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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第三章 グラン・ラビリス編
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第七十話 初めての皇都



西の中継所へ降りてきた小型魔導艇は、低い駆動音を響かせながら地面へ着いた。


船体の下を巡っていた青白い光が弱まり、側面の扉が開く。


中から降りてきた乗員たちは、リュミエラの姿を認めると即座に姿勢を正した。


「お迎えに上がりました、リュミエラ様」


「ご苦労さま。急な要請になってしまったわね」


「いえ。皆様がご無事で何よりです」


乗員の視線が、リュミエラの後ろへ並ぶ者たちへ移る。


ゼラス。


リズナ。


シェルミア。


最後に、淡い青灰色の髪を持つミテイで止まった。


訝しむ気配はあったが、管理所から事前に指示を受けているのか、誰も問いただそうとはしなかった。


『見ている』


ミテイが小さく言う。


「見慣れない相手がいれば、気になるものよ」


リュミエラが答えた。


『警戒している?』


「少しはね」


『敵ではないと説明する?』


「今は必要ないわ。皇都へ戻ってから、私がきちんと説明するもの」


ミテイは乗員たちを見回した。


相手の魔力を探ろうとはしない。


姿も、声も記録しない。


ただ、自分へ向けられる視線を受け止めていた。


『分かった』


一行が魔導艇へ近づくと、ミテイは船体の前で足を止めた。


浮遊術式から流れる魔力を、灰色の瞳で追っている。


船底から側面へ。


側面から船尾へ。


幾つもの術式がつながり、船体全体へ魔力を循環させていた。


『迷宮と似ている』


「どこが?」


リズナが尋ねる。


『魔力が壁の中を流れている』


「でも、これは迷宮が作ったものじゃないわ。魔族が空を飛ぶために組んだ術式よ」


『触れば、もっと分かる?』


ミテイが船体へ手を伸ばす。


「動力部には触るな」


ゼラスの声で、その手が止まった。


『壊れる?』


「壊す可能性がある」


『落ちる?』


「飛んでから壊せばな」


ミテイはすぐに手を引いた。


『触らない』


「随分素直だな」


シェルミアが言う。


『落ちたくない』


「そこは私も同じだね」


「さっきは普通じゃなかったら落ちるなんて言ってたじゃないですか」


リズナが睨む。


「可能性と希望は別だよ」


「初めて乗る人の前で説明しないでください」


乗員が困ったように立ったまま、五人の会話を見守っていた。


リュミエラが小さく笑い、乗船を促す。


「大丈夫よ。きちんと整備された魔導艇だから、何もしなければ落ちないわ」


『何もしなければ』


「余計なところを強調しないの」


五人が乗り込むと、扉が閉じられた。




魔導艇が地面を離れた瞬間、ミテイは座席の縁を掴んだ。


窓の向こうで、中継所の建物がゆっくりと小さくなっていく。


『地面が離れている』


「魔導艇が上がってるのよ」


リズナが隣から答えた。


『戻らない?』


「皇都に着いたら下りるわ」


『それまでは?』


「空を進む」


ミテイは窓へ顔を近づけた。


街道。


草原。


遠くに見える森。


昨日まで地上から見ていたものが、全て眼下へ広がっている。


川が細い線のように大地を横切り、道の上を進む馬車が小さな点に見えた。


『広い』


「上から見ると、もっと広く感じるでしょう?」


『迷宮には、上から見る場所がなかった』


「吹き抜けくらいはあったけどね」


シェルミアが言う。


『あれは、壁の中だった』


「確かに空とは違うね」


ミテイは窓に片手を触れたまま、外を見続ける。


『全部、記録できない』


「しなくていいのよ」


リズナが答えた。


『忘れるかもしれない』


「忘れたら、また見ればいいわ」


『同じ景色ではない』


「同じじゃなくてもいいの。次に見た景色は、次に見た時のものだから」


ミテイがリズナへ顔を向ける。


『記録を残さなくてもいい?』


