05 社畜、OB訪問をする
OBとは、オールドボーイの略で、男性卒業生を意味する。
OB訪問とは、就活の一環で大学のコネを利用し、社会人として働いている卒業生を訪ねて、アドバイスしてもらうことを言う。
大抵選考には影響しないことが多いが、実際に働いている人物と接することで、自分の個性とその企業の社風にギャップがないか見極められる利点がある。
ツトムはこれをしようというのだ。
『OBなんてこの世界にはいませんよ?』
「そこはコネなしで、先輩方に話を聞くしかないだろうね」
『だから、夜になるまで時間をつぶしたんですね』
透き通るような青空が、今は真っ暗な夜空になっていた。
夜空に地球とは異なる星々が輝いている。
昼間は人気のなかったギルドだったが、夜になると冒険から帰還した冒険者たちが、冒険譚を肴に酒を飲んでいた。
冒険者たちは、筋骨隆々の剣士がいれば、ずる賢そうな盗賊、妖しげな魔法使いなどバリエーションに富む人々だった。
彼らには一見統一性がなかったが、よくよく観察してみると、グループを形成しており、他のグループとは一線を引いているのがわかる。
彼らには縄張りに似た境界線があり、新人がこれを超えるのは至難だと思われる。
『ど、どうするんですか? いきなり話しかけるんですか?』
テラーラはおどおどと心配した様子だ。
「心配するな。この程度の修羅場はいくらでも通ってきている」
『なんで、急に男前に?』
心配するテラーラをよそに、ツトムはとある冒険者パーティーが占拠するテーブルに歩み寄った。
「ここいいかな?」
椅子を引いて尋ねるツトムを、モヒカン男がぎろりと睨みつけた。
背は高くないが、体のあちこちが筋肉により隆起している。ぼろぼろの皮鎧を身に付けている。ぼろぼろなのに貧乏くさい印象はまったくない。むしろ、歴戦の冒険者の迫力を醸し出している。
同席している男たちも似たり寄ったりの容姿で、もし日本だったら、危険なアウトロー集団と認知されていることだろう。
「ああ? いいわけねぇだろ。ひよっこは隅っこで膝抱えてな!」
周囲の冒険者たちもモヒカンに同調して、けらけら笑っていた。
ツトムは一歩も引かず、むしろ前へ出た。
「へぇ……いい度胸だな。僕のスキルを知っても同じ態度がとれるかどうか見ものだな」
「はあ? おめえみたいな雑魚がどんなスキルを持ってるってんだよ!?」
「ビールを注いで、極上の泡を召喚するスキルだ」
「………………」
モヒカンと冒険者たちは沈黙ののち、どっと爆笑した。
「面白れぇ! やってみな!」
モヒカンはジョッキをツトムに放り投げた。
ツトムは真摯なまなざしでビールを見つめ、ジョッキに注いだ。
「さ、ご賞味あれ」
ジョッキに注がれたビールを見るモヒカンの目は、半信半疑だった。
「けっ、こんなの注ぎ方ひとつで変わるもんかよ」
モヒカンがビールに口をつけた瞬間、彼の顔がとろけた。
「あふぅ…………」
「ど、どうした!?」
異様な表情に冒険者たちが動揺する。
「たかがビールの泡がシルクみてえな高級な舌触りだ」
モヒカンの恍惚な表情は先刻までの態度からは想像もつかないものだった。
冒険者たちはごくりと唾を飲み込む。
「ただの泡だってのに、とんでもねえ存在感だ。これだけで、一品料理にできるぐれえどっしりしてやがる。泡が唇に触れた瞬間、とんでもねえ安心感と幸福感に包まれる。泡を口の中に含むと、若干の苦みと甘みが絶妙なバランスで踊ってるのがわかるぜ。まるで、初恋みてえな気分にさせやがる。そして、それを追い求めてさらにジョッキを傾けると、ふいに冷たいビールが押し寄せてくる。優しい泡のぬくもりから一転、麦の鮮烈な香りが駆け巡りやがる。体に活力をもたらす旨味とほんのりの苦み……駆け出しだったころを思い出すぜ。あのころは、何もかもが新鮮だったが、嫌なこともあった。でも、あれがあったからこそ、今があるんだよなぁ。でもって、ビールを最後まで飲み下すと、さびしくなってきやがる。だが、ほんのりと幸福感が残ってるんだよう」
モヒカンはただのビール一杯に人生を感じていた。
目じりに涙を滲ませ、食レポを締めくくる。
「このビールの一杯に人生の喜びが存在する! これほどのスキルをどこで習得しやがった⁉」
『それより、貴方の食レポスキルはどこで習得したんですか?』
テラーラが誰にも聞こえない声でつぶやいた。
