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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第四章 皇都の五人編
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第八十二話 また会うまで



翌朝。


ゼラスは客室区画の広間で、皇立空間魔術研究院から届いた追加報告を読んでいた。


突然現れた観測塔は、夜が明けても消えていない。


外壁にも内部の設備にも崩壊した形跡はなく、八十六年前の記録に残された姿とほぼ一致しているという。


「待たせたわね」


声に振り返ったゼラスが、目を見開いた。


リズナは動きやすい旅装に着替えていた。


海沿いの強い風を考えたのだろう。いつも下ろしている赤い髪を、後ろで高く結んでいる。


揺れた髪が、彼女の背で弧を描いた。


ゼラスは、明らかにぎょっとしていた。


「……良い」


「え?」


リズナが足を止める。


ゼラス自身も、口から出た言葉に少し驚いたようだった。


「何が良いの?」


「髪だ」


「髪?」


「その結び方が――」


ゼラスは一度言葉を切った。


「かなり良い」


リズナは目を瞬いた後、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「あら。かなり、なのね」


「聞こえただろ」


「ええ。よく聞こえたわ」


リズナは結んだ髪を指先で持ち上げる。


「ゼラスって、こういう髪型が好きだったの?」


「今は髪型の好みを話してる場合じゃない」


「否定はしないのね」


「……報告を読むぞ」


ゼラスは記録板へ視線を戻した。


普段より僅かに動きが硬い。


リズナはその横顔を楽しそうに眺めた。


「ねえ」


「何だ」


「そんなに気に入ったなら、今日はずっとこのままにしてあげる」


「好きにしろ」


「今の反応を見た後だと、ずいぶん意味が違って聞こえるわね」


「調子に乗るな」


「はいはい」


返事とは裏腹に、リズナは上機嫌だった。




間もなく、リュミエラとミテイも広間へ入ってきた。


最後に現れたシェルミアは、いつもの記録板ではなく、小さな旅行鞄を持っている。


リズナがそれに気づいた。


「シェルミアさん、その荷物は?」


「一度、家へ戻ることにしたんだ」


シェルミアは鞄を床へ置いた。


「西方天測所の調査には、同行しないよ」


リズナは意外そうに彼女を見る。


「いいんですか?」


「良くはないね。正直に言えば、ものすごく行きたい」


シェルミアはあっさり認めた。


「でも、第百階層の記録もまだ整理しきれていない。それに、八十六年前の資料を皇都で調べる者も必要だ」


「現地へ行く者と、ここで記録を探す者。両方必要だわ」


リュミエラが言った。


「シェルミアには、皇立研究院と迷宮管理局の記録を照合してもらうことになったの」


「アーヴェルとの約束もあるんだろ」


ゼラスが付け加える。


シェルミアは少しだけ視線を逸らした。


「そちらも、かなり大きな理由だね」


「ちゃんと帰るんですね」


リズナが言うと、シェルミアは苦笑した。


「今度また心配をかけたら、本当に研究室の鍵を取り上げられそうだからね」


『シェルミアは、ここで別れる』


ミテイが静かに口にした。


「ああ。一旦ね」


シェルミアはミテイの前まで歩く。


「もう会わないわけじゃないよ。私は皇都にいるし、必要なら記録を通して話すこともできる」


ミテイは自分の帳面を胸元へ抱いた。


『次に会う時、記録が増えている』


「楽しみにしているよ」


『シェルミアの記録も、増える』


「もちろん。こちらも負けないくらい増やしておく」


二人は静かに頷き合った。


ミテイは引き止めなかった。


別れることは、消えることではない。


それをもう理解しているようだった。




しばらくすると、広間の扉が叩かれた。


入ってきたのはアーヴェルだった。


「迎えに来たよ、シェルミア」


「愛しの旦那様のお迎えだね」


「今度は約束どおり、きちんと帰ってきてくれるんだろう?」


「そのつもりだよ」


「そのつもり、では少し心配だな」


穏やかな声だったが、引く気はないらしい。


リズナが小さく笑う。


「アーヴェルさん、よろしくお願いします」


「ああ。任せてくれ」


アーヴェルはゼラスへ向き直った。


「ゼラス様も、どうかお気をつけて」


「様はもういいと言っただろ」


「それとこれとは別です」


「相変わらずだな」


「ゼラス様こそ」


二百年近い時間を感じさせないやり取りだった。


シェルミアは鞄を持ち上げると、最後に全員を見渡した。


「現地の記録は、できるだけ詳しく頼むよ」


「同行しない奴が注文をつけるな」


「私が同行しないからこそ、必要なんだよ」


ゼラスは小さく息を吐く。


「分かった。残せるものは残す」


「頼りにしているよ」


シェルミアは満足そうに笑い、アーヴェルとともに部屋を出ていった。


扉が閉じる。


いつもならすぐに聞こえる記録板を動かす音が、今日はもうしなかった。


ミテイは閉じた扉を少しだけ見つめ、自分の帳面を開く。


そこへ短い一文を書き加えた。


> シェルミアと、一度別れた。

> 次に会う約束は、言葉にしなくても残っている。




昼前。


皇立空間魔術研究院から、さらに一通の通信が届いた。


リュミエラが封を開き、内容へ目を通す。


「観測塔の上部にある主環が、今朝から動き始めたそうよ」


「向きは?」


ゼラスが尋ねる。


「東」


リュミエラが卓上へ地図を広げた。


西方天測所から真東へ線を引く。


その線は、ほとんどずれることなく皇都へ到達していた。


リズナの表情から、先ほどまでの笑みが消える。


「皇都を観測してるの?」


「まだ断定できないわ」


リュミエラは通信の続きを読む。


「ただし主環が動き始めた時刻に、観測塔から一度だけ魔力波が放たれている」


「届いた先は?」


「この城よ」


室内が静まった。


ゼラスは地図を見下ろし、目を細める。


「俺たちが見つけたんじゃないな」


「どういうこと?」


リズナが尋ねる。


ゼラスは彼女へ視線を向けた。


「向こうが、お前を見つけた可能性がある」

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