04 社畜、職種に悩む
冒険者ギルドは独特な匂いがした。
冒険者たちの野望の匂いと言おうか。
冒険者ギルドの1階は酒場を兼ねているらしく、いくつもの丸テーブルと椅子が置かれていた。
昼下がりという時間のせいか、冒険者らしき人の姿はない。
ウェイトレス姿の女性が床を掃除していた。
入口正面の一角にカウンターがあり、受付嬢が座っている。
カウンターの端に、“冒険者登録はこちら”と記載された案内文があった。
見たことのない文字だったが、ツトムは難なく読むことができた。
どうやら言葉で苦労することはなさそうだった。
『ほら、あそこが受付みたいですよ! 受付嬢さん、美人ですね!』
テラーラは嬉しそうだった。
別に受付嬢が美人でも彼女には得はないはずだが。
受付嬢は確かに美人だった。
カールした金髪をまとめ上げ、仕事のできるかっこいい女性っぽく見える。年齢はツトムよりやや下の25,6歳だろうか。カウンターに隠れており体形のすべては見えないが、カウンターの上に鎮座する豊かな双丘は圧巻だった。
テラーラの視線がその双丘に集中している気がするのは、気のせいだろうか。
「美人な受付嬢か……ブラック企業の特徴の一つだな……」
『まだ言ってる……そうなんですか?』
「中身が無い企業ほど、外面は取り繕うものさ……受付嬢はその最たる例だ」
ツトムは緊張で、唾を飲み込んだ。
「気を付けろ。登録料とか言って、こっちの財布を狙っているかもしれない……」
『もう好きにしてください……』
テラーラは諦めた様子で、ふよふよと宙を飛ぶ。
「いらっしゃいませ! 新規登録希望でしょうか」
受付嬢ははきはきと案内した。
「はい。完全初心者なんですけど……」
「かしこまりました。まず、こちらに必要事項をご記入ください」
受付嬢は一枚の書類をツトムに差し出す。
ツトムは何故か書けるこの世界の文字で、上から必要事項を記入していく。
名前、年齢、性別……
「ん? 種族?」
『人間とか、エルフとかじゃないですか?』
「なるほど……寝そべり族、っと」
『違うでしょ!』
「いや! 僕は寝そべり族だ! 例え、人種・言語が違っても、彼らは僕の同胞だ!」
『もう好きにしてください……』
「さて、次は……職業? 冒険者ですよね?」
「あー、それはですね――」
受付嬢が身を乗り出してきた。
豊かな双丘がぶるん、と震える。
ツトムはそれ自体よりも、それをテラーラが凝視しているのが、気になった。
「冒険者として活動するにあたっての、職業です。剣士や魔法使い、僧侶などですね」
「えっ? そんなのわからないんですけど……」
「問題ありません。ある程度希望がある方が大半ですが、実際に冒険者活動をしなければ最適な職業はわかりません。ジョブチェンジはいつでも可能なので、それほど悩む必要はありません」
「と言われても、どうすればいいか……」
「それならば、魔法剣士がおすすめですわ! 重装備に身を包み、タンクとしてパーティーの盾役をこなしつつ、強力な魔法で火力を担うも良し、軽装で短剣を振りかざし、補助魔法で身体能力を強化するも良し。バランスの良い職業です。他職業へのジョブチェンジも容易です。まずは、魔法剣士で経験値を溜め、ご自身の適正を判断されては?」
『いいんじゃないですか? 魔法剣士で』
「騙されるな、これは罠だッ!」
『デジャヴ⁉』
ツトムはカウンターから距離を取った。
「こんな安易に職種を決めていいわけがない!」
『はあ?』
「そもそも職種なんて、企業の都合で割り振られるもんだ! どんなに面接で企画部門希望だと力説しても、採用されたらしれっと営業に回されるんだ!」
『それは日本の風習でしょ……』
「企業が労働者のためになる職種を提案するなんてあり得ない! あれはおためごかしに決まってる! おそらく、こういうことだ……」
ツトムは遠い目をして、語り出した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
受付嬢がドアをノックすると、低い声が入室を許可した。
「失礼します」
一礼して受付嬢が部屋に入ると、体格のいい男が窓の外を見ていた。
「お呼びでしょうか、ギルドマスター」
「うむ……」
ギルドマスターと呼ばれた男は窓の外に視線を向けたまま返事をした。
「今期の新規登録者はやや少ないようだね」
他者を威圧する低く野太い声だった。
「は、はい……申し訳ございません」
受付嬢は頭を下げた。
「それは君の責任ではない。謝罪は無用だ」
