15 社畜、ゴブリンの巣を襲撃する
ゴブリン。
各種ファンタジー作品などでお馴染みの魔物。
作品毎にその強さ、習性は大きく差異がある。
テラーラから聞いたこの世界におけるゴブリンの特徴は、ツトムの想像を超えることはなかった。
体長は人間の5歳児程度。知能、腕力もそれと同等。
魔物としては最弱の部類に入る。
だが、人間から侮られてはいない。強く警戒されている。
その理由は、嫌悪だ。
緑色の肌をしており、ひどい悪臭を放っている。でっぷりと突き出た腹、貧相な四肢。大きすぎる目と鼻と耳。言葉は話せないくせに、四六時中鳴き声を上げている。その鳴き声は、下品な笑い声か、怒声だ。
強い存在には一切立ち向かわない。一方、弱い存在には嘲りながら襲い掛かる。
ゴブリンが人間を襲うということは、人間を下に見ていることに他ならない。
道具を使う知能はあるが、自分たちで道具を作ることはない。人間から奪うことしか考えていない。
臆病で、傲慢で、卑怯で、意地汚い。
それが、この世界の一般的なゴブリンのイメージである。
「だから、絶対にゴブリンに情けはかけないでください」
鬱蒼とした森の中を歩きながら、テラーラは説明する。
ツトムはあの後、起きてきた村長に挨拶した後、テラーラと二人森に入った。
ゴブリン討伐に向かったことは、村長に伝えていない。
村長たちは、ツトムたちが借りている小屋で寝ていると思っているはずだ。
都会育ちのツトムには、道なき道を歩くのは骨が折れる。
一方、テラーラはすいすいと歩みを進めていた。
「今さらなんだが、無事に帰れるだろうか。なんかこの世界に来てから、現実感が無くて……実戦経験もないのに、無謀だったか……?」
「本当に今さらですね……大丈夫でしょう。この世界のゴブリンは成人男性なら素手でも倒せます」
「でも、ゴブリンの討伐は本来Dランククエストなんだろう?」
「ああ、それは――ああいうことです」
テラーラは前方を指さした。
テラーラの指の先に、小さい洞窟があった。
崖に穿たれた半球状の横穴。
自然に形成された洞窟と思われるが、出入口付近の地面に、小さい裸足の足跡が無数にあった。
「あれが、ゴブリンの巣か?」
「そうです。ゴブリン討伐がDランククエストなのは、遭難の危険があるからです」
「確かに……魔物のいない地球でも洞窟探検は危険だからな……」
「ゴブリンが住んでいるので、水没していたり、他に危険な魔物が住んでいないことは確かです。そういう意味ではゴブリンの巣になっている洞窟の方が、安全とさえ言えますけどね」
「そういう考え方もあるか」
「今回は遭難の危険は考えなくてもいいですよ。わたくしがいれば、地下500メートルだろうと、樹木ネットワークで出入り口まで把握できますから」
「それは頼もしいな。じゃあ、残る問題は僕がゴブリンに勝てるかどうかだけか……」
ツトムは『片手剣【鉈】』を鞘から引き抜いた。
木漏れ日を浴びて、肉厚の刃が鈍く光る。
不思議と店で買った時より、重く感じた。
「どうします? やっぱりやめときますか?」
「いや、行こう」
ツトムは力強い一歩を踏み出した。
「嫌な仕事を後回しにすると、1番忙しい時期にやる羽目になるからな」
「また社畜根性……今回だけは前向きな判断だということにしておきましょう」
テラーラが後に続く。
「もし、死にそうになったら、“テラーラ様! わたくしが間違っておりました。今後は貴方様を永遠に崇め奉ります”と言ってください。助けてあげます」
「……そうならないように、善処しよう。そんなに心配しなくてもいい。僕には秘策がある」
ツトムとテラーラはゴブリンが住まう洞窟に足を踏み入れた。
洞窟の中は、陰気な湿気で満ちていた。
鼻腔を貫く悪臭が、精神力を削る。
太陽の届かない暗闇は、平常心を損なわせる。
ゴブリン討伐がDランクなのは、この不安感に駆け出し冒険者が耐えられないからかもしれない。
しかし、今のツトムに不安感は微塵もなかった。
いつゴブリンが飛び出してくるかわからないにもかかわらず、ずんずんと歩みを進める。
「ゴギャアアア!」
ついに、洞窟の横穴からゴブリンが飛び出した。
手に棍棒を持ち、醜い顔を歪ませて飛び掛かってくる。
だが、そこまでだった。
棍棒をツトムの身に届かせることができなかった。
ツトムの前方2メートルほどで、棍棒を取り落とし、両手で顔面を覆う。
「ギャアァァァ!」
ゴブリンが苦し気な悲鳴を上げた。
ツトムからゴブリンの無防備な頭部がよく見えた。
「オラァ!」
ツトムはゴブリンの頭部に、『片手剣【鉈】』を振り下ろす。
技術などない。剣の重みと腕力を合わせただけの稚拙な剣筋。
ごすっ……!
