11 社畜、村に到着す
長い苦行の時が終わった。
馬車が止まり、雇った御者が到着を告げる。
ツトムとテラーラは痛む尻をさすりつつ馬車を降り、御者に約束の賃金を手渡した。
御者は一礼し、馬車と共に去っていった。
残されたツトムとテラーラは眼前の村を眺めた。
貧しい。
それが第一印象だった。
2人は村の入り口に立っているのだが、門すらない。
村の周囲を壁で覆っているわけでもない。
「ドーラ市は高い壁で囲っていたが……? あれって、魔物の侵入を防ぐためのものじゃなかったのか? この村は襲われないということかな?」
「まさか。ただ単に壁を築くどころか、柵を立てる余裕すらないってことでしょう」
2人が暗澹とした気分でいると、畑仕事をしていた村人がこちらを指さし、村の中央へ駆けて行った。
時を置かず、村の中央から一人の男が現れた。
50歳くらいだろうか、背は低いががっしりとした体形で、良く日焼けをしている。剛毛の髭を豊富に蓄えた偉丈夫である。着ている服は粗末だが、どこか威厳が感じられた。
「冒険者様ですかな? 少ない依頼料で良く来てくださいました。私は村長のベルナーです」
「魔法剣士のツトムと祭司のテラーラです」
短い自己紹介が済むと、ベルナーは立ち話もなんだからと、自宅に招いてくれた。
村の中でもっとも立派な家屋がベルナーの自宅だった。
といっても、ドーラ市の平民が住む家よりはるかに小さい。
中に入ったツトムは思った。
(倉庫を家に改造したみたいだな……)
それが、現代日本で生まれ育ったツトムの感想だった。
その感想はそれほど的を外してはいないだろう。
家の中は埃っぽく清潔とは言い難い。
すきま風も感じる。
家具の類は薄汚れたカマドくらいで、調度品など一つもない。
木を組み立てただけのテーブルを挟んで、ベルナーと向かい合わせに座る。
椅子にはクッションなどなく、尻を痛めつけ続けた馬車の席より固い。
ベルナーの奥さんが、飲み物を用意してくれたが、ただの水のようだ。
村長宅でこれなら、この村の困窮具合が推して知れる。
「いやはや……本当に来ていただいてありがとうございます。クエスト依頼を上げてから一向に受領連絡が無くて……諦めかけていたところでした」
「そうですか……」
(言えない……)
ツトムは内心葛藤していた。
(お前ら報酬をきちんと支払えるのか? なんて言えない……! さすがに……!)
「し、詳細なクエスト内容をお聞きしましょうか……」
「なんで、そんな苦しそうなんです?」
テラーラが耳打ちしてきた。
「こんなブラック環境と思しきところで働きたくない……!」
ツトムも村長らに聞こえないように、小声で返した。
「今さら何を……」
「わかってる。わかってはいるんだ……しかし、体が……社畜生活で蝕まれたこの体が……拒絶反応を……!」
「我慢してくださいよ」
「するさ……! 『神の就業規則集』にも、“従業員は自身の良心と理性に基づいて、世界の秩序と生命の繁栄に貢献すべし”と書いてあった。冒頭にな。これに背けば、『神の福利厚生』の恩恵が受けられなくなる危険性がある」
「そこは、嘘でも困っている人々のために、とか言ってくださいよ。自分の福利のためですか」
「そうさ、僕はそういう人間さ」
「小さい人間……」
「なんとでも言え。小さい人間であればあるほど、でかい家に住めるんだ。相対的に家が大きく見えるからな」
「どういう理屈ですか」
「それは――」
「あの……説明してもよろしいでしょうか?」
小声で応酬するツトムとテラーラに、村長が躊躇いがちに聞いてきた。
ツトムとテラーラは一瞬で、村長に向き直る。
「ええ、もちろん」
「ちょっとした相談をしただけです」
「そうですか……では」
こほん、と村長が咳ばらいをした。
「あなた方には、ゴブリンの襲撃から村の畑を守っていただきます。具体的にしていただくことは、昼にゴブリンの接近を知らせる鳴子の設置と修理、夜に畑を見張ること」
「見張るだけ……ですか」
「はい。戦っていただく必要はありません。というか、戦っていただくには依頼料が足りないでしょう?」
「そうなんですか? わたくしたちには――痛っ!」
余計なことを口走りそうだったテラーラを、肘打ちで黙らせる。
