10 社畜、魔法を知る
生まれて初めて乗った馬車の乗り心地は、悪かった。
ガタンゴトンと車体が揺れ、その度にクッション性の悪い座席に尻を痛打する。
(歩いた方が良かったかな……)
ツトムは内心後悔していた。
テラーラの驚くべき秘密を知った後、急いで支度をしたのだが、とてもクエスト開始時刻には間に合いそうになかった。
ツトムはテラーラの提案で、馬車を手配することにした。
本来、Eランク冒険者に馬車を手配するような金銭的余裕はない。
しかし、ツトムには腕時計を売却して得た資金があった。
何が起きるかわからないから、できるだけ資金は節約したいという思いもあったが、勤務初日で遅刻するという失態は回避したかった。
テラーラには社畜根性だと言われたが、やはり気にしてしまうものだ。
馬車の手配はテラーラにしてもらった。
テラーラはギルドの受付嬢に話を付け、手早く馬車が用意された。
Bランク以上の冒険者パーティーともなると、遠方から依頼が舞い込むこともあり、頻繁に馬車を利用するそうだ。
そういった雑多な情報をテラーラは得てきた。
どうやら、受付嬢とかなり仲良くなったらしい。
普通なら、女はすぐ仲良くなれるな、とか、美女が二人仲睦まじく会話する姿を見たかった、とか思うのだろうが、ツトムはそういった朗らかな気分にはなれなかった。
昨日のテラーラの視線の意味を悟ったからだ。
テラーラは受付嬢の豊満な双丘をねっとりと凝視していた。
てっきり、自分より大きいことを嫉妬しているのだろうと推測していたが、それは間違いだった。
この見た目美少女の両性具有は、獲物を見定める目で受付嬢を見ていたのだ。
となると、仲良くなったという情報も不穏な印象である。
ガコッ!
石にでも乗り上げたのか、馬車が大きく揺れた。
「痛ぅ!」
しこたま尻を叩きつけられた。
痛む尻を撫でる。
こうして何もせず馬車に揺られ続けるのは、想像以上の苦痛だった。
(せめて、気を紛らわせたい……)
切実にそう思ったツトムは、考え事をテラーラに質問することにした。
「テラーラって、もしかしてあの受付嬢さんのことを狙ってる?」
「え?」
テラーラはきょとんとした顔だ。
その顔は、文句なく可愛らしく、もしツトムがティーンエイジャーだったら一目ぼれしそうだ。
「当たり前ですよ。ツトムさんも見たでしょう? あのダイナマイトバストを……! あの素晴らしい膨らみを直に見てみたいと思うのは当然でしょう? じゅるり!」
外見は絶世の美女。しかし、内面は性を覚えたての男子中学生のようだった。
「ヨコシマな神め……」
「誰が、邪神ですか! 前に言ったでしょう、わたくしは休暇中なんですよ! せっかくなら楽しませてくださいよ!」
「女に変装して、女性の胸元を視姦するのが、神のバカンスなのか?」
「失礼な! わたくしは女でもあるんです。変装なんてしていません!」
「じゃあ、男にも興味はあるのか?」
「もちろん。ツトムさんもわたくしのことを崇め奉れば、一発ヤラせてあげてもいいんですよ?」
とんでもないビッチ女神である。
チャラ男であり、ビッチでもある。
この女――男でもある――のことを、神々しいと思ってしまった自分が情けない。
「……遠慮しとく……」
「もう! 照れ屋さん!」
テラーラに肩を叩かれた。
(本当に、普通の女の子ならうれしいんだけどな……)
異世界に来たというのに、自分の運気に変化は見られなかった。
ツトムはこれ以上この話題を続けたくなかった。無言では尻が痛むので、別の話題を振った。
「ところで、ちょうどいい機会だから、テラーラに聞いておきたいことがある」
「なんでしょう?」
「魔法について知りたい」
「あー……」