『片手剣【鉈】』はゴブリンの頭部をかち割り、絶命させた。
「お?」
絶命したゴブリンの体が、粒子に還元されていく。
ものの10数秒で、ゴブリンの死体が消滅し、黒いビー玉のような物体だけが残された。
「これが、『核』か」
ツトムは指でつまみ上げた。
なんの変哲もない黒い玉だ。歪みのない球体だが、色は汚く、価値があるようには見えない。
「安そうだが、ギルドに持っていけば換金できるんだっけ?」
「…………そうですけど……」
テラーラは不満そうに頷いた。
「……なにか言いたいことでもあるのか?」
「ありますよ」
テラーラは唇を尖らせる。
「ありがたい神様の後光を、非殺傷兵器にしないでください」
『神の就業規則集』布教援助規則 第2条 本規則では、人類から所定の様式により届出がなされ神が認めたとき、神通力ないし神通力をもちいた能力を援助する 。第3条 第1項 人語を解さない知能の低い生命に対して、布教活動を行う際、後光を援助する。後光は対象者の魔力、神通力に干渉することなくもたらされる。
ツトムはこれを利用した。
洞窟に入る前に、『神の就業規則集』から、申込用紙を取り出し、記入した。記入した用紙は天へと舞い上がり、ツトムに後光を与えたもうた。
今、ツトムの体からは眩いばかりの光が発せられていた。
ツトムが洞窟内で不安を感じなかったのは、自分から野球スタジアムのライト並みの光が発せられており、暗闇が一筋も感じられなかったからである。
ゴブリンは夜行性生物だ。
ツトムの身から発せられる眩い光で目が眩むと予想した。
思った通りゴブリンはツトムを直視することすらできず、行動不能に陥ったのだ。
「くくく……! 夜目が効くのが裏目に出たな……! これは討伐じゃねぇ、一方的な殺戮だぜぇ……!」
「なぜ、神のありがたい光を放ちつつ、そんな悪役台詞が吐けるんですか……?」
テラーラの悪態に返事をする前に、洞窟の奥から新手が出現した。
「ギャッギャッギャ!」
「グギャギャギャ!」
「ギギギギッギ!」
今度は、3匹同時に出てきた。
しかし、結果は同じだった。
ツトムを直視できず、目の痛みで得物を取り落とす者、両手で顔を覆ってしまう者、体ごと目を背けてしまう者。
ツトムはそれらを1匹ずつ、頭蓋骨をかち割っていく。
ごすっ! ごぎゃ! べきっ!
「ケケケケケ! 雑魚どもがぁ……!」
「急に、悪役度が増しましたね……ゴブリンって人型だから、転生者はとどめを躊躇うことが多いんですけど」
ゴブリンたちに襲撃が伝わったらしい。次から次へとゴブリンたちが襲い掛かってくる。
ゴブリンたちは後光に阻まれ、ツトムに効果的な攻撃をすることができない。
ごぎっ! べこっ! めきゃっ!
「死ね死ね死ね死ね……! 死ね、村中課長! パワハラクロゴキブリが! ポマード付けすぎなんだよ! なんで、部下に休日出勤させてる癖に、自分は真っ黒に焼けてんだよ!」
「むしろ、人間だと思ってぶち殺してます……⁉」
「カカカカ……! 神の光を纏って悪を断つ。今の僕の姿は、まさしく勇者だと思わないか⁉」
「いいえ、小学校に乱入した異常者に見えます」
テラーラの返答は無視した。
「あー! 日本でのストレスが浄化されていく……! 僕はこの瞬間のために、生まれたのかも……!」
「過労死してむしろ良かったですね。してなかったら、どんな凶悪犯罪者になっていたことか」
「1人殺せば犯罪者、1万人殺せば英雄だ!」
ずばっ! ぐぎっ! どぱっ!
次々あらわれるゴブリンたちは薙ぎ払っていく。頭をかち割るのは疲れることに気づいたので、ツトムは首を狙って横なぎに剣を振るう。抵抗力の失われたゴブリンは、なすすべなく両断されていった。
地面に転がった『核』を拾っていく。
「あの、倒すのはいいですけど、もっとすっきり倒せませんか? さっきから、ごすっ! とかめきょっ! とか音が生々しいんですよね」
「何もしてない奴が文句を言うな! そんなに言うなら、自分でやってみろ!」
「……そうします」
テラーラがツトムの前に立った。
遠巻きにしていたゴブリンがうっすら笑った。
光を放つ男には手が出ないが、非力な女になら勝てる、とでも思ったのだろうか。
その笑みは卑しく、嫌悪を感じる。
「グギャッギャッギャ……」
「…………」
テラーラは無言で、何かを指で弾いた。
弾かれた小さな粒は、だらしなく開いたゴブリンの口に飛び込む。
「グギャッ⁉」
ゴブリンは驚き、飲み込んでしまった。
一瞬の後、
「ギィギャアアアアア!」
ゴブリンは猛烈に苦しみ出した。
ゴブリンの体中に異変が生じた。
ゴブリンの口から、鼻から、耳から、眼窩から、爪の間から、青々とした蔓が生え出したのだ。
蔓はみるみる長さと量を増していく。
体の内部から異物が出現する恐怖に、ゴブリンが絶叫した。
ゴブリンの絶叫が止むころ、蔓のそこかしこから、美しい花が咲いていた。
ゴブリンはもう動かない。
ゴブリンは異様な植物の鉢植えにされていた。
「どうですかっ?」
テラーラがずい、と胸を張った。
「醜い魔物から、美しい花を咲かせる。これこそ、神の御業らしい倒し方というものです」
「僕よりはるかにえげつなくないか?」
「そんなことはありません!」
「でも、ゴブリンは滅茶苦茶ビビってるぞ」
「魔の者ですから、神を本能的に恐れるのです!」
「そうかなあ……」
ツトムは納得できなかった。
いずれにしても、ゴブリンにとって最悪なコンビが襲撃してきたことだけは、確かである。




