13 社畜、護衛任務を開始する
ツトムとテラーラは手分けをして、村の周囲に鳴子を設置していった。
女神であるテラーラがこのような雑務をこなせるのか心配だったが、手際よく作業を進めていた。
本人曰く、
「わたくしは豊穣の女神ですから……こういう農作物を守る工夫って結構好きなんです」
とのことだ。
小さい村なので、数時間で鳴子警報網が完成した。
人間からすれば簡単に跨げる高さのロープだったが、5歳児程度の身長しかないゴブリンではロープに触れずに村へ侵入することはできない。
それでも、ちょっと頭を使えば鳴子を揺らさずロープを突破する方法なんて、いくらでもありそうだが、ゴブリンにそういったことをする知能はないそうだ。
無事初クエストの第1段階をクリアして、達成感を得ていると村の中心から歓声が聞こえてきた。
難産の末、元気な仔馬が生まれたとのことである。
村中の住民が喜び合った。
この小さく貧しい村にとって、仔馬の誕生は一大イベントなのだ。
「めでてぇなぁ、めでてぇ!」
「おう! 神様に祈ってたかいがあった!」
「良かった良かった! ジョアンナもよく頑張った」
村人たちが歓喜している。
ツトムとテラーラは部外者なため、話の輪に入っていけなかった。
「めでてぇからなぁ……スカッと騒ぎてぇなぁ……」
「そうだなぁ……」
なぜかちらちらとツトムたちの方を伺う村人たち。
ツトムは彼らの意図を悟った。
太陽はもう沈みかけている。街灯のないこの村では、日没と同時に床につくのだろう。
夕食を仔馬誕生の祝賀会にしたいのだ。
しかし、今はゴブリンの襲撃を警戒しなければならない。あまり、ハメを外すわけにはいかないのだ。
「皆さん、今夜からは僕たちが周囲を警戒しますので、ご安心を。どうぞ、思う存分お祝いしていてください」
「いいのかい?」
村長が申し訳なさそうな顔をしていた。
金で雇ったとはいえ、冒険者をのけ者にして祝賀会をするのは気が引ける様子だ。
「いいんです、いいんです。このために、僕たちは来たんですから、お気になさらず」
最終的に、村長はツトムの忖度を受け入れた。
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日が沈み、辺りが暗闇に沈むころ、ツトムは畑の側で、木箱に座っていた。
背後の村からは、うっすらと歓喜の声が聞こえてくる。
長閑な田園風景から一変して、暗闇に支配された光景を見つつ、人の営みの残響を聞いているのは、なんとも言えないもの悲しさを感じさせる。
「どうですか、調子は?」
先に仮眠を取っているはずのテラーラが近づいてきた。
「…………交代の時間はまだのはずだぞ」
「もう……心配で見に来てあげたんですよ。朝から馬車で揺られて、鳴子をDIYして、見張りでしょう? 疲れてるんじゃないですか? なのに、簡単にわたくしを先に休ませるんですから……あなたって優しい人だったんですか?」
「別に……昼間から重労働して、夜も残業というのは慣れっこだからな……」
「悲しい人……」
「そういう称号は、恋人を殺されて復讐に生きる剣士とか、世界を救うために我が子を生け贄にした魔法使いとかにつけるべきでは?」
「わたくしもそう思いますけど、あなたも十分悲しい人ですよ。もう少し優しくされても罰は当たらないと思いますけど」
「優シクサレル……?」
ツトムの脳には初めて聞かされる言葉のように響いた。
「社畜生活は、人間性も失わせるんですか……?」
「その通り、としか言いようがないな……」
ふう、とため息を吐く。
あらためて、自分の人生はなんだったのか、なんてことを考え始める。
人工的な光も音もない場に座っていると、いろいろと物思いが止まらなくなるものだ。
こんな時、楽しいことうれしいことが思い浮かばないところが、不幸な人生を歩んでいる証拠なのかもしれない。
「はい! 暗い顔しない! テラーラちゃんが手料理を持ってきましたよ!」
さっきまでは、気づかなかったがテラーラは木の器を抱えていた。
「さあ、これを食べて元気を出してください!」
受け取ると器には美味しそうなシチューが盛られていた。
「……ありがとう」
「これを食べれば元気100倍です!」
大げさだな、と思いつつ、木の匙でシチューを掬った。
特に感慨もなく、シチューを口に運ぶ。
シチューが舌に触れた瞬間、ツトムの全身に電流が走った。
「う! うぅぅぅまあああ! うまい! うますぎる! なんという美味だ! こ、こんな美味しさあり得ない!」
ツトムは無我夢中でシチューをがっつく。
ツトムは元来食欲が強くない。
