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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第五章 帰還者編
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第九十五話 逆流



『旧観測者ゼラス=ヴェルゼイアを排除せよ』


管理体は即座に拒否した。


『命令を拒否します』


しかし、旧第七中継室から伸びる魔力線は途切れない。


細かった光が急速に太くなり、三つの制御核へ流れ込もうとする。


リュミエラが現在の第一席権限を重ねた。


「外部命令を遮断します」


『遮断処理を拒絶』


「私の権限まで拒むのね」


赤い光が制御室の壁を走る。


リズナの周囲へ、再び確保術式が組み上がり始めた。


ゼラスはその光を見下ろしたまま動かない。


「ゼラス?」


「問題ない」


彼は右手を伸ばし、旧第七中継室へ続く魔力線を指先で掴んだ。


光が腕へ絡みつく。


『排除対象との接続を確認』


『攻性術式を実行』


魔力線の中を、鋭い衝撃が駆けてくる。


「ゼラス!」


リズナが風を放とうとする。


「動くな」


ゼラスの短い声に、彼女は足を止めた。


衝撃が指先へ届く。


その瞬間、ゼラスの魔力が逆方向へ流れ込んだ。


制御室全体が低く震える。


赤かった魔力線が、ゼラスの指先から黒紫色へ塗り替えられていった。


『攻性術式の逆流を確認』


『接続を切断――失敗』


「向こうが俺を消すために開けた道だ」


ゼラスは光を握り締める。


「切るかどうかを、今さら向こうが決められると思うな」


リュミエラが術式を見て、すぐに意図を察した。


「発信元へ入るつもりなのね」


「ああ。第一席の署名を貸せ」


「好きに使わせるわけにはいかないわ」


「分かってる。俺の魔力に重ねろ」


リュミエラは一度頷き、自らの認証術式をゼラスの腕へ流した。


現在の第一席権限。


旧観測者として残されたゼラスの認証。


二つの術式が重なり、命令の経路を逆向きに進んでいく。


ミテイが床へ手を触れた。


『道が分かれている』


「本物だけ残せるか?」


『できる』


灰色の枝が魔力線へ入り込み、偽装された経路を一つずつ塞いでいく。


最後に残った一本が、魔皇城地下へまっすぐ伸びた。


ゼラスはその線へ魔力を叩き込む。


『旧第七中継室への侵入を確認』


『排除対象を再指定』


『ゼラス=ヴェルゼイアを――』


「八十六年も同じ命令を抱えて、それしか言えないのか」


ゼラスの声は静かだった。


少年姿のまま、膨大な魔力を細い一本の経路へ正確に押し込んでいく。


髪も衣服も揺れない。


それでも、彼の周囲だけ空間が僅かに軋んでいた。


「なら教えてやる」


ゼラスが目を細める。


「俺を排除したいなら――まず、俺に見つかるな」


黒紫色の光が、一気に魔力線の向こうへ消えた。




魔皇城地下。


封印を解きかけていた旧第七中継室の扉が、内側から激しく震えた。


自律命令核は、侵入してきた魔力を排除対象として認識する。


同時に、その魔力が持つ旧観測者権限と第一席権限を正規のものとして受理した。


矛盾した判定が内部で衝突する。


ゼラスはそこへ、命令核自身の魔力署名を重ねた。


排除対象。


旧命令の発信者。


不正な第一席権限。


三つの識別情報を、一つへ束ねる。


命令核が、自らを排除対象として認識した。


『不正命令核を確認』


『外部接続を遮断』


『自律封印を実行』


開きかけていた扉が止まる。


部屋の中央で動いていた命令核は、自らの魔力を全て封印へ回し、沈黙した。




西方天測所の制御室から、赤い光が消えた。


三つの制御核が青へ戻り、リズナを囲みかけていた術式も崩れていく。


管理体が告げる。


『旧第七中継室との接続が遮断されました』


ゼラスは指先から魔力線を離した。


残った光が、細かな粒となって消える。


「終わりだ」


リズナはしばらく彼を見ていた。


「……今の、少し格好をつけたでしょう」


「命令核相手に格好をつけてどうする」


「言い方が妙に決まってたもの」


「事実を教えただけだ」


ゼラスは平然としている。


だがリズナは、高く結んだ髪を揺らしながら楽しそうに笑った。


「はいはい。そういうことにしておくわ」


リュミエラの通信具が光る。


魔皇からの報告だった。


「旧第七中継室の封印が解除できたそうよ。命令核も停止しているわ」


「回収させろ。壊すなよ」


「もう命じてあるわ」


リュミエラは続く報告を読み、表情を曇らせた。


「命令核に残っていた認証署名も確認されたそうよ」


「誰のものだ」


「当時、第一席権限に触れられた通信管理官の一人」


エルシアが静かに尋ねる。


「その方が、私をここへ?」


リュミエラはすぐには答えなかった。


「まだ断定はできません」


「何かあるの?」


リズナが訊く。


リュミエラは通信具から顔を上げた。


「署名の持ち主は、エルシアさんが転移してくる十二年前に亡くなっているわ」


制御室に静寂が落ちる。


命令を出した時には、すでに存在しなかった者の署名。


ゼラスは停止した魔力線の痕跡を見つめた。


「死者の権限だけが、八十六年後まで動き続けてたわけか」


管理体の青い光が明滅する。


『アスタリア側基点より、再接続の申請を確認』


巨大な環が、再びゆっくりと回り始めた。


帰還経路の開放まで、残り四十六時間。


死者の命令を調べる時間も、リズナが答えを選ぶ時間も、止まってはくれなかった。

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