「残したいと思ったことだけ覚えておけばいいんじゃない?」


『覚えられなかったら?』


「シェルミアさんに書いてもらえばいいわ」


「私の記録板を日記にするつもり?」


「もうミテイの座り方まで記録してたじゃないですか」


「あれは観察記録だよ」


『空を見たことも、記録する?』


シェルミアは記録板を取り出した。


「ミテイが残してほしいならね」


ミテイは再び窓の外を見る。


雲の影が草原を流れていた。


『残してほしい』


「分かった」


シェルミアが筆を走らせる。


ミテイは初めて、空から地上を見た。


そこまで書くと、記録板をミテイへ向けた。


『短い』


「長くしたい?」


『分からない』


「なら、今はこれで十分だよ」


ミテイは書かれた一文をじっと見つめた。


『うん』




魔導艇が安定した高度へ達すると、リュミエラはミテイの向かいへ座った。


「皇都へ着いた後のことを話しておきましょうか」


『私は、何をする?』


「まず、魔皇陛下へ今回のことを報告するわ」


『私も行く?』


「ええ。あなたについての話でもあるもの」


『リュミエラが説明する?』


「私からも説明するわ。でも、あなた自身にも話してもらいたいの」


ミテイの指が僅かに動いた。


『何を話す?』


「迷宮で何をしていたか。なぜ私たちを襲ったのか。そして、今はどうしたいのか」


『襲ったことも?』


「隠すつもり?」


ミテイは首を横へ振った。


『隠し方が分からない』


「覚えなくていい」


ゼラスが言う。


『でも、魔皇陛下が私を敵だと思うかもしれない』


「その可能性はある」


『仲間ではなくなる?』


「それを決めるのは陛下じゃない」


ミテイがゼラスを見る。


「俺たちがお前を仲間として扱うことと、陛下がお前を危険な存在として警戒することは別だ」


『別』


「魔皇陛下には、皇都にいる者を守る責任があるわ」


リュミエラが続ける。


「迷宮から正体不明の存在を連れ帰ったと聞けば、慎重になるのは当然よ」


『閉じ込められる?』


リズナの表情が僅かに曇る。


リュミエラは誤魔化さずに答えた。


「調査が終わるまで、自由に皇都を歩かせてもらえない可能性はあるわね」


『敵ではなくても?』


「敵でないことを、まだ私たちしか知らないもの」


『また証明する』


「ええ。でも、一人でしなくてもいいわ」


リュミエラが微笑む。


「私たちも、あなたが自分で空白へ戻ることを拒んだと証言するわ」


「あたしも話すわ」


リズナが言った。


「ミテイがシェルミアさんを助けたことも、深層の命令に抵抗したことも」


「私の記録もあるよ」


シェルミアが記録板を軽く持ち上げる。


ミテイは三人を見た後、ゼラスへ視線を向けた。


『ゼラスも?』


「ああ」


『何を話す?』


「起きたことをそのまま話す」


『私が敵だったことも?』


「ああ」


『今は五人目だということも?』


ゼラスは少しも迷わなかった。


「ああ」


ミテイは胸へ手を当てた。


『なら、怖いけど行く』


「それでいいわ」


リュミエラが頷いた。


『魔皇陛下には、何と呼ばれる?』


「それは陛下が決めることね」


『私が名乗ってもいい?』


「もちろんよ」


『私は、ミテイ』


「まずは、それで十分だ」


ゼラスが答えた。




昼を過ぎる頃、地平の先に皇都が見え始めた。


広大な城壁。


その内側へ密集する建物。


幾つもの大通りを行き交う人や馬車。


そして皇都の奥には、他の建物を見下ろすように魔皇城がそびえていた。


ミテイが窓へ両手をつく。


『多い』


「何が?」


リズナが尋ねる。


『人も、建物も、魔力も』


皇都へ近づくにつれ、ミテイの目が忙しなく動き始める。


無数の魔力が重なっていた。


一つ一つは弱くても、数が多い。


迷宮のように壁を通じて整理されているわけでもない。


それぞれが自分の意思で動き、交差し、離れていく。


『全部が違う』


「少し感覚を閉じなさい」


リズナが言った。


『閉じる?』


「魔力を外へ広げすぎてるのよ。全部を見ようとしなくていいわ」


リズナは自分の風を細く絞り、ミテイへ感覚を示す。


