第七話 禁書庫
禁書庫は、魔皇城の地下深くにあった。
下へ向かう階段を幾つも降り、魔導昇降機を使ってさらに深く潜っていく。
城内を流れていた風は、地下へ進むにつれて弱まり、やがて完全に消えた。
空気そのものが、封じ込められているようだった。
リズナが周囲へ魔力を広げても、生み出した風は壁へ触れたところで止まり、その先へ進もうとしない。
「随分と厳重なんですね」
「中にあるものが、外へ影響を及ぼさないようにしているのよ」
リュミエラは足を止めずに答えた。
「外から何者かが侵入することより、中に封じたものが外へ出ていく方を警戒しているわ」
その言葉を聞き、リズナは先ほど教えられた注意事項を思い返した。
ここは単に、魔皇軍の機密を守るための場所ではない。
外へ出してはならないものを閉じ込めておくための場所なのだ。
やがて、三人は巨大な扉の前へ到着した。
黒い金属で造られた扉には、何重もの封印術式が刻まれている。
中央には手のひらほどの魔石が埋め込まれ、その周囲を複雑な魔力回路が取り囲んでいた。
扉の両側には、顔を覆う兜を身につけた兵士が立っている。
二人はリュミエラの姿を見ると、無言で敬礼した。
リュミエラは扉の前へ進み、中央の魔石へ手を触れる。
「魔皇軍第一席、リュミエラ。
禁書庫第三区画への入室を申請するわ」
扉の奥から、感情のない声が響いた。
――第一認証を確認。
扉に刻まれた術式が、一つずつ紫色へ染まっていく。
――同行者二名を確認。
――一名、未登録。
魔石から放たれた薄い光が、リズナの全身をなぞった。
リズナは動かず、光が消えるのを待つ。
――第一席権限による臨時入室許可を確認。
続いて、光がゼラスへ向けられた。
その瞬間、扉に刻まれた術式が僅かに揺れた。
――照合中。
ゼラスは面倒そうな顔で立っている。
――旧特別認証を確認。
――登録名、ゼラス=ヴェルゼイア。
――最終入室記録、二百三年前。
リズナは思わずゼラスを見た。
「特別認証って何?」
「昔のものだ」
「それは聞けば分かるわよ」
リュミエラが僅かに笑う。
「禁書庫の一部へ入ることを許可された、古い認証よ」
「まだ残ってたのか」
「消去するよう命じた覚えはないもの」
ゼラスは興味がなさそうに扉を見上げた。
リュミエラが再び魔石へ魔力を流す。
――第二認証を確認。
――封印を解除します。
幾つもの術式が回転し、重い金属音が地下へ響いた。
巨大な扉が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その先に広がっていたのは、果てが見えないほど巨大な書庫だった。
高い天井まで伸びる本棚。
鎖で厳重に封じられた箱。
透明な筒の中に浮かぶ古い魔導具。
床には棚ごとに異なる色の線が引かれ、立ち入り可能な区域が分けられている。
魔導灯の光は弱く、書庫の奥は深い暗闇に沈んでいた。
「ここが禁書庫……」
リズナの声が自然と小さくなる。
魔力の密度が異常だった。
様々な術式の気配が、分厚い封印の向こうから滲み出している。
一つ一つは抑え込まれているはずなのに、それらが積み重なった圧力は、黒風の森とは異なる不気味さを感じさせた。
視線を向けていない棚の奥から、何かに見られているような錯覚さえ覚える。
「リズナちゃん、こちらよ」
リュミエラは床に引かれた銀色の線に沿って歩き出した。
リズナは線から足を外さないよう注意しながら、その後へ続く。
ゼラスは周囲の棚を眺めながら歩いていた。
「配置が変わったな」
「何度も変えているわ。
昔の配置のまま残しておく理由もないもの」
リュミエラは少し間を置き、付け加えた。
「壊された棚もあったし」
「まだ言うのか」
「反省しているように見えないからよ」
何を壊したのか、リズナはますます気になった。
だが、今のところゼラスに反省している様子はない。
尋ねたとしても、素直な答えが返ってくる可能性は低そうだった。
通路をしばらく進むと、リュミエラは一つの棚の前で足を止めた。
棚の中央には、黒い箱が収められている。
リュミエラが箱の前へ手をかざすと、表面に刻まれた封印術式が一つずつ消えていった。
蓋がゆっくりと開く。
中に収められていたのは、薄い石板だった。
石板の表面には、会議室で見たものと似た術式が刻まれている。
幾重にも重なる円。
中央に描かれた、巨大な門のような形。
そして、その周囲を巡る見慣れない文字。
リズナは石板へ近づいた。
「やっぱり似ています」
「アスタリアの遺跡にあった術式と?」
「はい。
全く同じではありませんが、外側の円の組み方が似ています」
リュミエラは石板の脇に収められていた古い記録紙を広げた。
「これは、古代魔族文明が研究していた門の術式よ」
「大陸を移動するための転移門ですか?」
「最初は、そう考えられていたようね」
リュミエラの声が僅かに低くなる。
「遠く離れた土地へ道をつなぐ。
海や山だけでなく、空間そのものを越えるための門。
少なくとも、研究を始めた者たちは、そういうものを作ろうとしていたわ」
「違ったのか?」
ゼラスが記録紙をのぞき込む。
「ええ。」
リュミエラは石板の中央に描かれた門を指先で示した。
「彼らがつなごうとしていたのは、遠く離れた場所ではなかった」
リズナは石板を見つめた。
「では、どこへ?」
リュミエラはすぐには答えなかった。
薄暗い書庫の奥へ一度だけ視線を向け、それから静かに口を開く。
「この世界の外側よ」




