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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第四章 皇都の五人編
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第七十七話 持っているもの



午後になり、シェルミアがミテイの部屋へ戻ってきた。


記録板を抱えてはいるが、昨夜より顔色はいい。


「おかえり、シェルミア」


『おかえり』


「ただいま。朝はきちんと休んできたよ」


リズナが記録板へ目を向ける。


「アーヴェルさんに、仕事をしていいと言われたんですか?」


「午後から夕食までならね」


「夕食までには、本当に帰ってくださいね」


「分かってるよ」


シェルミアは軽く答え、検査結果へ視線を落とした。


「身体も魔力循環も安定。深層の命令には反応したけれど、自分から検査を止められた、と」


『止めてと言ったら、止まった』


「それは覚えておいた方がいいね」


シェルミアは記録板へ一行だけ書き加える。


「次に調べる時は、最初から中止の合図を決めておこう」


ミテイは頷いた。


その視線が、シェルミアの記録板からリズナの腰へ移る。


リズナは小さな鞄を下げている。


リュミエラも細身の鞄を持っていた。


だが、壁際に立つゼラスには何もない。


『ゼラスは、荷物を持っていない』


「持ってるぞ」


ゼラスが片手を上げる。


何もなかった手の中に、小瓶が現れた。


淡い青色の魔力回復薬だった。


ミテイは小瓶を見つめる。


『収納魔法』


「ああ」


次の瞬間、小瓶は消え、代わりに鞘へ収まった剣が現れた。


魔剣レイスウィザードではない。


武器屋で売られているような、ごく普通の剣だった。


「そういえば、ミテイには詳しく説明してなかったわね」


リズナが言う。


「ゼラス、旅の荷物はほとんど収納魔法へ入れてるのよ」


『たくさん?』


「とんでもなく、だね」


シェルミアが即答した。


「最初に野営道具を一式出した時は、別の収納具を隠しているのかと思ったよ」


「その後で食料と水と予備の装備まで出してきたのよね」


リズナも、当時を思い出したように眉を寄せる。


「しかも、まだ余裕みたいな顔をしてたし」


「実際、余裕があったからな」


ゼラスは剣を収納した。


「収納できる量は、術者の魔力総量で決まる」


ミテイはゼラスを見る。


説明された意味を理解したらしい。


『ゼラスは、多い』


「そういうことだ」


「そういうことだ、で済ませる量じゃないのよ」


リズナが呆れたように言う。


「最初は本当に、何が出てくるのか分からなくて怖かったんだから」


「私は少し楽しかったけどね」


「シェルミアさん、途中から記録板を構えてたでしょう」


「未知の現象を前にすれば当然だよ」


ゼラスは面倒そうに息を吐いた。


「ただ容量が大きいだけだ」


「ゼラスの『だけ』は信用できないのよね……」


リズナの言葉に、シェルミアも頷いた。




ミテイが机の上に置かれていた果実を見る。


『食べ物も入っている?』


「ああ」


ゼラスの手に、同じ種類の果実が現れた。


つい先ほど切り離されたように、表面には張りがある。


ミテイは受け取ると、指先で軽く触れた。


『古くない』


「入れた時のままだ」


リズナが首を傾げる。


「そういえば、帰還中に出した食料も、妙に新しかったわね」


「保存食だけじゃなく、普通のパンまで硬くなってなかった」


シェルミアも果実へ視線を向けた。


「収納空間の内部でも、時間は進むはずだけど」


「俺の収納では進まない」


ゼラスが淡々と答える。


リズナとシェルミアの動きが同時に止まった。


「……今、何て言ったの?」


「時間が進まない」


「聞き間違いではなかったね」


シェルミアは記録板を抱え直した。


先ほどまでの落ち着いた表情が消え、研究者の目になっている。


「収納空間の時間経過を停止させたのかい?」


「ああ」


「どうやって?」


「術式を改良した」


「そこを聞いているんだよ」


「説明しても長くなるぞ」


「長くなって構わない」


シェルミアが一歩詰め寄る。


ゼラスは半歩だけ距離を取った。


「今日はミテイへ説明してるんだ。お前の研究会じゃない」


「では後で詳しく」


「断る」


「まだ頼み終わっていないよ」


リズナは果実とゼラスを交互に見る。


「つまり、食べ物も薬も腐らないの?」


「入れた時の状態を保つ」


「それ、なんで今まで言わなかったのよ」


「聞かれなかったからな」


シェルミアが記録板を持ったまま顔を上げる。


「その返しをゼラスに使われると、妙に腹が立つね」


「シェルミアさんが言えたことではありませんよ」


ミテイは手の中の果実を見る。


昨夜と同じ甘さも、そのまま残っているのだろう。


『生き物も、止まる?』


「無理だ」


ゼラスは即答した。


「収納魔法に、生き物は入れられない」


『私も入らない』


「ああ」


『なら、一緒に歩く』


「歩けるならな」


ゼラスの返答に、リズナが小さく笑った。


「何でも入るわけじゃなくて、少し安心したわ」


「入ったら入ったで、試そうとしてただろ」


「試さないわよ」


「シェルミアなら試すかもしれないね」


シェルミアが言う。


リズナがすぐに彼女を見る。


「試さないでくださいね」


「できないと分かっていることは試さないよ」


「できる可能性があったら試すんですね……」




ミテイは、ゼラスが何も持っていないように見える手へ視線を戻した。


『本人以外も、開ける?』


「普通は無理だ」