冒険者たちが歓声を上げた。
「俺も! 俺にも注いでくれ!」
たった一杯のビールで、ツトムはこのギルドの冒険者たちに受け入れられたのだった。
次々と差し出されるジョッキにビールを注ぎながら、ツトムはテラーラに耳打ちした。
「どうだ、僕の長年のアルハラ被害で習得したスキルは?」
『そんな悲しい経緯のスキルだったんですか⁉ それにしても、なんでそのコミュ力を昼間活かさなかったんですか!? お姉さんが! 昼間受付してたお姉さんがすごい目でこっちを見ている!」
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翌朝、二日酔いでがんがん痛む頭を抱えながら、ツトムは起き上がった。
街の公園の芝生だ。
昨夜は、冒険者たちに大層気に入られて、乱痴気騒ぎをしたのだ。
宿もないツトムは公園の芝生に寝転がり、朝まで熟睡していた。
過ごしやすい季節で良かった。
もし、冬なら凍死していたかもしれない。
「おはようございます」
かたわらにテラーラがいた。
「……おはようございます……あれ、テラーラさん、だよな?」
昨日までのテラーラではなかった。
不思議空間で出会った女神っぽいテラーラでもなく、この世界のナビをしてくれていたマスコットキャラ風のテラーラでもない。
エキゾチックな民族衣装で身を包んだテラーラであった。
完璧な美しさは損なわれてはいないが、どこか神々しさは抑えられていた。
その声も、ツトムの脳内に直接響く感覚が消え、鼓膜を震わせる普通の声だった。
「その恰好どうしたの?」
「わたくしもこの世界で生活することにしました。貴方のことが心配で」
「え?」
「貴方のために神としての仕事をお休みして、一緒に冒険してあげます」
「え……まさか……そんなことが……」
ツトムは一歩後ずさり、ふるふると首を振った。
「そうそう。貴方のために、わざわざ現界してあげたんですよ。崇め奉りなさい」
テラーラは満足げに、胸を張った。薄手の民族衣装の下のふくよかな胸部が強調される。
「神の業界は、こんな簡単に有給休暇が取れるのか⁉」
「そんなことに、驚いてるんかい!」
テラーラのツッコミで、ツトムの二日酔いが醒めてきた。
「それはそうと、今日こそはギルドに登録するんですよね?」
「ああ……するよ」
「職種は決まったんですか?」
「あれ、聞いてなかったの?」
ツトムは、昨夜先輩冒険者たちのアドバイスを受け、職種を決めていた。
「あまりにも汚い飲み方だったので、早々に帰らせていただきましたので」
「あの程度で? 日本の飲み会はあれの3倍は汚いんだけど……」
「だんだんわたくしも日本のことが嫌いになってきましたよ……でも、決めたんですね。なら、さっさと登録しちゃいましょう」
ツトムとテラーラは再びギルドを訪れた。
応対する受付嬢は昨日と同じ胸の豊かな彼女である。
先に、テラーラが登録をした。
受付嬢は突然同行してきた美女に興味深げな視線を送っていたが、なにも言わず事務的に応対した。
ツトムはテラーラが記入する書類を横から眺めた。
「年齢20? 思ったより若いんだな……」
「はい、20世紀」
「年単位じゃないのかよ!」
「1年ごとに年齢が変わるって面倒臭くないですか?」
「神の時間感覚は分からん! それにしても、2000歳か……縄文人だったのか」
「弥生時代ですよ! 2000年前は!」
「似たようなもんだろ……」
「弥生時代には農業が始まってます! これは重大な時代の変化ですよ!」
「……日本で労働が始まった忌まわしい時代……か」
「貴方は労働に魂を囚われすぎですよ」
テラーラは書類の記入を進めた。
昨日ツトムが引っかかった職業の欄もすらすらと記入していく。
祭司。
それがテラーラの希望する職種であった。
「祭司?」
「ええ、わたくし豊穣の女神ですから、これが最適解です」
「ふうん、豊穣の女神ねえ……」
あまり戦闘の役には立たなさそうだな、とツトムが考えていると、テラーラが記入を終え、ツトムの番になった。
「ええっと、ご希望の職業はございますか?」
受付嬢が遠慮がちに質問してきた。
ツトムはぐっと拳を握り、力強く答えた。
「魔法剣士でお願いします!」
受付嬢がすごい目で睨んできた。
アルハラ……アルコールハラスメントの略。立場の違いを利用して、飲酒を強要すること




