18 社畜、絶頂する
「終わったな……」
ツトムはテラーラと2人、地平線まで続く草原の道を歩いている。
村に来る時には馬車を利用したが、帰りは徒歩だった。
本来、これがEランク冒険者らしい交通手段である。
「何を一仕事やり遂げたみたいな、感慨に耽っているんですか」
気持ちのいい陽光が照り、透けるような青空が広がっているというのに、テラーラはその美貌で、渋面を作っていた。
「なんで、あんなことをしたんですか。後味が悪いなんてもんじゃありませんよ」
テラーラが文句を言っているのは、モッズ弾劾の件だろう。
ツトムはあの光景を思い出す。
「ああ…………」
両手を広げ、天を仰ぐ。
「気ィン持ちィィィィィィィ!」
歓喜の雄たけびを上げた。
「はあ⁉」
テラーラは驚愕の声を上げる。
「あああああぁぁぁぁ‼」
「ああぁぁ! じゃなくて! 何をしているんですか! 天下の往来で!」
ツトムは歓喜のあまりぷるぷると体を打ち震わせ、涎を垂らさんばかりに顔の緊張を解いていた。
客観的に見て、アブない人である。
しかし、どうでもよい。
「ふぁぁぁぁあぁああああああ‼」
「ふぁぁぁあ、じゃなくて! なんなんですかっ⁉」
テラーラはツトムの肩を掴み、がんがん揺する。
正気に戻れというつもりらしい。
失礼である。
「止せ、僕は正気だ」
「本当に……?」
「もちろん。むしろ、これまでの僕が正気じゃなかった。日本のブラック労働環境で脳がヤラれていた」
「今もでしょ」
「今は違う」
「説明を要求します」
「よかろう」
ツトムは腕を組み、地平線の彼方に視線を向ける。
「夢だったんだ……ああいう無能に、はっきりと無能って言ってやるのが」
「意味が分からないんですが」
「神には分かるまい! 全知全能の神々には!」
ツトムはばっと両手を広げる。
「日本で働いてみれば分かる! 社会にどれだけの無能が湧いているのか!」
「はあ……」
「営業で、接客で、経理で、事務で……ありとあらゆる業種で、必ずいる! お前はどんな人生を歩んできたんだって疑問が生じるレベルの無能が! 仕事が遅いとか、ミスが多いとかそんなレベルではなく、乳幼児以下の論理性で生きている奴がっ! 僕たちまともな人間はそんな奴らの尻拭いをさせられているんだ!」
「へぇ……」
「日本では、簡単に労働者を首にすることができない。それ自体は素晴らしいことだ。しかし、そのせいで、日本の社会にはおびただしい量の無能どもが、駆除されずに生き残り続けている! 表立って、奴らを無能呼ばわりしたら、即パワハラ認定だ! そいつらが、どれほど社会に迷惑をかけて生きているかも考慮されずにだ! いいか、テラーラ!」
ツトムはテラーラに指を突き付ける。
「は、はい!」
気のない返事を続けていたテラーラも、ツトムの迫力に思わず背筋を伸ばす。
「日本ではまともな人間の仕事の8割が、そういう無能な奴らの尻拭いなんだ」
「は、はあ……」
「その無能どもを排除できれば、日本の生産性はおおいに向上するだろう! しかし、それはできないなぜか!」
「は、はい」
「安易に労働者を首にできるとなると、経営者の専横が生じるからだ!」
「そ、そうですか」
「労働者を守れば無能がのさばる。無能を駆除すれば、経営者が調子に乗る。僕たちまともな人間はその二律背反に挟まれ、毎日身を削られているんだ……!」
「お、おう……」
「そんな毎日で、心にどす黒い何かが溜まっていく……そのヘドロをすべて吐き出せたんだ……幸せだ……僕は幸福だ……テラーラ……」
「な、なんでしょう?」
テラーラはツトムから慈愛に満ちた目を向けられ、たじろぐ。
「転生させてくれて、ありがとう……」
ツトムは感極まって、はらはらと感涙を流していた。
「こんなことで、感謝されたくありません!」
テラーラはツトムの襟首を掴み上げた。
「何を満ち足りた顔をしているんですかっ! 性格悪すぎでしょ! あと、さっきから僕たちまともな人間って言ってますけど、あなたのどこがまともな人間なんですか! まともな人間の対極にいるような人がっ!」
テラーラに詰め寄られるが、ツトムは満ち足りた表情を崩さない。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「お礼を言わないでください! わたくしも共犯みたいになるじゃないですか!」
2人が落ち着くまで、小1時間を要した。
「はあっ……はあっ……この男……転生させずに、地獄へ直行させるべきでした……」
テラーラの発言は不穏だったが、ツトムは自分に輝かしい未来が待っている確信を得ていた。




