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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第三章 グラン・ラビリス編
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第六十二話 百階層の中継門


白い門の向こうから吹き込むものが、リズナの赤い髪を揺らした。


冷たくも、暖かくもない。


空気に含まれるはずの匂いも、湿り気も感じられなかった。


リズナは風晶石へ手を添え、門の内側へ意識を伸ばす。


「これは風じゃない」


「違うのか?」


ゼラスが白い光を見据えたまま尋ねる。


「風の形をした魔力よ。向こうから空気が流れ込んでるんじゃなくて、私の風に触れて、同じ動きをしてる」


リュミエラが門へ解析術式を伸ばした。


紫色の線が石の輪へ届く寸前、白い光に呑み込まれる。


術式は壊されなかった。


だが、門の向こうへ吸い込まれたまま戻ってこない。


「距離を測れないわ」


「奥に空間はある?」


シェルミアが尋ねる。


「少なくとも、通常の通路ではないわね」


白い人影が片腕を上げた。


『最終接続を開始する』


百階層の床へ、赤と緑の線が広がった。


赤い線はゼラスへ。


緑の線はリズナへ向かって伸びる。


「来るぞ」


ゼラスが剣を振り下ろした。


刃にまとわせた炎が赤い線へ食い込み、石床ごと焼き切る。


リズナもシルフィードを横へ薙いだ。


薄い風刃が緑の線を切断する。


二つの光が途切れた。


だが、白い門から新たな線が伸び、切断された箇所を迂回してくる。


「しつこい!」


リズナが二度、三度と風刃を放つ。


緑の線は切られるたびに数を増やし、床や壁を伝って彼女を囲もうとする。


ゼラスの周囲でも、赤い光が複数に分かれていた。


彼は剣先から小さな火球を撃ち、それぞれの接続点だけを正確に焼いていく。


『炎の鍵による開路を確認』


「何も開けてない」


ゼラスが答える。


『過去接続時の魔力形状を保持』


『風の器による循環形状を保持』


リズナの表情が変わった。


「私たちが今拒んでも、前の接続で覚えた魔力を使えるってこと?」


「そのようね」


リュミエラが床へ広がる術式を調べる。


「第七十八階層と第九十階層で、二人の魔力の性質を記録していたのでしょう」


「じゃあ、ここまで来た時点でもう遅かったの?」


「いいえ」


リュミエラは白い門の周囲へ視線を巡らせた。


「記録だけでは足りないから、二人をここまで連れてきたのよ」


白い人影が、ゼラスとリズナを交互に見る。


『炎は境界を穿つ』


赤い線が門の中央へ集まる。


白い光の奥に、黒い亀裂が生まれた。


『風は穿たれた境界を固定する』


緑の線が亀裂の周囲を巡る。


黒い隙間が閉じることなく、少しずつ縦へ広がっていく。


リズナが息を呑んだ。


「私の風を真似して、あれを保ってる」


「外側への道を開いたままにするつもりか」


ゼラスが門へ剣先を向ける。


『最終接続の完了後、経路は恒常化される』


「恒常化?」


シェルミアが白い人影を見る。


「一度開けば、二人がいなくても閉じなくなるということ?」


『肯定』


「外側の門と、この百階層をつなぎ続けるつもりなのね」


リュミエラの声から柔らかさが消える。


『鍵と器の機能は、接続完了まで必要』


『完了後、自律性は不要』


リズナがシルフィードを強く握る。


「結局、使い終わったら私たちはどうなってもいいってことね」


『個体の存続は接続機能に含まれない』


「そう」


リズナの周囲で風が渦巻いた。


「なら、遠慮はいらないわね」


床を蹴り、白い門へ向かって駆ける。


緑の線が彼女を捕らえようと集まった。


リズナは走りながらシルフィードを振るう。


一本を切断する。


次に放った風刃が途中で二つへ分かれ、左右から迫る光を断つ。