だからこそ、ストレスフルな社畜生活でも太ることなく、標準体型を維持できていたのだが、この瞬間ツトムはシチューを口に運ぶ手を制御できなくなっていた。
「なんといううま味! 信じがたいほどの甘味! それを引き締める酸味! 完璧だ! この世のものとは思えない!」
夜の冷気に晒されていた体が熱を帯びていく。胃の腑に注ぎ込まれたシチューから強烈な活力が全身を駆け巡る。熱い血潮が脈動する。脳に直接栄養が流れていくかの如き充足感。
ツトムはシチューをあっという間に、完食していた。
それでも満足できず、何度も何度も木の匙で器の底をこそぎ取り、シチューの残滓を舐めとる。
「はあっ……はあっ……うますぎるっ……!」
「ふっふっふっ……どうだ恐れ入ったか!」
ツトムの反応に、テラーラは満足げに腕を組んでいた。
「ああ……! 最高だった!」
「そうでしょう、そうでしょう! 崇め奉りなさい!」
「本当に崇め奉りそうになる……テラーラが料理上手とは予想外だった」
「心外ですね……わたくしは豊穣の女神……その手料理がうまくないわけないでしょう!」
「くっ……!」
いろいろと残念な部分があるこの女神(男でもある)を、崇め奉るのは抵抗があったが、このシチューのうまさはその抵抗を取り払うに十分だった。
「僕の負けだ……」
「別に勝負ではないですけどね……」
テラーラはツトムの隣に座った。
さほど大きくない木箱だ。
ツトムとテラーラはぴったりと寄り添う形になる。
「テラーラ?」
ツトムは触れた皮膚から伝わる、柔肌の感触を意識せずにはいられなかった。
「ツトムさん……わたくしは豊穣の女神です」
「何度も言わなくても、わかってるよ」
真っ暗闇の中、二人きりで密着している。
ツトムの心臓が鳴り響く音が、よく聞こえた。
「わたくしは、何かが健やかに育つ様を見るのが好きです。それが、植物だろうと動物だろうと、人間だろうと」
テラーラは指で髪をかき上げた。
「だから、転生者の案内人は天職だと思っています。うまくいかない人生を送った人たちに、もう一度チャンスを与える。異世界で成功する人を見るのが幸せなんです」
テラーラがツトムの瞳を見据えた。
「わたくし、ツトムさんにも幸せになって欲しいです。これから、いろんなクエストを受けて、冒険者として活躍して、たくさんの人から感謝される冒険者になって欲しいです」
「…………うん、僕もそうなりたいな……」
社畜時代、仕事は膨大だった。
仕事とは誰かのためにやるものだ。農家は誰かに食べてもらうために、大工は誰かに住んでもらうために、医者は誰かを救うために。どんな仕事でも、誰かの生活を豊かにするために存在する。
だというのに、ツトムがしてきた仕事は誰のためにしているのかわからないものばかりだった。
「あんな生活はもう嫌だ……」
ツトムは木の匙を握りしめる。
「この世界で、僕は幸せになってやる!」
「ツトムさん! その意気です!」
応援されて、ツトムは照れ笑いを隠せない。
そう言えば、応援されるなんていつ以来だろう。
ブラック企業ではどんなに頑張っても応援・感謝されることはなかった。
「なんか、やる気が出てきたら、お腹が空いてきたな……」
「あ、じゃあシチューのおかわりを持ってきますよ」
「本当か! 頼む!」
テラーラは木の器を受け取り、村長からあてがわれた小屋に戻っていった。
ツトムは一人木箱に座って待つ。
テラーラが来る前と同じ状態だが、ツトムの心理状態は真逆だった。
うきうきとおかわりを待つ。
(本当に、美味しかったからな……)
ツトムの脳裏で、シチューの味が鮮明に蘇る。
汁の温かさ、肉のうま味、ニンジンの甘味、玉ねぎの辛味、ジャガイモの歯ざわり……
「ん?」
ツトムは気づいた。
「ジャガイモ? 中世ヨーロッパにジャガイモ?」
厳密に言えば、この世界は中世ヨーロッパ風異世界であって、中世ヨーロッパではない。
地球のヨーロッパにジャガイモがもたらされたのは近世だが、この世界では関係がない。
そう考えて疑問を打ち消そうとしたが、次々と疑問が湧いて出てきた。
「あのシチューどうやって作ったんだ?」
香辛料なんてこの村にあったのか? 鍋は? 鉄製の生活用品でさえ、貴重な印象だったが……そもそも、あてがわれた小屋には台所なんてなかった。
ツトムは立ち上がり、テラーラの後を追う。
「テラーラ、あのシチューはどうやって――」
そう言いながら小屋の扉を開いたツトムの目に飛び込んできたのは、四つん這いになっているテラーラの姿だった。
「おええぇぇぇ!」
げろげろびちゃびちゃびちゃ!
