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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第三章 グラン・ラビリス編
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第六十一話 選ばない道



『炎の鍵と風の器を、百階層へ収容する』


白い道の奥から、巨大な門が開く音が響く。


リズナは中央の通路へ風を送り込んだ。


風は真っ直ぐ下へ進んでいく。


曲がり角も分岐もない。


だが、百階層へ届く直前で流れが途切れ、別の何かへ吸い込まれていた。


「ただの近道じゃない」


「途中で接続装置を通るようね」


リュミエラが白い石へ解析術式を伸ばす。


紫色の線が通路の表面へ触れた瞬間、炎と風の紋様が同時に明滅した。


『最終接続への干渉を確認』


術式が白い光に弾かれる。


リュミエラは手元へ戻った魔力を見つめた。


「この道を通れば、百階層へ着く前に二人の魔力を取り込まれるわ」


「最終接続を完成させるための道ということ?」


シェルミアが尋ねる。


「ええ。二人を運ぶことより、道の中で接続を完成させる方が目的でしょうね」


リズナが顔をしかめる。


「それで収容なのね」


「入れば出口まで運ばれて、途中で降りることもできないと思うよ」


シェルミアは左右に残る古い通路を見比べた。


「なら、中央は使わない方がいいね」


「ああ」


ゼラスは迷うことなく答えた。


「相手が用意した道を通る必要はない」


『炎の鍵による経路拒絶を確認』


「いちいち確認するな」


ゼラスが白い道へ背を向ける。


リズナも中央の通路から離れた。


「左右は、どちらを選ぶ?」


「左へ行きましょう」


リュミエラが、古い紫色の痕跡が残る道を示す。


「私が通った術式の一部がまだ残っているわ。少なくとも、入口付近は大きく造り変えられていない」


「右も第九十八階層には続いている」


ゼラスが剣傷の残る通路を見る。


「だが、今は確認できる痕跡がある方がいい」


シェルミアが頷き、記録板へ中央の道を書き加えた。


「決まりだね」


四人が左の通路へ向かう。


その瞬間、中央の白い道から光が溢れた。


『指定経路からの逸脱を確認』


白い石が床を這い、左右の古い通路へ広がり始める。


入口を塞ぐつもりらしい。


「勝手に閉じないで!」


リズナがシルフィードを振り抜く。


薄い風刃が床を走り、伸びてきた白い石を斜めに切断した。


切断面から光が噴き出す。


白い石は再びつながろうとしたが、その前にリュミエラの術式が亀裂へ入り込んだ。


「今のうちに入りなさい」


ゼラスとシェルミアが先に通路へ入る。


リズナも続き、最後にリュミエラが術式を解いた。


白い石が入口を覆い尽くす。


背後の道は完全に閉じた。


「戻れなくなったね」


シェルミアが振り返る。


「先へ進めばいい」


ゼラスが答える。


「迷わないわね」


リズナが言う。


「戻る理由がないからな」


四人は千年前の痕跡が残る通路を進み始めた。




左の道は、緩やかに下る螺旋状の回廊だった。


壁には古い紫色の線が点々と残っている。


「これ、全部リュミエラさんの術式ですか?」


リズナが尋ねる。


「ええ。罠を見つけた場所へ印を残したの」


「千年も消えないんですね」


「本来なら、とっくに薄れているはずよ」


リュミエラが壁へ指先を近づける。


「迷宮が記録として残しているのでしょうね」


「第七十三階層の壁と似た仕組み?」


シェルミアが紫色の線を観察する。


「同じものかは分からないけれど、迷宮が過去の痕跡を保存する場所は一つではないのかもしれないね」


通路の先で、床に残る紫色の線が三つに分かれた。


左右の二本は壁際の窪みへ。


中央の一本は、そのまま前へ続いている。


リュミエラが足を止めた。


「ここには、両側の壁が閉じる罠があったわ」


「今も動く?」


ゼラスが尋ねる。


リズナが細い風を通路へ流す。


壁の内側に空洞がある。


重い石を動かすための魔力も、僅かに感じられた。


「生きてる。けど……リュミエラさんの印と位置が少しずれてます」


シェルミアが床へしゃがみ込む。


「千年の間に、罠の位置が変わったみたいだね」


「迷宮が修復した時に、構造まで組み替えたのでしょう」


リュミエラは古い印を見つめる。


「昔の記憶だけを信じて進むのは危険ね」


「最初から当てにはしてない」


ゼラスが答えた。


「でも、参考にはしてるんだね」


「それはする」


シェルミアが床へ小石を投げた。