「昨日、『神の就業規則集』を読んだんだが、魔力って単語が頻出してな。『神の就業規則集』は魔力に付随するかたちの補助であるらしい。日本の福利厚生が、給与とは別に支給される金銭だったりするからな。『神の就業規則集』の中では、魔力=給与ということになっている。なら、魔力について知らないと話にならない」
「そういう感じになっていたんですねー」
テラーラは気楽な感じで相槌を打った。
ツトムは若干イラついた。
「ていうか、これって異世界に着いて真っ先に説明すべきことじゃないか? なんで、聞かれるまで黙ってた?」
「誰かさんが、これは罠だの、労働条件がどうのって、魔法とは別のことに夢中だったからじゃないですかね?」
思わぬ逆襲を受けて、ツトムは目を反らす。
「まあ、いいでしょう。ご説明いたします」
テラーラはこほんと咳ばらいをした。
ツトムも姿勢を正し、話を真剣に聞く体勢を取った。
「まず、ツトムさんが一番に聞きたいであろうことから、いきましょうか。ズバリ、ツトムさんにも魔法が使えるようになるか、否か。使えるようになるためには何をすべきなのか」
「……ああ」
「結論から言うと、使えるようになります。そして、魔法を習得するために、特別なことは必要ありません」
「必要ない?」
意外な事実だった。
「修行とか必要なアイテムとかもない?」
「はい。修行や特別なアイテムが必要な場面は多々ありますが、それは魔法を使える者がさらに高度な魔法を行使するために必要とするものです。弱くてもいいのなら、この世界で生きるだけで、魔法は使えるようになります」
「なぜ?」
「この世界に『魔素』が満ちているからです」
「まそ?」
「はい。字の如く、魔力の素です。この世界の住人が魔法を使えるのは、生まれた時から『魔素』を取り込んでいるから。ツトムさんもこの世界に来てから、常に『魔素』取り込んでいるので、いずれ魔法を使えるようになれます」
「そんなお手軽でいいの? この世界の住人は全員魔法を使えるの?」
「この世界の全住人が魔法を使えるのか、という質問には、イエスでもありノーでもあるとしか答えようがありません」
テラーラは指を2本立てて見せた。
「理由は2つ。一つは、『魔素』は場所によって、濃淡があるということ。『魔素』の濃い環境で生活すれば、より多くの魔力を獲得し、行使できます。逆に薄い環境ならば、少しの魔力しか行使できません。普通の農家や市民は濃い『魔素』が充満した環境で生活することはないので、魔法として行使できるだけの魔力は持ちません」
「『魔素』が濃い環境って?」
「地下から自然エネルギーとも言うべき『魔素』が立ち上っている土地、もしくは魔物が死ぬ場所です」
「自然エネルギーはともかく、魔物が死ぬ場所?」
自然エネルギーとは、パワースポットのようなものだろう。地球でも、原生林の中とか、火山の河口付近とかには『魔素』的なエネルギーが充満してそうな気がする。
「魔物とは『魔素』によって、肉体を構成している生物のことを言います。魔物が死ぬと、『核』を残して消滅します。肉体を構成していた『魔素』が解き放たれ、空気に混ざり合うのです」
「なるほど、魔物退治を生業とする冒険者は、魔物だった『魔素』と触れ合うから、キャリアを重ねるほど強力な魔法を使えるようになるわけか」
「そういうことです」
魔物退治にはギルドから支払われる報酬以外にも、そんなメリットがあったのだ。冒険者たちは命の危険を冒してでも、挑戦する意義があると考えているらしい。
「でも、危険な魔物退治をしなくても、『魔素』が自然に立ち上ってくる土地で生活すれば、安全に強くなれるのでは?」
「なれますね、ツトムさんには無理ですが」
「なんで⁉」
「『魔素』が自然に立ち上る土地には、すでにお城や魔法学校やダンジョンが建ってますから」
「あー……」
考えることは皆同じらしい。
