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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第五章 帰還者編
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第九十二話 命令の外側



「残り四十八時間、か」


ゼラスは取り出した制御核を掌の上で回した。


青白い結晶の内部には、無数の細い術式が重なっている。ひび割れや欠損は見当たらない。


リュミエラが横から覗き込む。


「壊れてはいないの?」


「ああ。機能を止められていただけだ」


「誰かが意図的に?」


「そこまでは分からん。だが、自然に停止した形じゃない」


ゼラスが指先から魔力を流すと、結晶の奥で一部の術式だけが赤く浮かび上がった。


「通常経路を切って、交換処理だけを優先するよう書き換えられてる」


リズナの表情が険しくなる。


「つまり、塔が崩れたから仕方なくエルシアさんを残したんじゃなくて……」


「誰かが、残す仕組みを選んだ可能性がある」


エルシアは杖を握ったまま、黙って制御核を見つめていた。


百年以上、自分を閉じ込めていたもの。


それが故障ではなく、誰かの判断だったかもしれない。


「直せるの?」


リズナの問いに、ゼラスは頷いた。


「術式を元へ戻すだけならな。問題は、正しい状態を確認する記録が封鎖されてることだ」


ゼラスは管理体へ顔を向ける。


「保守記録を開けろ」


『管理区画の完全開放には、固定媒体の登録が必要です』


「その条件を外せ」


『命令に反します』


「なら、命令を守ったまま二人を帰す方法を出せ」


『該当する手順は存在しません』


「役に立たんな」


赤い光が一度明滅した。


ミテイが管理体の前へ歩く。


『命令を守ると、エルシアかリズナが残る』


『そのとおりです』


『二人を帰すことが、施設の目的』


『そのとおりです』


『命令を守ると、目的を達成できない』


管理体は沈黙した。


リズナが小さく目を瞬く。


「ミテイ、ずいぶん核心を突くわね」


『同じことを、私は知っている』


命令に従えば、自分へ戻れない。


残された命令と、自分で選んだ意思。


ミテイはその違いを、痛みとともに学んでいた。


『命令が間違っている時は、止める』


管理体の赤い光が、何度も不規則に明滅する。


『私には、命令の正否を判断する権限がありません』


『でも、今は判断している』


『……』


『開けないと決めている』


長い沈黙の後、管理体が制御室の奥へ顔を向けた。


『帰還者二名の生命保護を、最優先管理項目として再照合します』


壁の内部で、複数の鍵が外れる音がした。


閉じられていた通路のさらに奥に、白い扉が現れる。


『保守作業によって帰還者の固定を回避できる可能性があります』


「命令違反ではないのか?」


ゼラスが尋ねる。


『施設の目的を達成するための、保守判断です』


「随分と都合のいい言い換えだな」


『あなたの行動記録を参考にしました』


ゼラスの眉が動く。


リュミエラが口元へ手を添えた。


「百年前にも、似たようなことをしたのね」


「覚えてない」


「記録には残っているようよ」


「趣味の悪い施設だ」


管理体は反論せず、白い扉を開いた。




保守区画には、残る二つの制御核が並んでいた。


一つは正常に動いている。


もう一つは激しく揺れ、内部の魔力が一定の周期で乱れていた。


ミテイが壁へ手を触れる。


『外側は壊れていない。中の流れがずれている』


リズナも風を細く広げ、核の振動を探る。


「一定に見えるけど、七回目だけ少し遅いわ」


「分かるのか?」


「風に返ってくる音が違うのよ」


ゼラスは制御核へ耳を近づけた。


低い振動が六度続き、七度目だけ僅かに濁る。


「確かにずれてるな」


「最初からあたしを信じなさいよ」


「確認しただけだ」


「はいはい」


エルシアが二人のそばへ近づいた。


「その音を、知っています」


「いつから聞こえていたんですか?」


リズナが尋ねる。


「私がここへ来た時からです。夜になると、地面の下から同じ音がしていました」


彼女は目を閉じ、杖の先で床をゆっくり叩いた。


六度、同じ間隔。


そして七度目だけ、僅かに遅く。


「この後に、もう一つ音がありました」


杖が八度目を刻む。


先ほどより短く、鋭い音だった。


ゼラスが制御核の奥へ指を向ける。


「抜けてる術式が一つあるな」


収納空間から、先ほど隔離した制御核を別の台座へ戻す。


三つの核の間に光が走った。


「リュミエラ、全体の魔力を押さえろ。急に流すと焼き切れる」


「分かったわ」


「リズナは七度目のずれを風で戻せ。ミテイは核の内側を見て、亀裂が出たらすぐ言え」


『分かった』


「エルシアは音を数えてくれ。百年聞いてきたなら、俺たちより正確だ」


エルシアは驚いたようにゼラスを見る。


「私にも、できることがあるのですか?」


「あるから頼んでる」


迷いのない返事だった。


エルシアは杖を置き、制御核へ耳を澄ませた。


「始めてください」




リュミエラの魔力が三つの核を包む。


リズナの風が内部へ入り込み、乱れた振動を少しずつ整えていく。


高く結んだ赤い髪が、流れる魔力に揺れた。


ゼラスは一瞬そちらへ視線を動かしたが、すぐに核へ戻した。


「今、見たでしょう」


「核を見てた」


「方向が違ったけど?」


「集中しろ」


リズナは笑いを堪え、風をさらに細く絞った。


「六」


エルシアが数える。


「次が遅れます」


七度目。


リズナが風を押し込み、遅れた魔力を前へ運ぶ。


『亀裂なし』


ミテイが告げる。


「八」


エルシアの声と同時に、ゼラスが欠けていた術式を接続した。


三つの制御核が一斉に青白く輝く。


巨大な環が、滑らかに回転を始めた。


『ガリオール側帰還設備、正常化』


管理体の声が響く。


リズナが息を吐いた。


「直った……?」


「ああ。こっち側はな」


ゼラスは浮かび上がった記録へ目を向ける。


正常化によって、封鎖されていた過去の履歴が次々と開かれていた。


リュミエラがその一つを読み、表情を変える。


「ゼラス」


「見えてる」


八十六年前。


エルシアが転移してきた日。


観測塔が崩壊するより前に、通常帰還経路は手動で停止されていた。


その後、緊急交換方式が選択されている。


「事故ではなかったのですね」


エルシアが呟く。


ゼラスは記録の最下部を見る。


命令を承認した者の名は消されている。


だが、術式へ残された魔力までは完全に消えていなかった。


「この反応……」


リュミエラの声が低くなる。


ゼラスも知っている魔力だった。


魔皇軍の者だけが使用する、古い認証術式。


エルシアをここへ閉じ込めた命令は、八十六年前の魔皇城から送られていた。

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