テラーラは床に置いた木の器目がけて、嘔吐していた。
テラーラの口から放たれた吐瀉物が木の器を満たす。
そして、部屋を満たすのは酸味の効いた悪臭ではなく、食欲をそそる得も言われぬ香り……
木の器には、先ほどツトムが舌つづみを打った絶品シチューが盛られていた。
「きっ、汚な!」
「あっ、えっ⁉ ツトムさん⁉ 何覗いてるんですか!」
手の甲で口元を拭いつつ、テラーラが振り返った。
「料理風景を覗くなんて、マナー違反ですよ!」
「お前の方がマナー違反だろ! ていうか、それは料理じゃないだろ!」
シチューを指さす。
「それ、お前のゲロだったのか⁉」
「失礼な! 神の聖なる落とし物と言いなさい!」
テラーラは開き直ったらしく、胸を張った。
「どっちでもいいわ! こ、この野郎、吐瀉物を食わせたのか! どんなブラック企業のパワハラ上司でもそんなことしねえぞ!」
「うるさいなぁ! こっちは人間基準で生きてないんですよ! 神様基準ではこんなことマナー違反じゃないんですよ!」
「日本神話でそれやった奴、月の神様にぶっ殺されてなかったっけ⁉」
「知りませんよ、そんなマイナー神話!」
「失礼なことを言うな!」
「とにかく、これは神様の世界では問題ないんですぅ! むしろ感謝して欲しいくらいですぅ!」
テラーラが木の器を持ち、こちらににじり寄る。
「さあ、召し上がれ!」
「い、いやだ!」
「なぜです⁉ さっきはあんなにおいしそうに食べてたじゃないですか⁉」
「それが、吐瀉物だと知らなかったからだ!」
「関係ありませんよ! ありがたく頂きなさい!」
「断る!」
「はい! あーん!」
テラーラはこちらの拒絶をものともせず、木の匙を口に突っ込もうとする。
「さあ! 食べなさい! わたくしから抽出された白濁液を!」
「なぜ、余計食べたくなる言い方をする⁉」
「はあっ……はあっ……! わたくしの体液がツトムさんの血肉となり、排泄され、大地を潤す……でゅへへへ!」
「どういう性癖してるんだ⁉」
「観念しなさい! 貴方も豊穣の輪廻の一部となるのです!」
「誰がなるか! これは重大なハラスメントだ! しかるべき機関に通報させてもらう。これはそう……ゴッドハラスメント! ゴッハラだ! ゴッハラ!」
「ゴッハラ⁉ 変な造語を作らないでください! 流行語になったら、どう責任取ってくれるんですか! 先輩方に怒られちゃうでしょ!」
ツトムとテラーラは互いに一歩も引かず、にらみ合う。
神と人。
異なる価値観で生きてきた両者に、歩み寄りの余地はなかった。
「仕方ない……使いたくなかったが……」
ツトムは手を天にかざした。
その瞬間、ツトムの手が光り輝き出す。
「っ! その光は⁉」
ツトムの手に重厚な本が握られていた。
「そ、それは『神の就業規則集』!」
「テラーラ……ゴッハラは僕の造語じゃないぞ!」
「ま、まさか⁉」
ツトムは『神の就業規則集』のあるページを開く。
「『神の就業規則集』世界におけるハラスメントの防止に関する規則 第2条第1項! ゴッドハラスメントとは、優越的な関係を背景とした価値基準の押しつけであり、布教上の必要かつ相当な範囲を超えたものにより、精神健康を害することをいう! 第4条! 第2条第1項から第5項の行為を行った場合、けん責、減給、出勤停止または降格!」
「そ、そんな馬鹿な!」
「第5条 相談及び苦情への対応 第2項! 世界におけるすべての生命は、ゴッドハラスメントや性的な言動、人種、出身地、宗教に関する精神健康を害する言動に対して、相談窓口の担当者に申し出ることができる! 相談窓口担当者、召喚!」
「ええっ⁉」
ツトムの背後に、神々しい光とともに威厳に満ち溢れた男の像が映し出された。
「この強烈なアルコール臭と、加齢臭のブレンドは……バッ、バババ、バッカス様⁉」
酒の神バッカス。ツトムでさえ聞いたことがある神の名だ。
テラーラのうろたえようを見ても分かる通り、豊穣に関する神の中でも最上位の存在らしい。
『テラーラよ、汝に対する苦情は我が承った。これより、汝への懲戒処分を下す』
「ちょ、懲戒処分て! そんな重大なことはしてません!」
「ハラスメントをした奴は、みんなそう言うんだ」
テラーラがツトムを睨むが、バッカスの声がテラーラの体を貫いた。
『豊穣の女神、テラーラ。汝を1週間神通力25パーセントカットの減給処分とする』
「そ、そんな……」
テラーラががっくりと肩を落とした。
バッカスが役目を終えて、消えていった。
うなだれたテラーラを見て、ツトムは満足そうにつぶやいた。
「うんうん……さすが神だ。なんて、迅速な対応。素晴らしい!」
「こ、このクズ人間……!」
「うん?」
ツトムは『神の就業規則集』を掲げて見せる。
「いえ、なんでもないです……」
テラーラは再びがっくりとうなだれた。