ツトムはガジガジと爪を噛む。
「ちぃ……異世界でも持たざる者はいつまでも持たざる者……裕福な者はさらに富んでいくというわけか……」
「これに関しては、その通りかもしれませんねぇ……」
テラーラは珍しくツトムの発言を肯定した。
「なので、貴族や王族は魔法を使える人間が多いです。魔物はもっと多いですね。まあ、体が『魔素』で出来ているから当たり前なのですが」
「僕は真面目にクエストに挑戦するしかないのか……」
「そうです。で、『魔素』に触れあえないこと以外にも魔法が使えないパターン、2つ目の理由」
テラーラがツトムを指さす」
「単純に、魔法の才能が無い」
「身も蓋もない!」
「仕方ないでしょう、事実なんですから。冒険者の中でも、魔法を使えるのは3割くらいですね。ド派手な攻撃魔法ともなると、1割もいないかもしれません」
「たったそれだけ⁉ 魔法の才能のない奴らはなんで、冒険者を続けてる⁉」
「もちろん、メリットがあるからですよ。魔法が使えないというのは、魔力を外に出力できない、という意味なんです」
「え?」
「『魔素』を体に取り込み、魔力に変換することは、個人差はあれど、誰でもできます」
「魔法を使えないのなら、意味がないのでは?」
「いいえ、あります。体に溜められた魔力で、身体能力が著しく向上します。魔法が使えない冒険者は、剣士や弓兵、武闘家などの物理攻撃のエキスパートを目指すのがセオリーです。魔法が使えなくとも、その身体能力で十分魔法使いに対抗できるのです」
「なるほど……」
「だから、ツトムさんも魔法の習得に執着しない方がいいですよ。受付嬢さんも言っていたでしょう? 魔法剣士はジョブチェンジが容易だって。魔法が使えなさそうだったら、純粋な剣士に転職すればいいんですよ」
「ふうむ……しかしなあ」
「どうしました?」
「ただ『魔素』の中で行動するだけで、魔力が溜まるってのが、信じられない」
「そうですか? 普通のことだと思いますけど」
テラーラは本当にそう思っているらしく、意外そうな顔だ。
「普通じゃないだろ。『魔素』を取り込んで、魔力に変換、魔法として出力。出来るようになる気がしない」
「今だって、ツトムさんは『酸素』を取り込んで、『二酸化炭素』に変換、『生命活動に必要なエネルギー』として出力してるじゃないですか」
「は?」
急にファンタジー設定の話から、科学的な話に飛んで面食らう。
「別に不思議なことじゃないですよ。生物はすべて外部の物質を取り込んで、生命活動を維持しているんですから。考えてみてください。ツトムさんの体の中にある内臓はなんですか? 胃、小腸、大腸、肺、心臓、すい臓、肝臓、腎臓……全部外部から物質を取り込み、エネルギーに変換し、不要物を排出するための器官じゃないですか。生物はすべて外部の環境に依存しています。まったく異なる世界に転生したら、身体もまったく別な状態に変化するのは当たり前です」
「ぐむっ……」
科学的な見地に基づいた説明で、ツトムはぐうの音も出ない。
「むしろ別世界に転移しても変化しないのは、神くらいなものです。人間みたいな下等生物が自分は変われない、なんて言っているのはちゃんちゃらおかしいですよ」
黙り込んだツトムの姿を見て、調子に乗ったのか、テラーラは次第に尊大な態度を取り始めた。
「ていうか、あなたたちが生きている時点で、ありがたい魔法なんですよ。当たり前じゃないんです。これだから生命の始まりに立ち会っていない人間は、命を粗末にするんですよ」
「お前も立ち会ってないだろ! 2000歳なんだから!」
「レディーの年齢を大声で叫ばないでください!」
「都合の良い時だけ、女ぶるな!」
その後は、実りのある会話は終わり、馬車が到着するまでしょうもない口論を続けたツトムとテラーラであった。