中央へ落ちた瞬間、左右の壁が凄まじい勢いで閉じる。


石が粉々に砕けた。


数秒後、壁は元の位置へ戻る。


「両側の窪みも安全じゃないね」


シェルミアが壁の上部を見る。


「天井に刃がある。昔の避難場所を利用して、別の罠が追加されてる」


リズナが風を広げる。


閉じる壁。


落ちる刃。


それぞれを動かす魔力の流れを追う。


二つの術式は、壁の奥で一つにつながっていた。


「動かしてる場所は同じです」


「切れる?」


ゼラスが尋ねる。


「やってみる」


リズナは剣先を壁へ向けた。


細く圧縮した風刃が、石の継ぎ目へ入り込む。


風刃は壁の内側で軌道を曲げ、術式へ沿って奥へ進んだ。


硬いものが断ち切られる音がする。


床の魔力が途切れた。


「止まりました」


シェルミアがもう一度小石を投げる。


今度は何も起こらない。


「壁の中にある術式を、外から切ったの?」


「風が通る隙間がありましたから」


「本当に便利だね」


「便利って言わないでください」


リズナが先へ進みながら答える。


「褒めたつもりなんだけど」


「昨日から褒め方が雑になってません?」


「順番に褒めることにしたからね」


「まだ続いてたんですか!」


リュミエラが口元へ手を添える。


「次は私の番かしら」


「もう十分です!」


リズナの声が螺旋状の通路へ響いた。




第九十八階層へ入ると、空気が変わった。


石造りの広間には、崩れた武具や魔物の骨が散乱している。


古いものだけではない。


つい最近倒されたような魔物の死骸も混じっていた。


シェルミアが傷口を調べる。


「刃物で切られてる」


「他の探索者?」


リズナが周囲へ風を巡らせる。


人間や魔族の気配はない。


代わりに、死骸の表面から微かな白い魔力を感じた。


「違うと思う。傷に白いものが残ってる」


ゼラスが魔物の切断面を見る。


「ミテイか」


「可能性はあるわね」


リュミエラが答える。


「けれど、あの子の魔力は以前より薄くなっている。自分の中で循環するようになったからでしょう」


「同じ道を通ったのかな」


シェルミアが死骸の位置を記録する。


「第七十四階層では別の経路へ進んだけれど、下で合流していてもおかしくないね」


リズナは広間の奥を見た。


ミテイの姿はない。


足跡も途中で消えている。


「追う?」


ゼラスが尋ねる。


リズナは少しだけ考え、首を横へ振った。


「追わない。今は百階層が先」


「ああ」


四人は死骸の間を抜けて進む。


広間の出口近くで、壁の奥から白い線が伸びてきた。


中央の接続経路から追ってきたものだ。


細い線は四人を探すように床を這い、ゼラスとリズナへ向きを変える。


リズナがシルフィードを抜いた。


「まだ諦めてないみたいね」


一閃。


白い線が床ごと切断される。


ゼラスの炎が切り口へ入り込み、奥へ続く魔力を焼いた。


白い光はそれ以上伸びてこなかった。




第九十九階層は、二つの古い道が合流する巨大な石室だった。


左側には、リュミエラが通った通路。


右側には、ゼラスが通った通路。


四人が立つ入口の反対側に、百階層へ続く大扉が見える。


その手前には、二体の石像が立っていた。


一体は巨大な剣を持つ、黒い石の守護者。


もう一体は長い槍を構えた、灰色の守護者。


リュミエラが黒い守護者を見る。


「私の時は、あちらが動いたわ」


ゼラスは灰色の守護者へ目を向けた。


「俺の時は槍の方だ」


「通った道に合わせて、片方だけが動く仕組みだったんだね」


シェルミアが二体の足元を調べる。


「今回は左から来たから、黒い方だけのはずだけど……」


白い光が床を走った。


二体の守護者の胸へ、炎と風の紋様が浮かび上がる。


石室全体へ声が響く。


『指定経路からの逸脱を確認』


黒い守護者が剣を持ち上げる。


続いて、灰色の守護者も槍を構えた。


『最終補正を開始』


「両方動いたね」


シェルミアが立ち上がる。


「驚いている場合か」


ゼラスが剣を抜く。


黒い守護者の胸にある炎の紋様が赤く光った。


巨大な石剣がゼラスへ向く。


灰色の守護者には、緑色の風が渦巻いている。


槍の穂先がリズナを捉えた。


『炎の鍵を停止』


『風の器を確保』


二体が同時に踏み込んだ。


黒い石剣が床を削りながら、ゼラスへ振り下ろされる。


ゼラスは半歩だけ前へ出た。


剣が加速しきる前に懐へ入り、守護者の手首へ自分の剣を当てる。


刃へ炎を流す。


石の継ぎ目が内側から弾け、巨大な剣が床へ落ちた。


「昔と同じ場所が弱いのね」


リュミエラが言う。


