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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第四章 皇都の五人編
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第八十六話 地下の天測所


地の底から響いた振動は、しばらくして収まった。


崖上の三基の観測塔は海を向いたまま、巨大な環をゆっくりと回転させている。


ゼラスは岩盤へ手を当てたミテイを見る。


「下へ通じる道はあるか」


ミテイの灰色の魔力が、枝分かれしながら地中を探る。


『崖の中に通路がある。途中で塞がっているけど、壊れてはいない』


「保守通路か」


ゼラスは海側へ目を向けた。


「百年前にも入口はあった。ただ、奥は行き止まりだったはずだ」


「隠されていたのかしら」


リュミエラが尋ねる。


「空間そのものを折り畳んでいたなら、見つけられなかった可能性はある」


「ゼラスでも?」


リズナが言うと、ゼラスは肩をすくめた。


「俺を何だと思ってる」


「大抵の無茶を、普通みたいな顔でやる人」


「否定しにくいわね」


リュミエラが静かに同意した。




ミテイの案内で、四人は崖沿いを進んだ。


海風を受け、リズナの高く結んだ赤い髪が軽やかに跳ねる。


前を歩いていたゼラスが、振り返るたび僅かに視線を止めていた。


三度目で、リズナが気づく。


「ちゃんと前を見た方がいいんじゃない?」


「見てる」


「後ろを?」


「通路をだ」


「ふうん」


リズナは楽しそうに髪を揺らした。


ゼラスは今度こそ前を向き、歩調を少しだけ速めた。


崖の裂け目には、岩と土砂に埋もれた石扉があった。


リズナが片手を上げる。


「退いて」


細く絞った風が隙間へ入り込み、内部の砂だけを外へ押し出した。


石扉を傷つけることなく、埋まっていた輪郭が現れる。


「相変わらず器用だな」


ゼラスが言った。


「あら。髪以外も褒められるのね」


「最初から実力は認めてる」


「そこは分かってるわよ」


リズナは満足そうに剣から手を離した。




扉の先には、下へ続く長い階段があった。


明かりはない。


リュミエラが小さな光球を浮かべ、四人は慎重に降りていく。


やがて、階段の終わりに広い通路が現れた。


壁や床に損傷はなく、長い間封じられていたとは思えないほど綺麗に残っている。


ミテイが壁へ触れた。


『上の施設より古い』


「分かるのか?」


『石の中にある魔力の重なりが多い。上は、ここの形を真似して作られている』


ゼラスは壁面の術式を見上げた。


「地下設備を増設したんじゃない。地上の天測所が、こいつを隠すための蓋だったわけか」


「百年前には、誰も気づいていなかったの?」


リズナが尋ねる。


「少なくとも俺が見た資料にはなかった」


ゼラスは指先で術式の一部をなぞる。


「施設を管理していた連中も、全員が知っていたとは限らないな」


通路の先には、三本の塔が並んでいた。


崖上の観測塔と同じ配置。


ただし、こちらの塔は天井から逆さに伸び、先端が地中深くへ突き刺さっている。


「空ではなく、大地の下を観測しているのね」


リュミエラが呟く。


『違う』


ミテイが塔を見上げた。


『下を見ていない。遠い場所を、下に置いている』


折り畳まれた空間の向こうに、別の場所がある。


それがアスタリアなのか。


まだ確かめる術はなかった。




中央塔の前には、黒い金属で作られた扉があった。


表面に刻まれているのは、リズナが訓練塔で見たものと同じ古い文字だ。


「読めるか?」


ゼラスに問われ、リズナは指で文字を追った。


「帰還者……識別門」


その下には、二つの円が刻まれている。


一つは淡い光を宿し、もう一つは暗いままだ。


リズナが近づくと、暗かった円にも青白い光が灯った。


「リズナちゃん、下がって」


リュミエラが声をかける。


しかし、攻撃の気配はなかった。


扉の中央から光が伸び、リズナの周囲を一度だけ巡る。


『風脈反応を確認』


訓練塔で聞いた女の声が響いた。


『第二帰還者、到着』


リズナの表情が変わる。


「第二……?」


ゼラスが扉の二つの円を見る。


最初から光っていた方には、すでに別の魔力が登録されている。


「お前より先に、誰かがここへ来てるな」


『第一帰還者の所在を照合』


短い沈黙の後、扉が答えた。


『施設内部にて生存を確認』


リズナが息を呑む。


アスタリアから来た者が、もう一人いる。


それも、この扉の向こうに。


重い音を立て、黒い扉がゆっくりと開き始めた。


隙間から流れ出したのは、潮の匂いを含まない、温かな風だった。


リズナの故郷で吹いていた風と、よく似ていた。



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