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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第五章 帰還者編
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第九十四話 命令を拒む



三つの制御核が赤く染まった。


『第二帰還者リズナを確保せよ』


床から無数の光が伸び、リズナの足元へ集まる。


「また勝手に――」


「右へ跳べ」


ゼラスの声に、リズナは迷わず従った。


風を足元で弾けさせ、一気に横へ飛ぶ。


直前まで立っていた床から、青白い柱が立ち上がった。


さらに別の光が進路を塞ごうと広がる。


リズナは空中で身体をひねり、細い風刃を放った。


光そのものは切れない。


だが、床に刻まれた術式へ風が入り込み、集まりかけた魔力を乱した。


「そのまま流れを崩せ」


「分かってるわ!」


高く結んだ赤い髪を揺らしながら、リズナは床へ着地する。


ゼラスは片手を開いた。


次の瞬間、制御核と床をつないでいた三本の金属杭が消える。


収納空間へ抜き取られたのだ。


一つ目の核から赤い光が消えた。


「あと二つ」


「任せて」


リュミエラが魔力を放つ。


現在の第一席である彼女の認証が、外部から送られてきた古い権限へ正面からぶつかった。


『第一席権限の競合を確認』


「競合ではないわ」


リュミエラの声が鋭くなる。


「現在の第一席として命じます。リズナちゃんの確保命令を破棄しなさい」


『受信命令は正規の認証を保持しています』


「八十六年前の認証よ。現在の私の署名を優先しなさい」


『優先順位を判定できません』


二つの制御核が激しく明滅する。


赤い光は弱まったが、消えない。


施設の壁から新たな線が伸び、今度はリズナだけでなく、ゼラスとリュミエラの周囲にも円を描き始めた。


『妨害者を排除します』


「命令が増えたな」


ゼラスは落ち着いたまま、足元の術式を見下ろす。


「管理体。これはお前の判断か?」


黒い金属の管理体は、答えなかった。


赤と青の光が、その身体の中で交互に明滅している。


『外部命令は正規です』


『帰還者二名の生命保護も、最優先管理項目です』


『両立できません』


ミテイが管理体の前へ立った。


『なら、止める』


『停止する権限はありません』


『私にも、なかった』


ミテイは赤い光を真っすぐ見上げる。


『でも、止めてと言った』


管理体の反応が遅れる。


『それは、あなた自身の判断です』


『そう』


ミテイは短く頷いた。


『あなたも、今は分かっている。命令に従うと、守るものを傷つける』


『私は命令を実行するために存在します』


『私は記録するために作られた』


ミテイの灰色の魔力が、床を通じて管理体の足元へ触れる。


攻撃ではない。


その内部を探るだけの、細い枝だった。


『でも、今は自分で記録を選ぶ』


管理体の赤い光が大きく揺れた。


外部から、さらに強い魔力が流れ込む。


『確保命令を直ちに実行せよ』


『拒否した管理体を停止せよ』


管理体の身体から、甲高い音が響いた。


膝が僅かに沈む。


エルシアが一歩近づいた。


「あなたは、また見ているだけなのですか?」


管理体が彼女を見る。


「私が閉じ込められた時と同じように、今度はリズナさんが連れていかれるところを」


『……』


「命令だから仕方がないと、何もせずに」


長い沈黙の後。


管理体の光が、青一色へ変わった。


『帰還者の生命保護を優先します』


施設全体が大きく震える。


『外部確保命令を拒否』


赤く染まっていた二つの制御核から、光が消えた。


リズナを追っていた術式も、床へ溶けるように消えていく。


ミテイが灰色の枝を引いた。


『選んだ』


『はい』


管理体は初めて、命令文ではない返事をした。


ゼラスが僅かに口元を緩める。


「悪くない判断だ」


『あなたの記録を参考にしました』


「そこはミテイを参考にしろ」


『両者を参照しました』


「余計なところだけ正確だな」


リズナが息を整えながら、ゼラスの隣へ戻る。


「それで、命令を送ってきた相手は分かるの?」


管理体が旧第七中継室へ続く魔力線を照合する。


『発信元を追跡します』


空中へ、魔皇城地下の簡略図が浮かび上がった。


封印された中継室。


その中心に、一つの魔力反応が表示される。


リュミエラが目を細めた。


「生きている者なの?」


『生体反応はありません』


「なら、何が命令を出してる」


『自律命令核です』


ゼラスが図を見上げる。


「誰かの権限と命令を保存して、勝手に動き続けてるのか」


『その可能性が高いと判断します』


「停止できる?」


リュミエラが尋ねる。


『こちらからの操作は拒絶されています』


「父上に破壊してもらうしかないわね」


リュミエラが通信具へ手を伸ばした、その時。


旧第七中継室から新たな命令が届いた。


今度は、施設全体ではない。


管理体だけに向けられた短い指令だった。


『旧観測者ゼラス=ヴェルゼイアを排除せよ』


管理体の青い光は変わらない。


『拒否します』


直後。


魔皇城地下の図に表示されていた命令核が、自らの封印を解除し始めた。

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