「何をするんですか……!」
「黙ってろ……! 僕たちが冒険者稼業の相場を知らないなんて知られたら、ぼったくられるぞ……!」
「この期に及んで、まだそんなことを言うんですか……⁉ 貴方が戦うべきはゴブリンであって、人間ではありませんよ……⁉」
「うるさい……! 人間がこの世でもっとも狡猾で残忍で冷酷な魔物なんだ……!」
「いい加減この世界に集中してくださいよ。いつまで日本の影におびえているんですか」
「怯えてなんていない。復讐の炎を絶やさないだけだ……!」
「余計に悪いですよ!」
「あの……続けてもよろしいでしょうか」
再び小声で言い争うツトムとテラーラに、村長が話しかけた。
「あ、すいません。どうぞ」
「それでですね……もし、ゴブリンが村に入ってきたら、この笛を吹いてください」
村長が小さい笛を机の上に置く。
「この笛は少ない吐息でも、大きな音が鳴ります。村中の人間が起きますから、ゴブリンはそれで逃げていくでしょう」
ツトムは笛を受け取った。
「鳴子の設置は2時間ほどで終わるでしょう。これから1週間、冒険者様には昼に寝ていただいて、夜は一晩中起きていていただきます。説明はこんなところでしょうか。村の地理や鳴子の作り方はこの後村人に教わってもらうつもりです。何か、質問はありますか?」
「ないです――いやいや……」
ツトムは即答しそうになって、慌てて取り消した。
(悪い癖だぞ、田中勉! お前はそうやって、質問するのは理解力がない証拠、と思って質問をしてこなかった。そのせいで、どれだけの理不尽を被った⁉ 新入社員に教える立場になった時に気づいただろう⁉ 質問してこない奴の方が無能に見えると! この瞬間に、極力情報を集めるんだ!)
「ええと、いくつか聞きたいことがあります。もしかしたら、素人質問かもしれないので、恐縮なのですが……」
「遠慮なさらずに、どうぞ」
「では……まず、ゴブリンがこの笛の音で逃げていくというのは本当ですか?」
「まず、間違いありません。実際、逃げていくのを見ていますし、今のところはゴブリンの数は、村人の数より少ないはずですから、多勢に無勢でゴブリンは戦うつもりはないでしょうな」
「ゴブリンに戦う意志がないなら、なぜわざわざ冒険者を雇うのです? 村人で交代して見張ればいいのでは?」
「この村は貧しいのです。老人から子供まで1日中働かなければなりません。少ない食事で、1日中野良仕事をし、夜に見張りをするのは、体が持ちません」
「失礼な質問をしてしまい申し訳ありません……」
「いえ、見れば誰にでもわかることですから、気にしてません」
「……では、次の質問ですが、1週間だけでいいのですか? 我々が帰った後にゴブリンが来ることも考えられるのでは?」
「1週間後に徴税官が村に来るのです」
「徴税官?」
「はい、村の収穫量を確認し、今年の税を決める役職の方です。彼が来るまで麦を収穫するわけにはいかないのですよ」
「なぜですか?」
「決まりなんです。収穫後だと、不正の恐れがあるらしいです。畑に麦が実っているのを直に見ないと納得しないのです。天候が急変した時など、徴税官を待たずに収穫することも認められてはいるのですが……その時はいろいろと難癖を付けられて、税を高くされてしまいます……」
村長と奥さんが暗い表情になる。
ツトムも憤りを覚えた。
(この世界でも、権力者が弱者から税を搾り取っているのか!)
「しかし、徴税官が来るまで凌げば、収穫できます! 収穫して蔵に入れてしまえば、一安心です! ゴブリンどもには鍵のかかった家や蔵を開けることはできませんからね!」
村長の顔がぱっと明るくなるが、ツトムは暗澹とした気持ちのままだった。
ゴブリンに盗られずとも、権力者に大部分を盗られるのだろう。税という名目で。
「1週間凌いだとしても、ゴブリンを退治しない限りは安心できないでしょう? 討伐依頼は出さないのですか?」
村長は弱弱しく首を振った。
「この村に討伐依頼を出せるほどの余裕はありません。1週間の護衛依頼が限界なのです」
「…………わかりました。村の案内をお願いできますか?」
権力者の方は、ツトムにはどうすることもできない。
しかし、ゴブリンには村の麦は奪わせない。
ツトムは心に固く誓った。




