12 社畜、警報の作り方を学ぶ
村長に連れられて村を1周した。
案内してもらったのだが、正直なところ案内など必要なかった。
村の中心からほぼすべて見渡せるし、これといって特殊な施設があるわけでもない。
案内が15分ほどで終了したことからも、それがわかる。
「村長! 村長―!」
これから鳴子の作り方を教わるところで、遠くから村人が駆けてきた。
「ジョアンナが難産になってるっぺ! どうも、逆子らしい!」
「む……」
「ジョアンナ?」
「村で飼っとる馬ですわ。雄雌2頭しかおりませんで、念願の赤子だったんですが……」
村長は肩で息をしている村人と、ツトムを見比べた。
迷っている様子だ。
「お構いなく。そちらを優先してください」
「そうですか? ありがとうございます。逆子なら慎重に引っ張り出さなければなりませんので、私が行かねばなりません。本当に、すいません! すぐに、代わりの者を向かわせますんで、ちょっと待っててください!」
村長は振り返りつつも、村人と一緒に走り去ってしまった。
テラーラと二人、村の中で取り残されてしまう。
「うーむ……無駄な時間だ……」
「別にいいでしょう、こんなことがあっても。いいじゃないですか、田舎っぽくて。のんびり待ちましょう」
天気は快晴。
周囲は素朴な家屋と森。
確かに、のんびりするには、絶好のロケーションではある。
ツトムの人生に、こんな場所でのんびりする機会などあっただろうか。
「心配ですねぇ……馬の赤ちゃん……」
「そうだなぁ……」
「わたくしも行ってきましょうか?」
「行っても邪魔になるだけでは?」
「なに、言ってるんですか。わたくしは、豊穣の女神ですよ。難産なんて手をかざしただけで、ちゅるんと産ませますよ」
「そんな擬音で生まれたら、ありがたみがないな……母子が死にそうになってたら、助けに行こうか」
ツトムとテラーラがのんびりと会話していると、一人の男が話しかけてきた。
「あれ? もしかして冒険者さん?」
頭頂部が禿げ上がっている中年の男だ。背はツトムよりかなり高いが、胴体の太さはツトムより細い。ひょろ長いシルエットの男だった。
「はい、こっちがツトムで、わたくしはテラーラといいます」
「へへっ、あっしはこの村のモンで、モッズといいやす」
モッズは高い胴体を曲げて、ぺこぺこと頭を下げる。
「こんなところで何をしていらっしゃるんで?」
「村長さんに鳴子の作り方を教わるところだったのですが、急用で行ってしまわれて……代理の方を待っているところです」
「なら、あっしがお教えしましょう! さあ、こちらに!」
モッズは手招きしながら、歩き出す。
ツトムはテラーラと顔を見合わせた。
村長は代理の人間をこちらに送っている頃だろう。それなのに、この場を離れたら、その人に迷惑になるのではないだろうか。
(しかし、このまま待ってるのも、時間の無駄だしな……)
「行こう」
ツトムはモッズについていくことにした。
テラーラもついてくる。
(どうせ10数分で1周できる村の中だ。それほど、迷惑にはなるまい)
モッズについて行くこと3分。村の外周部に到着した。
外周部だからといって、壁や塀があるわけではなく、村と外を分かつ境界線上には、1本のロープが張り巡らされているだけだった。
そのロープには等間隔で、木の筒が垂れ下がっている。木の筒の中に、固い木の棒が3本括りつけられていた。
「なるほど、これが鳴子ですか」
「はい!」
モッズがにこにこと笑いながら、返事をした。
「作り方なんですがまずこの木の筒の中に棒を3本入れて木の棒は紐で固定して固定しすぎると鳴らないからちょっと緩めでロープに吊るすのは3メートル間隔くらいにして――」
「ちょ、ちょっと待って!」
モッズはこちらが聞く準備が整っていないにもかかわらず、怒涛のように説明し始めた。しかも、抑揚がなく、こちらの反応を待たないので、ツトムは早々に説明が理解できなくなっていた。
テラーラも同様の様子だ。
「なにか?」
「その……説明の前に、質問したいんですが……」
「はい! なんでしょう?」
「まず、もう鳴子設置されてるじゃないですか。作り直すんですか?」
「ああっ! ごめんなさい! この鳴子はイノシシ用の罠なんです。だから、地面から20センチくらいの高さで張られてるんですが、これだとゴブリンが跨げてしまうので、この上30センチくらいにもう1本鳴子付きロープを張って欲しいんです」
「ああ、なるほど」
「本当にごめんなさい! これくらい言わなくても分かるかと思って!」
「………………」
モッズは大げさなくらい頭を下げていた。
しかし、少し気にかかる言い方だった。
(“これくらい言わなくても分かるかと思って”?)
