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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第四章 皇都の五人編
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第八十一話 帰る場所



報告会を終えた三人は、夕方前に魔皇城へ戻った。


馬車の中では、シェルミアが西方天測所の地図を何度も開いている。


「八十六年前の空間異常に、三日前の再起動。地下設備の記録まで欠けているとなると、やっぱり現地を――」


「先行調査が終わるまで勝手に行くなよ」


ゼラスが先回りして遮った。


「分かっているよ」


「その返事は今日だけで二度目だ」


「アーヴェルにも念を押されているからね。今回は大丈夫だよ」


「今回は、と付けるな。余計に不安になる」


シェルミアは聞こえなかったふりをして、地図を畳んだ。


リズナは窓の外へ目を向けている。


皇都の街並みは、朝と何も変わっていない。


けれど、故郷へ続くかもしれない場所を知っただけで、見慣れた景色が少し違って見えた。


ゼラスは一度だけ彼女へ視線を向けたが、何も尋ねなかった。




客室区画へ戻ると、リュミエラとミテイが待っていた。


『おかえり』


ミテイは帳面を閉じ、三人の顔を順番に見た。


「ただいま」


リズナが答える。


『報告会以外にも、何かあった』


問いではなく、見たままを口にしたらしい。


「よく分かったわね」


「リズナちゃんの顔を見れば分かるわ」


リュミエラが静かに言った。


シェルミアが卓上へ地図を広げる。


「西方天測所で、リズナの転移痕と似た空間異常の記録が見つかったんだ」


リュミエラの表情が引き締まる。


「西方天測所……閉鎖された観測施設ね」


「ああ」


ゼラスが地図上の印を指した。


「百年ほど前に行ったことがある。地下には空間の歪みを測る設備があった」


「あなたが内部を知っているなら、先行調査にも役立ちそうね」


「昔の構造が残っていればな」


ゼラスは、三基あった観測塔のうち二基が崩壊していること、その状態では本来の術式を動かせないことを説明した。


「誰かが別の魔力源をつないだ可能性が高い」


『そこが、アスタリアにつながる?』


ミテイがリズナを見る。


「まだ分からないわ」


リズナは地図へ目を落とした。


「似た反応があっただけ。何かが来たのか、どこかへ消えたのかも分かってないの」


『でも、前にはなかった手掛かり』


「ええ。だから、確かめたいと思ってる」


リュミエラが頷く。


「先行調査隊はいつ出るの?」


「明朝だ」


ゼラスが答えた。


「俺たちは待機。安全が確認されるまで現地へ近づくなと、陛下からも命じられている」


リュミエラの視線が、自然とシェルミアへ向く。


「私を見る必要はないと思うんだけどね」


「一番よく見ておく必要があるでしょう」


「夕食までには戻るよ。アーヴェルにも連絡してある」


リズナが目を丸くする。


「アーヴェルさんへ、もう連絡したんですか?」


「私だって学習するんだよ」


「少し感動しました」


「そこまで信用がなかったのかな」


シェルミアは記録板を抱え、資料整理のため部屋を出ていった。




日が傾き始めた頃。


リズナは客室区画の露台に立っていた。


西から吹く風が、赤い髪を揺らしている。


城壁の向こうには皇都が広がり、その先には海がある。


さらに向こうに、アスタリア大陸があるのかもしれない。


「見える距離なら、とっくに帰れてるな」


背後から声がした。


振り返ると、ゼラスが露台の入口に立っていた。


「魔皇陛下への報告は終わったの?」


「ああ。先行隊には空間術師と魔皇軍の斥候が入る。異常があれば、地下へは入らず引き返す手筈だ」


「シェルミアさんは、自分も行きたいって言ったでしょう」


「言った。陛下に却下された」


「でしょうね」


リズナは小さく笑った。


ゼラスは彼女の隣まで来ると、同じように西の空を見る。


「あたし、ずっと帰りたいと思ってたのよ」


「知ってる」


「こっちへ来たばかりの頃は、帰ることしか考えてなかった」


「それも知ってる」


「あんた、何でも知ってるみたいに言うわね」


「お前が何度も口にしてたからな」


リズナは風に揺れる髪を押さえた。


「だから、手掛かりが見つかったら、もっと素直に喜べると思ってた」


「嬉しくないのか?」


「嬉しいわ」


少し間を置く。


「でも、それだけじゃなかった」


ゼラスは急かさず、続きを待った。


「ここで知り合った人もいるし、ミテイのこともある。シェルミアさんやリュミエラさんとも、まだ話したいことがある」


「ああ」


「それに……」


リズナは隣へ目を向ける。


「あんたもいるし」


ゼラスの視線が、僅かに動いた。


「俺も、か」


「あら。そこだけ聞き返すの?」


「他の三人には、本人たちへ言え」


「ちゃんと言うわよ」


リズナは口元を緩めた。


「それで。あたしがアスタリアへ帰ると言ったら、どうする?」


「帰る方法を最後まで探す」


返事は早かった。


「じゃあ、残ると言ったら?」


今度は、ゼラスが少し考えた。


「今までどおりだ」


「それだけ?」


「何を言わせたい」


「別に?」


そう答えながら、リズナは楽しそうに彼の顔を覗き込む。


「ただ、あたしが残っても迷惑じゃないのかなって」


「迷惑なら、とっくに置いてきてる」


「それは仲間としてでしょう?」


問いの意味は、ゼラスにも伝わっていた。


彼は誤魔化すように視線を逸らさず、リズナを見返す。


「お前がいなくなれば、今までどおりではなくなる」


リズナが目を瞬いた。


やがて、口元がゆっくりと緩む。


「あら。今日はずいぶん分かりやすいじゃない」


「お前が分かりやすく喋れと言ったんだろ」


「ええ。でも、急に上達されると少し困るわね」


「面倒な奴だな」


「今さら気づいたの?」


「とっくに知ってる」


リズナは笑いを堪えるように顔を逸らした。


「つまり、あたしがいなくなると困るのね」


「勝手に言い換えるな」


「違うの?」


ゼラスは一度だけ息を吐いた。


「……違わない」


リズナは今度こそ、返事に詰まった。


だが、すぐに調子を取り戻す。


「ふうん。そこまで言えるようになったのね」


「聞いたのはお前だ」


「覚えておくわ」


「好きにしろ」


ゼラスはそう答えたが、言葉を取り消す様子はなかった。


リズナは満足そうに西の空へ目を戻す。


帰りたいという気持ちは、消えていない。


けれど、ここを離れることを惜しむ理由も、確かに増えていた。


まだ答えを決める必要はない。


その手掛かりが本当に故郷へ続いているのかさえ、分からないのだから。


「西方天測所には、あんたも来るのよね」


「ああ」


「頼りにしてるわ」


「任せろ」


簡潔だが、迷いのない返事だった。




その夜。


皇立空間魔術研究院から、緊急の通信が届いた。


西方天測所を遠隔観測していた術師が、崩壊したはずの観測塔を確認したという。


八十六年前に失われた二基のうち、一基。


それが夕暮れとともに、何もなかった崖の上へ突然現れた。


崩れる前の、古い姿のままで。

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