17 社畜、断罪する
雲一つない夜空に薄い三日月が浮いていた。
幸運だった。
もし、満月ならば見つかる可能性が高まるし、新月ならば作業が滞ってしまう。
さあ、早く仕事を終わらせねば。
村の住民は寝静まっているようだ。
周囲からは虫の鳴き声しか聞こえない。
畑の周囲に張り巡らされた鳴子を慎重に外していく。
自分の知能を持ってすればこんなもの障害にはならない。
鳴子は音を出すことなく、地面に転がった。
よし、成功だ。
あとは、畑の作物をズタズタにしてやるだけだ。
できるだけド派手にやってやる。
翌朝、驚き、慌てふためく村人の姿を想像し、ほくそ笑んでしまう。
自分の賢さに惚れ惚れする。
自分は腕力が弱く、容姿も悪い上に運も悪い。
そのせいで蔑まれてきたが、頭はこんなに良いんだ。
彼が麦に鎌を叩きつけようとした瞬間、彼の姿が明るく照らされた。
「⁉」
強烈な光だ。
まるで、急に真夏の昼に放り出されたようだ。
「そこまでだ」
光に包まれた人影が言った。
彼は驚きのあまり、動くことができない。
光の中から現れたのは、忌々しいあの人間だった……
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「なんだ、なんだ⁉」
突如、夜の帳が光のカーテンで押し開かれると、寝静まっていた村人たちが起きだし、光の発生源に集まってきた。
ツトムはその中心で、村人の集合を待つ。
「冒険者さん? いったい何をしているんだい?」
村長が代表して、質問してきた。
「何をって、畑を荒らしにきた奴をとっ捕まえるのが、僕の任務でしょう?」
ツトムは畑の中でうずくまる人影を指さした。
「モッズさん⁉」
村長たちが驚きの声を上げた。
そう、今夜作物を荒らしに侵入してきたのは、村人の一人モッズだったのだ。
「モッズさん、そんなところで何をやっている?」
村長は疑いの眼差しで、モッズを見下ろす。
「………………う……」
モッズは答えず、村長の顔を見ることすらできない。
「代わりに説明しましょう。彼はゴブリンしわざに見せかけ、畑を荒らしに来たんです」
ツトムの説明に、村人たちが驚愕する。
「な、なにを言っているんだ。なんでそんなことを⁉ なにより、ここはモッズさんの畑じゃないか!」
「確かに意味が分かりませんよね。順番に説明しましょう」
ツトムは一拍おいてから、ゆっくりと語りだした。
「始まりは3日前、モッズはミスか怠慢により、鳴子の設置にしくじった。その結果、ゴブリンが村に侵入するという大問題に発展してしまった。モッズは針の筵だったでしょう。村人全員から白い目で見られた。モッズにはこれが耐えられなかった」
村人たちはモッズを白い目で見た自覚があるのか、気まずそうに視線を交わす。
「モッズは悩んだ。どうやって村に罪滅ぼしをするか、ではなく、どうすれば自分の責任を転嫁できるのかということを。そして、再びゴブリンを村に侵入させればよいと思いついた。本物のゴブリンを招き入れる必要はない。自分で作物を荒らし、ゴブリンらしき痕跡を捏造すればよい」
「ま、待てよ! だから、なんで自分の畑を荒らすんだ⁉ 損だろ!」
「だから、いいんです。村の皆から同情を買える」
村人たちがはっと息を飲む。
「そもそも、この麦畑はずいぶん貧相ですね。耕作が甘いのか、手入れが行き届いていないのか……それは皆さんの方がお詳しいでしょう。モッズは麦畑が荒らされようが荒らされまいが、困窮しています。なら、同情を買えることを優先した方がよいと考えたのです」
「で、でも、そんなことをしたって、鳴子の設置をしくじったって事実は変わらないだろ」
「まったくもって同感です。モッズの行動はまったく建設的じゃない。害悪でしかない。しかし、モッズにとっては、重要なのです。今回、鳴子を設置したのは、僕です。しかも、今夜はゴブリンの襲撃はありませんと宣言までしている。今夜、村に被害があれば、非難されるのは、僕です。相対的に、モッズの責任は軽くなる、ような気がする」
「それだけのために?」
「強いて言うなら、自分に対して礼儀のなっていない若者――しかも、絶世の美女と同行している――に恥をかかせることができますから、やる気に満ち溢れていたんじゃないですかね?」
村人の間に、あきれた空気が漂う。
「………………」