ゼラスが答える。


「ただ、魔力の接続へ外から干渉すれば、強制的に開ける方法はある」


「収納魔法を盗む術式だね」


そこはシェルミアも知っていたらしく、すぐに頷いた。


「魔力ハッキングの一種だよ。ただし術者ごとに接続の形が違う。実際に成功させるのは難しい」


リズナがゼラスを見る。


「対策は?」


「してある」


「まあ、そうでしょうね」


これまでの流れから、そこまでは予想できたらしい。


「無理に開こうとすれば、接続を切断する」


ゼラスは続ける。


「それでも干渉を続けるなら、逆に相手の魔力経路を辿る」


シェルミアの表情が止まった。


「待ってくれ」


「何だ」


「収納へ侵入してきた魔力を、術者側まで逆探知するということかい?」


「ああ」


「どこまで分かる?」


「居場所と魔力の特徴。距離によっては、そのまま術式を返せる」


リズナが一歩引いた。


「……それ、対策というより罠じゃない?」


「先に手を出す方が悪い」


「盗もうとしたら、ゼラス本人に見つかるどころか反撃まで飛んでくるのね」


「そうなるな」


シェルミアが記録板へ手を伸ばす。


「術式の構造を――」


「書くな」


「まだ何も言ってないよ」


「顔に出てる」


「少しくらい見せてくれてもいいだろう?」


「駄目だ」


返答があまりに早く、シェルミアは不満そうに口を閉じた。


リズナが小声で呟く。


「知らない方が安全な魔法ってあるのね……」




「出し入れできる場所は、手元だけ?」


リズナが尋ねた。


旅の間にも離れた場所へ武器を出していたが、正確な範囲までは知らなかった。


「俺から十メートル以内だ」


「十メートル?」


ゼラスは答える代わりに、手を軽く振った。


ミテイが持っていた果実が消える。


次の瞬間、部屋の反対側にある机の上へ現れた。


ミテイの視線が遅れて動く。


さらに果実が消え、今度はリズナの肩の高さへ現れた。


リズナが慌てて受け取る。


「急に出さないでよ」


「落としてないだろ」


「そういう問題じゃないわ」


果実は再び消え、ミテイの手へ戻った。


『速い』


「速度は練習次第だ」


シェルミアが、珍しく記録板へ書くのを忘れていた。


「今の出し入れ、術式の起動がほとんど見えなかったね」


「戦闘中に使うからな」


「それは知ってるけど……」


リズナが眉を寄せる。


「魔剣を出すのが速いとは思ってた。でも、物を十メートル以内の好きな場所へ出せるなんて聞いてないわよ」


「言う必要がなかった」


「敵に知られたくないのは分かるけど、味方にも教えてなかったでしょう」


「必要な時は、見れば分かる」


「見えない速さで出してるから分からないのよ」


シェルミアがようやく記録板へ書き始めた。


「これは戦い方がかなり変わるね。武器を手元へ出すだけではなく、空中や側面にも――」


「勝手に戦術を組むな」


「研究者にそれを求めるのは無理だよ」


ゼラスは諦めたように息を吐いた。




ミテイが尋ねる。


『剣も、たくさんある?』


「ある」


「魔剣レイスウィザード以外は、ほとんど普通の店売りよ」


リズナはそこだけは知っているらしい。


「迷宮でも、何本か壊しては次を出してたもの」


『何本?』


ゼラスが黙る。


リズナとシェルミアが彼を見る。


「数えてない」


「少なくとも数十本はあるよね?」


シェルミアが尋ねる。


「もっとだ」


「百本?」


「数えてないと言っただろ」


リズナが遠い目をした。


「武器屋を丸ごと持ち歩いてるようなものじゃない……」


「用途ごとに必要だっただけだ」


「店売りの剣を用途ごとに大量に買う人は、あまりいないのよ」


ゼラスの手に、形の異なる剣が次々と現れる。


細身の剣。


幅の広い剣。


短めの片手剣。


どれも一瞬だけ姿を見せ、すぐに収納へ戻っていく。


最後に、黒い魔剣レイスウィザードが現れた。


部屋の空気が僅かに震える。


ミテイが魔剣を見つめる。


『これは、他と違う』


「ああ」


ゼラスはすぐにレイスウィザードを収納した。


「普段は必要な時だけ出す」


「それが普通の感覚よ」


リズナが言う。


「店売りの剣まで何十本も持ち歩くのが普通じゃないの」


「何本あっても邪魔にならないからな」


「収納が広すぎるせいで、持ち物を減らす発想がないのね……」


ミテイは自分の服のポケットへ手を入れた。


中は空だった。


ゼラスの収納へ預ければ、何でも傷まず、邪魔にもならない。


だが、ミテイは手の中の果実を自分のポケットへ入れた。


少しだけ布が膨らむ。


『これは、私が持つ』


ゼラスがポケットを見る。


「潰すなよ」


「最初に言うことがそれなの?」


リズナが呆れる。


ミテイはポケットの上から果実へ触れた。


『重くない』


収納へ入れれば、重ささえ感じずに済む。


それでも今は、自分で持っていたかった。


何を預け、何を自分で運ぶのか。


それも、自分で決められる。


シェルミアがそんなミテイを見て、少しだけ笑った。


「最初の持ち物だね」


『うん』


リズナも柔らかく頷く。


「なくさないようにね」


『分かった』


ポケットの中に、自分で選んだものが一つ増えた。


その隣では、ゼラスが何事もなかったように壁へ寄りかかっている。


リズナとシェルミアは、改めて彼を見る。


「まだ隠してる機能があるんじゃないでしょうね」


「あるかもしれないね」


「収納魔法の説明は終わった」


ゼラスは素っ気なく言った。


二人は同時に疑わしそうな目を向ける。


その反応を見て、ミテイは小さく笑った。

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