。一番右がEランククエストの掲示板です。あそこなら、命に係わるクエストはありませんので、ご安心を」
「え? じゃあ、それ以外は死ぬ可能性があるということ⁉」
僕の当然の疑問を、受付嬢は快活にスルーした。
「説明は以上です! では、あなた方のご活躍を心よりお祈りしております!」
僕の背筋に冷たい汗がにじみ出る。
「口調は丁寧だが、客をないがしろにするこの感じは覚えがあるぞ……典型的なブラック企業のムーブ……! 冒険者とはこの世界における下請け業者なのでは……⁉」
「もういいですから」
テラーラが僕の襟首を掴んで、掲示板へ引きずっていく。
「さあ、初クエストを選びましょう!」