モッズは唇を固く結んで沈黙を続けていた。
「モッズさん? この人の言うことは本当なのかい?」
たまらず村長がモッズに問いかけた。
しかし、モッズは答えない。
「…………モッズさん、なにか言ってくれないと、なにもわからないよ」
「モッズさんよ、言い訳考えても無駄だぞ」
うなだれるモッズにツトムは無表情で言う。
「これは親切心で言うんだけど……あんた頭悪いから」
周囲の村人たちが、“そこまではっきり言うか”とたじろいでいた。
「あんたは、自分の人生がうまく行かないのは、他人や運が悪いと思っているんだろうけど、全部あんた自身のせいだから。能力が低いのは仕方がない。能力が低くても、幸せに暮らしている人を、僕はたくさん知っている。あんたは、自分のただでさえ乏しい能力を他人を貶めることに浪費しているんだ。そんな奴成功できるわけないだろ? もっとも、その貶める能力も低いから、大問題には発展してこなかったんだろうけども」
あまりの毒舌に、村人たちは引き始めた。
モッズは沈黙したままだ。
「あんたは、なんで朗らかに話しかける努力をしている自分がこんなに嫌われないといけないんだと考えているだろう。バレバレだから、あんたが周囲を見下しているのは。本当はどいつもこいつもこき下ろして、這いつくばらせたいんだろう? でも、それはできないから我慢してやってるんだろう? 自分ではそんな本心をうまく隠せてるつもりなのか? 僕は出会って数十分で気づいたぞ? 僕やテラーラに何かと教えてくれたのは、親切心からじゃない。無知な僕たちを密かに見下すためだろう? 口調が朗らかでも、内容が他人を責める言動ばかりなんだ、あんたは。でも、相手を怒らすのは恐ろしいんだろう? だから、怒らなそうなテラーラにはべらべら話しかけるが、怒りそうなおばちゃんには話しかけることすらできないんだ。結構長めにしゃべっているんだが、そろそろ言い訳は思いついたか?」
ツトムはしゃがみ込んで、モッズの顔を覗き込んだ。
「………うう……」
呻くだけのモッズに、ツトムは止めを刺した。
「ただの言い訳すら思いつかないのに、自分の無能さを気づけないものなのか?」
「もうよせ!」
村長がツトムとモッズの間に割って入った。
ツトムと向き合う。
「確かにモッズさんにはたくさん悪いところがある。しかし、だからといってこんな公開処刑みたいなまねをされるいわれはない!」
「そ、そうだ!」
村人の数人が村長に同調する。
「モッズさんが自分の畑を荒らそうと、俺たちには文句を言う筋合いはねえ!」
「確かに、それはその通り。あなた方はそうでしょう。でも、僕にはこの村の畑を守る任務があるんですよね。だから、モッズがそれを妨害するのなら、排除する必要があるわけで……」
「モッズさんはもうやらない! なら、責める必要はないはずだ。そうだろう、モッズさん? もうやらないよな⁉」
「……………………」
村人たちから擁護されているというのに、モッズはまだ沈黙を守っている。
「あんたもしかして人生で一度も苦境を打開したことがないのか? 自分の力で問題を解決したことは? あんたの長い人生ずうっと、周りの人間がなんとかしてくれるのを待っているつもりか?」
「あんたもうしゃべるな! モッズさんはもうやらないって言っているんだ!」
村長がツトムに指を突き付けた。
「あんたを解雇する! 村はあんたの雇用主で、あんたは雇われているだけだ! こっちにはあんたを解雇する権利がある」
「それは通りませんよ。任務が達成されてから、解雇だなんて。契約違反です」
「何を言っている? 任務は1週間の護衛だ。まだ2日だぞ」
「契約書にはこう書かれています。『脅威の完全排除がなされた場合、その時点で成功報酬を払うものとする』とね」
「だから、ゴブリンを駆除できてはいない……」
ツトムは懐から、ぱんぱんに膨らんだ革袋を取り出す。
口を開けると、中から大量の『核』が零れ落ちた。
「それ全部ゴブリンの……⁉」
「昼間のうちに、ゴブリンは皆殺しにしましたよ。退治できなかったというのは、モッズを誘き出すための嘘です」
村長はしばらくツトムを睨んでいたが、やがて肩を落とした。
「…………わかった。ギルドを通して成功報酬は払おう。だから、すぐに村から出て行ってくれ」
村長はツトムの理屈というより、ゴブリンを殲滅し得る暴力に屈した。