正面から伸びた線は、剣へまとわせた風で根元から斬り払った。


白い人影がリズナへ腕を向ける。


床から幾本もの白い柱が突き出した。


リズナは足元へ風を集め、柱の隙間を縫うように跳ぶ。


一本を踏み台にして高く舞い、門の中央へシルフィードを振り下ろした。


風刃が黒い亀裂へ食い込む。


だが、刃は亀裂を通り抜け、そのまま向こう側へ消えた。


「切れない……!」


「境界そのものには刃が届かない」


リュミエラが白い門の左右へ視線を走らせる。


「門を支えている術式を止める必要があるわ」


シェルミアは既に床の紋様を追っていた。


赤と緑の線は、白い門から直接伸びているように見える。


だが、その下には別の流れがあった。


百階層の壁を巡り、三方向から門へ魔力を送り込んでいる。


「支えている場所が三つある!」


シェルミアが叫ぶ。


「左の壁、右奥の床、それから――」


三つ目の流れは、白い人影の足元へつながっていた。


「人影の下だ!」


「左は私が止めるわ。シェルミア、右をお願い」


「任せて」


シェルミアが右奥へ走る。


白い人影が二人へ顔を向けた。


『接続阻害個体を確認』


白い門から無数の腕が伸びる。


リュミエラとシェルミアを捕らえようと、石室を横切った。


「行かせるか」


ゼラスが剣を振るう。


炎が横一線に走り、白い腕をまとめて焼き払った。


焼かれた腕は灰にならず、光の粒へ変わって門へ戻っていく。


新たな腕が生まれる前に、ゼラスは門の正面へ踏み込んだ。


赤い線が一斉に彼へ集まる。


「俺が邪魔なんだろ」


剣へ炎を集中させる。


「なら、こっちを見ていろ」


赤い光を引きつけたまま、白い人影へ斬りかかった。


人影が腕を上げる。


白い壁が二人の間へ現れた。


ゼラスの剣が表面へ食い込む。


刃から流れた炎が白い魔力とぶつかり、激しい光を放った。


「リズナ!」


ゼラスが呼ぶ。


「ああいう使い方をしてる風なら、お前にも触れられるはずだ!」


リズナは門の亀裂を固定している緑の流れを見る。


空気ではない。


自分の風を記録し、再現した魔力。


完全に同じものではない。


だが、流れ方には自分の癖が残っていた。


風を無理に押さえ込まず、力を逃がしながら形を保つ。


自分が第一接続で選んだ循環だった。


「私の真似をするなら――」


シルフィードを正面へ構える。


門の周囲を巡る緑の流れへ、自分の風を重ねた。


二つの風が触れ合う。


同じ方向へ流れるように見せながら、僅かに軌道をずらす。


白い門が作った風は、その変化へ追従した。


「その癖も、私には分かる!」


リズナが剣を振り抜く。


重ねていた風を、反対方向へ一気に引いた。


緑の循環が捻じれる。


一つの輪として保たれていた流れが交差し、自らを切り裂いた。


門の中央にあった黒い亀裂が大きく揺らぐ。


『風の循環に異常』


「異常じゃないわ」


リズナがさらに風を送り込む。


「返してもらってるだけよ!」


門の周囲で緑の光が弾けた。




左側の壁では、リュミエラの術式が白い接続点を包み込んでいた。


幾重にも重ねた紫色の線が、壁から門へ流れる魔力を少しずつ分解していく。


「随分と古い術式ね」


彼女は接続点の奥にある構造を読み取る。


「けれど、使い方が乱暴だわ」


指先を返す。


紫色の線が白い術式の隙間へ入り込み、内部から形を組み替えた。


門へ向かっていた魔力が逆流する。


壁の接続点が内側から砕けた。


「一つ目よ!」


右奥では、シェルミアが床へ短剣を突き立てていた。


白い接続点は石の下深くに隠されている。


表面を壊しただけでは届かない。


周囲へ走る細い線を一本ずつ確かめ、中心となる流れを探す。


「これだね」


短剣を一度抜き、僅かに位置を変える。


再び刃を突き立て、柄を捻った。


石床の奥で硬いものが割れる。


門へ流れていた白い光が一つ消えた。


