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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第四章 皇都の五人編
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第七十九話 記録にない五人目



翌日の午後、シェルミアは二枚の記録板を抱えて執務室へ入った。


一枚は厚く、厳重な封印が施されている。


もう一枚は薄く、誰でも読めるよう簡潔にまとめられていた。


「第百階層到達に関する報告書だよ」


卓を囲んでいたゼラスたちへ、シェルミアが二枚を示す。


「こちらが魔皇陛下へ提出する完全版。外側の門や深層の命令、ミテイについても記録してある」


続いて、薄い方を持ち上げた。


「こっちは公表用だね。冒険者組合や迷宮管理局にも写しが送られる予定だよ」


リズナが公表用の記録板を受け取る。


第百階層への到達。


未知の経路と守護機構。


探索によって得られた階層情報。


危険区域や、今後の立ち入り制限。


重要な内容はまとめられているが、外側の門については一切触れられていない。


当然、ミテイの名もなかった。


ミテイはリズナの隣から記録板を見つめる。


四人の名前が並んでいる。


リュミエラ。


ゼラス。


リズナ。


シェルミア。


『私は、書かれていない』


部屋が静かになった。


シェルミアは誤魔化さずに頷く。


「公表用には書けないんだ」


『迷宮で生まれたから?』


「それもあるね」


ミテイの存在を公表すれば、迷宮の未知の機能が自我を持ち、地上へ出たと知られる。


恐れる者もいれば、利用しようとする者も現れるだろう。


深層からの命令が残っていることまで広まれば、ミテイ本人の意思とは関係なく、危険な存在として扱われる可能性もある。


「隠すのは、ミテイを守る意味もあるわ」


リュミエラが言った。


「けれど、それだけではない。深層の存在に、こちらがどこまで把握しているか知られないためでもあるの」


ミテイは公表用の記録板へ視線を戻す。


『四人で、第百階層へ行ったことになる』


「公表される記録ではな」


ゼラスが壁際から答えた。


『私は、いなかったことになる?』


「ならない」


ゼラスの返事は早かった。


「公表しないことと、存在しなかったことは別だ」


『記録にない』


「記録が全部正しいと思うな」


シェルミアが少しだけ眉を上げる。


「記録を作っている本人の前で、随分なことを言うね」


「必要な情報を伏せた時点で、完全な事実じゃないだろ」


「否定はできないね」


シェルミアは封印された記録板へ手を置いた。


「こっちには、ミテイのことも全て残してあるよ。最初に敵として現れたことも、私を助けたことも、自分で名前を選んだこともね」


『五人目も?』


「もちろん」


リズナが公表用の記録板を卓へ戻す。


「あたしたちが何人で帰ってきたかは、記録板に決めてもらうことじゃないわ」


ミテイが彼女を見る。


「公表されなくても、あたしたちは五人で戻った。それは変わらないでしょう?」


『うん』


返事は短かった。


だが、先ほどまで記録板へ向けられていた硬い視線が、少し和らいでいた。


シェルミアは鞄を探り、一冊の小さな帳面を取り出した。


革の表紙には、まだ題名も印もない。


「これは公表用でも、魔皇陛下へ提出するものでもないよ」


ミテイの前へ置く。


「ミテイ自身の記録にするといい」


『私が書く?』


「書きたいことだけね」


シェルミアは筆記具も隣へ置いた。


「誰にも見せたくなければ、見せなくていい。間違えても、後から直せるよ」


ミテイは白紙の一頁目を開いた。


迷宮にいた頃、記録は与えられるものだった。


見たものを集め、欠けている部分を埋め、どこかへ運ぶ。


そこに、自分が何を残したいかという選択はなかった。


ミテイは筆記具を手にする。


まだ文字を書くことには慣れていない。


最初の線は少し曲がった。


それでも、誰も手を添えなかった。


時間をかけて、一行ずつ書いていく。


やがて、帳面を卓へ置いた。


そこには不揃いな文字が並んでいた。


> 私はミテイ。

> 四人と出会い、五人で帰った。


リズナが静かに微笑む。


「いい記録ね」


『これは、消さない』


「消す必要はないよ」


シェルミアも頷いた。


「ただし、続きを書く場所はたくさん残っている」


ミテイは白紙の頁をめくる。


まだ何も書かれていない。


けれど、その空白は以前のものとは違った。


何もないのではない。


これから自分で選んだものを残せる場所だった。




しばらくして、皇都に鐘の音が響いた。


第百階層への到達が、正式に発表されたのだ。


城の外から、遠く歓声が聞こえてくる。


公表された四人の名を称える声もあった。


ミテイの名は呼ばれない。


それでも、彼女は窓辺へ行かず、自分の帳面へ新しい一行を書き加えた。


> 今日、四人の名前が公表された。

> 私の名前はなかった。

> でも、四人は私を忘れていない。


ミテイは少し考え、最後にもう一文を加える。


> 私も、四人を忘れない。


帳面を閉じる。


その表紙を、両手で大切に抱えた。


記録に残らないことがあっても、存在まで消えるわけではない。


そして、自分の物語を記す者は、もう迷宮だけではなかった。

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