03 社畜、冒険者ギルドを訪れる
小1時間歩き続けると、地平線の向こうに街が見えてきた。
円形の巨大な壁に囲まれた城塞都市だ。
建物はレンガ造りで、明らかに日本の都市ではない。
『見えてきましたよ! この国有数の商業都市、ドーラ市です!』
女神が小っちゃい指を指して、はしゃぐ。
「ところで女神さま――」
『テラーラです』
「テラーラさん、今後貴方がナビゲートしてくれるんですか?」
子供の頃、プレイしたテレビゲームなどでは、子供の勇者には、マスコットキャラが付き従っていた。
彼女もその類なのだろうか。
『いいえ、今回は特別です』
ツトムの疑問を、テラーラは否定した。
『本来、わたくしの仕事は哀れな魂を異世界に届けることまでです。今回、こんな姿になって貴方のまでに現れたのは特別です』
「特別……」
『貴方があまりにも心配な人だから……感謝するように!』
テラーラはえっへん、と胸を張る。
ツトムの瞳が昏く光った。
「特別……心配だから……感謝する……ブラック企業の新卒説明会の気配がするな……」
『神の言葉を疑うことなかれ!』
ツトムはテラーラに頬をキックされた。
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ちょっとひりひりする頬を抑えつつ、ツトムはドーラ市の城門をくぐった。
「簡単すぎないか? 僕ってすごいあやしい人物だと思うんだけど……」
ツトムの服装は死んだときに来ていた吊るしのスーツだ。
現代日本ではスタンダードでも、異世界では異様な服装である。
待ちゆく人々は、農夫、商人、騎士などRPGなどでお馴染みな恰好をしていて、スーツ姿のツトムは悪目立ちする。
だというのに、城門を警備していた衛兵は、あっさりツトムの通過を許可したのだ。
『まあ、いいじゃないですか、そんなこと。いちいち異世界人を捕まえてたら、冒険が始まらないでしょ!』
テラーラは女神のくせに、おおざっぱだった。
「女神だからこそか……?」
『何をブツブツ言っているんですか! そんなことより、どうですか! この街! わくわくするでしょう!』
テラーラは自分自身がわくわくしてしょうがない様子だ。
ツトムはあらためて周囲を見渡す。
本当に異世界に来たのだ。
そう実感する。
レンガ造りの建物が燦々と降り注ぐ日光を浴びていた。無機質なはずのレンガに、どこか親しみを感じる。長年人々の営みを支えてきた結果だろうか。
地面も石畳だ。日本のアスファルトほど歩きやすいわけではないが、それがかえって暖かさを感じる。
待ちゆく人々は、様々だった。
多種多様な職業、人種が往来している。
彼らの共通点は表情だった。
誰も彼も日本のように、疲れた表情をしていない。
肉体的疲労はあっても、精神的疲労に押し潰された表情をしていない。
ツトムの胸の奥で、脈動する何かがあった。
「テラーラさん、僕はこれから何をすればいいんですか?」
この世界に来て初めて、ツトムは前向きな発言をした。
『冒険者ギルドに登録しましょう!』
応えてテラーラは元気に提案した。
「冒険者ギルド?」
『はい。こういう都市ではギルドが都市運営を担っています。都市で生活するには何らかのギルドに所属するのが一番の近道です。ツトムさんは土地も資本も所有していませんから、肉体一つでなれる冒険者が最適です!』
「土地も資本もない……そうさ、僕は無力な労働者……」
『ああっ! せっかく前向きになっていたのに!』
昏い目でうなだれるツトムをテラーラは必死に励ます。
『この世界は資本主義じゃありませんから! 資本なんて役に立たないんですよ! 自分の才覚次第なんです! 日本のような格差社会じゃありませんよ!』
「本当に……?」
『本当です! 冒険者ギルドはこっちです!』
再び鬱状態に堕ちそうになるツトムを、テラーラは無理矢理先導した。
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冒険者ギルドは民家の2倍ほどの大きさがあった。
だが、特徴と言えばそれくらいで、あまり人目に引かなかった。
「日本みたいに下品な看板は上げてないんだなあ……日本だったら底辺が好きそうな原色で飾り立てていただろうに!」
『いい加減、日本社会に対する憎悪は捨てられませんか……?』
「しかし、看板を掲げていない店に入るのは躊躇うなあ……」
『そういう国民性だから、派手な看板を掲げざるを得ないのでは……?』
「あー! 躊躇う!」
『大丈夫ですよ、ほら! ここに案内文があります。“冒険者は皆家族! 真心込めてサポートします。初心者大歓迎!”ですって!』
「騙されるな! これは罠だッ!」
ツトムはこれまでの陰鬱さを吹き飛ばすほどの、大声を上げた。
『ええっ⁉』
テラーラは突然のツトムの豹変に仰天した。
『わ、罠⁉ どこが⁉』
「家族ってなんだ⁉ アットホームな職場ってことか⁉」
『いいじゃないですか』
「そんなわけあるか! クソつまらない飲み会とか休日のバーベキューとか強制されるんだろ!」
『別にそうとは限らないでしょう……』
「だいたいアットホームの基準はなんだ⁉」
『知りませんよ』
「そう! 誰も知らない! 基準なんてない! 経営者からすれば、経営が危ないんだからサービス残業しろ、ってのも、家族なら家庭を守るために当然のこと、とか言ってもいいことになるんだ!」
『はあ……』
テラーラは呆れ顔だったが、ツトムはさらにヒートアップした。
「初心者大歓迎というのも危険だ! 退職が多すぎて、ベテランが定着しない証拠では⁉ このギルドの3年離職率はどれくらいだ⁉」
『わかるわけないでしょ』
「なんたることだ! 企業は労働者の情報の提出を義務づけるくせに、労働者は企業の情報が手に入らない! 情報の非対称性! これのせいで、弱者ばかりが苦しめられるんだぁ!」
『やめてください! 異世界の往来で資本主義の欠点を力説するのは! みんな、ぽかんとしてこっちを見てますよ!』
「真心、アットホーム、歓迎! この曖昧な誘い文句! 労働者を募るのに、定量的ではない言葉の数々! この企業からは強烈なブラック臭がするぞぉ!」
テラーラはツトムの妄言を無視して、背を押した。
『早く入りましょう! 恥ずかしい!』
ツトムは渋々ギルドの扉を開けた。