「で、では……ご用件は」
「職種のバランスだ」
受付嬢がびくりと身を縮ませる。
「ずいぶん魔法剣士が少ないようだが……?」
「そ、それは皆さんご希望の職種がありまして……」
「それを阻止して、誘導するのが君の仕事だ」
受付嬢の言い訳を、ギルドマスターがびしゃりと斬り捨てた。
「君が所属している組織は何かね?」
「ギルドです……」
「君に給金を支払っているのは誰かね?」
「ギルドマスターです……」
「なのに、君は冒険者のために働いているのかね? わたしの感覚では、給金を払う存在のために働くのが常識なのだが……」
「おっしゃる通りです」
「いいかい? 荒くれものが集う冒険者ギルドにもっとも必要なのは、バランスだ。これを君が理解するのは荷が重いだろう。だから、元歴戦の冒険者たるわたしがバランスを保つ指示を出す。君はそれを守ればいいだけだ。そんなこともできないのかね?」
「いいえ、できます」
「ん、良い返事だ。では、次の新規登録者は必ず魔法剣士にしたまえ」
「……でも、断られてしまったら……?」
ギルドマスターは深々と溜息を吐いた。
重苦しい沈黙が場を支配する。
「……君には年老いた両親を養う必要があったのではないかね?」
「そっ、それは……!」
「わたしは君の奉仕精神に胸を打たれ、君を採用したんだ。成果を上げてくれれば、それ相応のボーナスを払うつもりもある。わたしの誠意に答えてくれてもいいんじゃないかな?」
「は、はい……」
「期待しているよ……しかし」
ギルドマスターの湿った視線が受付嬢の豊かな双丘に注がれる。
「もっと稼ぎたいというのなら、転職の斡旋をするのもやぶさかではない。君にはもっと相応しい仕事がありそうだしね……もし、次の新人が魔法剣士でなければ、紹介してあげようか……?」
以上、ツトムの妄想である。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『そんなパワハラとセクハラのサンドイッチみたいになってますかね⁉』
「なっている。経営者なんて、カネとオンナにしか興味がないんだ」
ツトムは単なる妄想だというのに、断固たる決意で断言した。
『なら、魔法剣士になってあげないと、あのお姉さんがいかがわしい職業にされちゃいます!』
「仕方がない……世間は非情なんだ……」
『じゃあ、職種はどうするんです?』
「自分で決めるんだ! 自分で決めなきゃいけないんだ!」
ツトムはその場に崩れ落ちた。
『ツトムさん⁉』
「僕が大学を卒業した頃、世間は個性の時代だ、と言われていた。戦後から続く、がむしゃらに働く時代は終わったと……これからは、自分の個性を活かして働くべきだと……僕は、僕はこれを企業が僕の個性を認めて働かせてくれるものだと勘違いしてしまった……!」
『あの……ツトムさん?』
ツトムはうなだれたまま、両目から大粒の涙をこぼした。
「どうして! どうして、そんな勘違いをしてしまったんだ! 個性とは自分で努力して獲得するものだったのに! 何もしなくても備わっているものだなんて、勘違いを! 同年代が努力と経験を積み重ねて、個性を獲得していくなか、僕は日々を漫然と過ごしてしまった。気づいた時には遅かった! 同年代は自分の個性を企業にアピールして、希望の職種で就職した。僕は選考を落ち続けた……」
ツトムの瞳から、後悔の雫が落ちた。
「当然だよな……なんのスキルもない若いだけの男を喜んで採用する企業はない……もう僕を採用してくれるのは、ブラック企業しかなかった……」
『言い忘れてたんですけど……わたくしは周囲から見えてませんからね? わたくしが見えているのはツトムさんだけですからね? 周囲からしたら、突然大声を出して、泣いて、突っ伏しているんですからね?』
「それからは! それからは、自分の時間と健康を切り売りするような労働……後悔してもし足りない……もう僕は社畜にだけはならない!」
『とりあえず、冒険者になりましょうよ……受付のお姉さんがすごい目でこっちを見てますよ』
「自分の職種は自分で決めるんだ!」
『どうやって決めるんですか、適正も分からないのに』
「…………OB訪問だ!」
『は?』
「OB訪問をするぞ!」
ツトムは高らかに宣言した。
「あのー、他の利用者の邪魔になるので……お決まりでないなら、出直していただけます?」
受付嬢の遠慮がちな立ち退き勧告に押されて、ツトムはギルドを出ていった。
おためごかし……相手のためにすると見せかけて、自己の利益を図ること