「二つ目も切ったよ!」


残る接続点は、白い人影の足元。


ゼラスは白い壁を剣で押し返していた。


正面から伸びた腕が肩を狙う。


身を僅かに傾けて避け、返す剣で肘から斬り落とす。


別の腕が足元を払う。


跳ばずに一歩踏み込み、腕の内側へ入った。


柄頭を人影の胸へ叩き込む。


白い体が初めて後ろへ揺れた。


その足元から、強い光が門へ流れ込んでいる。


「そこだ!」


シェルミアが叫ぶ。


白い人影が両腕を広げた。


『炎の鍵による接続破壊を阻止』


ゼラスの周囲を、白い壁が球状に包み込む。


外側から炎が見えなくなった。


「ゼラス!」


リズナが風を伸ばす。


白い球の内部に空気はある。


ゼラスの位置も分かる。


だが、壁が魔力を遮断し、外から攻撃を届かせない。


『炎の鍵を固定』


『最終接続を再開』


門の黒い亀裂が再び広がり始める。


リズナは白い球と門を見比べた。


ゼラスを閉じ込めた壁。


人影の足元へ集まる魔力。


二つは同じ流れから作られている。


「だったら――」


リズナがシルフィードを逆手に持つ。


白い球を直接狙わず、床へ刃を突き立てた。


風刃を石の隙間へ流し込む。


刃は床下を走り、人影の足元へ向かう白い術式を追った。


正面からでは届かない。


ならば、壁の裏側を通せばいい。


リズナの風刃が床の中で鋭く曲がる。


白い人影の真下から突き上がった。


接続点に亀裂が入る。


人影の輪郭が揺れた。


同時に、ゼラスを包んでいた白い球の一部が薄くなる。


内側から炎が噴き出した。


「遅い」


ゼラスの剣が白い壁を突き破る。


球を内側から焼き払い、そのまま人影へ踏み込んだ。


「リズナ!」


「分かってる!」


リズナが床下の風刃をさらに深く食い込ませる。


人影の足元にあった接続点が露出した。


ゼラスが剣を振り下ろす。


刃が白い術式の中央へ突き刺さった。


炎が一点へ集中する。


白い光が赤く染まり、内側から膨れ上がった。


「ファイアボール!」


圧縮された火球が接続点の中で炸裂した。


三つ目の流れが焼き切れる。


白い人影の輪郭が崩れた。


門を支えていた赤と緑の光が一斉に消える。


黒い亀裂が急速に縮まり始めた。


向こう側から流れ込んでいた魔力が途切れる。


最後に細い縦線だけを残し、門の内側が白い石へ戻った。




百階層に静寂が訪れた。


リズナはシルフィードを床から抜き、門へ風を送る。


石の輪の向こうには、もう何の流れもない。


「閉じた」


「接続は止まっているわ」


リュミエラが門の術式を確認する。


「少なくとも、今すぐ外側とつながることはないでしょうね」


シェルミアは崩れた白い人影へ近づいた。


人の形は失われ、床に薄い光だけが残っている。


「これが声の正体だったのかな」


「違う」


ゼラスが答える。


「まだいる」


床に残った光が、僅かに明滅した。


『最終接続、失敗』


声は人影からではなかった。


白い門。


壁。


床。


百階層全体から響いている。


『炎の鍵による開路拒絶』


『風の器による固定拒絶』


『百階層中継門の再構成を開始』


「中継門?」


シェルミアが顔を上げる。


「ここが外側の門を動かしていた本体じゃないの?」


『当階層は接続中継点』


リュミエラの表情が僅かに険しくなる。


「では、命令を出していたものは別にあるのね」


一瞬の沈黙。


白い門の中央へ、小さな目が浮かび上がった。


『命令は深層より受領』


目は四人を見つめた後、ゆっくりと閉じる。


光が消えた。


百階層は、再びただの行き止まりへ戻った。




外側の門へ干渉していたものは、百階層にはいなかった。


ここで待っていたのは、さらに深い場所から命令を受け取る中継点にすぎなかった。

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