社会人生活が長いツトムは、心中のイラつきを微塵も見せない営業スマイルで流した。
「あと、鳴子の材料はどこに?」
「村の倉庫にあります」
「なら、そこから材料を持ってきましょうか。完成品と組み立て前の状態を見比べながらの方がわかりやすいと思います」
「あっ! そうですね! すいません、気が利かなくて!」
「じゃあ行きましょうか」
ツトムたちは再び村の中心に向かって歩き出す。
(無駄な時間……無駄な労力……)
モッズの段取りの悪さに、辟易しつつも、ツトムは営業スマイルを崩さない。
「すいません、本当にすいません。あっしは当たり前に作れちゃうもんで、初めて作る方に教えるってことを失念しとりました! 人間慣れちゃうと初心を忘れちゃうもんですねぇ……」
「そうですね」
(こいつ、謝罪はしてるが、俺は悪くない、お前らが悪い、って言ってないか?)
村の倉庫には、鳴子の材料が置いてあった。
ロープと木の筒と棒。小さい村とはいえ、全周に張り巡らせるとあって、結構な大荷物だ。
モッズが率先して持つ。
テラーラも持とうとしたが、モッズが「あっしが持ちますよ」と言って持たせなかったのだ。
テラーラは外見上は美人だ。いい恰好をしたいというのはわかる。
しかし、荷物は細身のモッズが持つには、大きすぎるし、重すぎる。
モッズは左右にふらふらと揺れ、その度にロープやら木の棒やらが零れ落ちる。
それらは、ツトムとテラーラがいちいち腰を屈めて拾うはめになった。
(別にいいけどさぁ……女に荷物を持たせないってのは、いいけどさぁ……)
一言、「男で分担しましょうか」とでも言ってくれれば、ツトムも荷物を持ち、零さず移動できただろうに。
モッズはまったく気づいていないようだ。
(なんというか、気の利かない男だな)
やっていることは親切だし、悪意があるわけでもないのだろうが、やることなすことありがた迷惑というか、タイミングがズレていて、コミュニケーションがうまくいかないもどかしさを感じさせる。
効率厨なツトムは、すでにモッズを苦手認定していた。
モッズの手際の悪さに辟易しつつ、ツトムとテラーラは鳴子の作り方を教わった。
こちらが的確に質問しないと要領を得ないので、モッズに感謝する気にはならなかったが、社交辞令として頭を下げる。
(なんで異世界に来てまで、社交辞令を実践しなければならないんだ)
と考えてはいたが、長い社畜生活で培った鈍感力を発揮し、耐えた。
「ああ! こんなところにいた!」
これから鳴子を設置していこうというときになって、背後から女性の声がした。
「こんなところにいたのかい、冒険者さん!」
振り返ると、恰幅の良い中年のご婦人が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「村長から言われた場所にはいないし、帰っちまったのかと心配したよ!」
大声ではきはきと喋る、頼りがいがありそうなご婦人だ。
察するに、村長が向かわせてくれた案内人らしい。
「すいません、モッズさんが教えてくれるって言ってくれたので……」
「モッズさん? ああ……こんなところで油を売ってていいのかい?」
「あ……す……」
モッズはさっきまでの饒舌さが消え失せ、口の中でももごもごと誰にも聞こえない声量で何事かつぶやいた。
「冒険者さんのお世話はあたしが任されたから、あんたは自分の仕事をしな」
「うっ……す……」
「ん、じゃあ、教えるよ! この鳴子の作り方は――」
モッズの返事は聞こえなかったが、ご婦人は気にも止めず説明を始めた。
鳴子の作り方はすでにモッズから教えてもらったのだが、ツトムたちはもう一度説明されることになった。
(結構です、って言うタイミングを逃した……ていうか、こういう場合はモッズが“僕がもう教えましたよ”って言うべきなんじゃないか?)
「………………」
モッズの方を伺うが、モッズは何も言わずただ突っ立っていた。
何も言わないのなら、ここを立ち去って自分の仕事とやらをやりに行くべきなのではないだろうか。
モッズも立ち去るタイミングを逃したらしい。
(い、イライラする……何もしないのなら、ここにいるなよ……気になる……)
ツトムが背後に立つ男に不快さを感じている間に、ご婦人による説明が終わった。
モッズの数倍わかりやすい説明だった。
「ん⁉ モッズさん! 何やってるんだい⁉ 自分の仕事しなって! ここにいても、やることないだろ⁉」
「あ……す……」
ご婦人に叱られて、ようやくモッズは去っていった。
(なんだったんだ、あの男は……)
ただただ不快感が残った。
ツトムは雑念を捨てて、鳴子を作る。
完成品をご婦人に見せてみる。
「あー、それじゃあダメだよ! 時間が経つにつれて緩んできちまう! その作り方をした鳴子が鳴らなかったせいで、ゴブリンが畑に入ってきちまったんだよ!」
「……すいません」
ツトムが作った鳴子は、モッズから教わった作り方で作ったものだった。
モッズから教わった知識すべてが無駄だった。