広く探るのではなく、自分の周囲だけを捉える。


ミテイも灰色の魔力を体内へ戻していった。


窓の外から押し寄せていた無数の気配が薄れる。


『静かになった』


「実際に静かになったわけじゃないわよ。拾うものを減らしただけ」


『リズナは、いつもしている?』


「必要に応じてね。全部を感じてたら、街の中なんて歩けないもの」


『記録する時も、選んでいた?』


「記録はしてないけど、感じ取るものは選んでるわ」


『私も選べる』


「そうよ」


ミテイはもう一度、窓の外を見る。


今度は全てを拾おうとせず、目に入ったものだけを追った。


屋根の上を歩く者。


通りの角で話している二人。


広場を走る子供たち。


そのどれにも手を伸ばさない。


ただ見て、自分の中へ残ったものだけを受け入れていた。


『皇都は、迷宮より難しい』


「まだ着いてもいないんだけどね」


シェルミアが笑う。


『もっと難しくなる?』


「なるだろうな」


ゼラスが答えた。


『嫌ではない』


「それなら問題ない」


魔導艇は皇都の上空へ入り、魔皇城を目指して高度を下げ始めた。




魔導艇が魔皇城の発着場へ着くと、既に複数の兵士と城の者たちが待っていた。


扉が開き、リュミエラが最初に降りる。


「お帰りなさいませ、リュミエラ様」


「ただいま。魔皇陛下には?」


「皆様の到着をお伝えしております。準備が整い次第、報告を受けるとのことです」


「分かったわ」


ゼラスとリズナが続き、シェルミアも記録板を抱えて降りる。


最後に、ミテイが扉の前で足を止めた。


外から幾つもの視線が向けられている。


管理所の時よりも数が多い。


その全てに、警戒と疑問が混じっていた。


『降りてもいい?』


リズナが振り返る。


「もちろんよ」


『皇都の人は、私を知らない』


「ミテイも、皇都の人を知らないでしょう?」


『うん』


「なら、お互い同じよ」


ミテイは少し考える。


それから、一歩を踏み出した。


地面へ足がつく。


何も起こらない。


兵士が剣を抜くこともなかった。


ただ、淡い青灰色の髪を持つ見知らぬ女性を、慎重に見つめている。


リュミエラが周囲へ告げた。


「この子はミテイ。私たちの同行者よ。魔皇陛下への報告が終わるまで、私の客人として扱ってちょうだい」


「承知いたしました」


兵士たちは姿勢を正し、道を開けた。


ミテイがリュミエラを見る。


『客人?』


「少なくとも、ここで敵として扱わせるつもりはないわ」


『仲間とは違う?』


「城の者へ説明するための呼び方よ」


『言葉は難しい』


「慣れれば、少しは分かるようになるわ」


ゼラスが先へ歩き出す。


「行くぞ。陛下を待たせるな」


『うん』


五人は魔皇城の中へ入った。


高い天井。


磨かれた床。


窓から差し込む陽光。


石造りの長い廊下は迷宮にも似ていたが、歩く者たちの声と気配に満ちている。


ミテイは窓の前で一度だけ足を緩めた。


外には、皇都の街並みと青い空が広がっている。


『迷宮とは違う』


「今さら分かったの?」


リズナが尋ねる。


『ここには、戻れという声がない』


ミテイは胸へ手を当てた。


深層からの流れは、まだ奥に残っている。


それでも魔皇城の壁は、彼女をどこかへ引こうとはしなかった。


『ここにいる人は、自分で歩いている』


「ああ」


ゼラスが短く答える。


『私も、自分で歩いている』


「そうね」


リズナが笑った。


五人が廊下の奥へ進むと、大きな扉の前で一人の侍従が待っていた。


「リュミエラ様。魔皇陛下がお待ちです」


扉の向こうから、静かで重い魔力が伝わってくる。


ミテイの足が止まった。


ゼラスが振り返る。


「怖いか?」


『怖い』


「逃げるか?」


ミテイは首を横へ振った。


『私は、ミテイだと話す』


「ああ」


ゼラスが前を向く。


「それでいい」


扉がゆっくりと開かれる。


迷宮で生まれた五人目は、借り物ではない自分の言葉を携え、魔皇の待つ部屋へ足を踏み入れた。

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