「ああ。動きも変わってない」


ゼラスは振り返らず答える。


一方、灰色の守護者が槍を突き出した。


穂先の周囲で空気が固まり、リズナの風を押さえ込む。


リズナは横へ跳ぶ。


槍が頬のすぐ脇を通り過ぎ、背後の壁へ突き刺さった。


風を放とうとするが、槍の周囲にある緑の魔力が流れを乱す。


「私の風を邪魔するつもり?」


『風の器を確保』


「それしか言えないのね!」


リズナはシルフィードを両手で握り、槍へ踏み込んだ。


正面から刃をぶつける。


石の槍と魔剣が激突した。


リズナは押し返そうとしない。


槍の周囲を巡る緑の流れを探り、シルフィードの刃へ細い風を沿わせる。


敵の魔力と自分の風が触れる境目。


そこだけを斬った。


緑の流れが二つへ裂ける。


固められていた空気が一気に解放された。


リズナの風が槍の穂先を横へ弾く。


「邪魔するなら、その風ごと切る!」


返す剣が守護者の肘へ食い込んだ。


圧縮された風刃が石の内部まで走り、右腕を切断する。


灰色の腕と槍が床へ落ちた。


だが、二体の胸に浮かぶ白い線が強く光る。


床から魔力が流れ込み、壊れた手首と腕を修復し始めた。


「本体とは別の場所から力が来てる!」


リズナが叫ぶ。


「床の下だよ!」


シェルミアは既に二体の間へ走っていた。


石床には、白い線が網のように広がっている。


中央の接続経路から送り込まれた魔力が、二体の守護者へつながっていた。


「三か所ある! 私だけじゃ全部切れない!」


「場所を言え」


ゼラスが再生しかけた石剣を受け流す。


「黒い方の左足! 二体の中央! 灰色の後ろ!」


リュミエラの術式が黒い守護者の足元へ突き刺さる。


「一つ目は任せて」


紫色の光が白い線を押さえ込み、魔力の流入を止めた。


ゼラスは黒い守護者の剣を誘い、二体の中央へ移動する。


振り下ろされた石剣を直前で避けた。


巨大な刃が床へ食い込み、中央の白い線を露出させる。


ゼラスが切れ目へ剣を突き立てた。


炎が床の下を走る。


二つ目の接続が焼き切れた。


「最後は後ろ!」


シェルミアが叫ぶ。


灰色の守護者は、背中の接続点を隠すように壁際へ下がる。


リズナが周囲へ風を広げた。


守護者の正面には、再び空気を固定する緑の流れが集まっている。


まともに近づけば、風の動きを封じられる。


「なら、正面から行かなければいい」


リズナはシルフィードを振り上げた。


放たれた風刃は、守護者へ向かわない。


石室の左壁へ当たり、天井へ沿って曲がる。


守護者の頭上を越え、背後へ回り込んだ。


風刃が床へ突き刺さる。


最後の白い線が切断された。


二体の胸から、炎と風の紋様が消える。


『最終補正、失敗』


黒い守護者が石剣を引き抜いた。


だが、その動きは先ほどまでより遅い。


リュミエラが僅かに笑う。


「ここからは、昔と同じね」


「ああ」


ゼラスが黒い守護者の踏み込みに合わせ、剣を下段から振り上げた。


膝の継ぎ目が断たれる。


巨体が傾く。


そこへリュミエラの紫色の槍が胸部を貫いた。


黒い守護者が床へ崩れ落ちる。


灰色の守護者は、残った左腕で槍を拾おうとした。


シェルミアの短剣が指の継ぎ目へ突き刺さる。


石の手が止まった。


「リズナ!」


「はい!」


シルフィードを横へ薙ぐ。


鋭い風刃が守護者の首を通り抜けた。


灰色の頭部が床へ落ちる。


最後にゼラスの炎が胸の核を焼き、巨体は完全に動きを止めた。




二体の守護者が沈黙すると、百階層へ続く大扉から重い音が響いた。


中央に縦の亀裂が入り、ゆっくりと左右へ開いていく。


シェルミアは扉の上へ刻まれた文字を見上げた。


「第百階層」


声が僅かに弾んでいる。


リズナが横目を向けた。


「嬉しそうですね」


「未到達の場所ではないけど、私は初めてだからね」


「目的を忘れないでくださいよ」


「忘れてないよ。たぶん」


「最後の一言で不安になりました」


開いた扉の向こうには、広大な石室があった。


ゼラスとリュミエラが以前訪れた、行き止まりの階層。


壁の配置も、天井の高さも変わっていない。


だが、二人が知る百階層には存在しなかったものが、中央に立っていた。


巨大な白い門。


外側の門と同じ形をした石の輪が、床から天井まで届いている。


輪の内側には、白い光が満ちていた。


その手前には、顔のない人影が一つ佇んでいる。


『炎の鍵を確認』


人影がゼラスへ顔を向ける。


『風の器を確認』


次に、リズナを見る。


『最終接続を開始する』


白い門の内側で、光が渦を巻き始めた。


その向こうから吹き込んだ風が、リズナの頬を撫でる。


迷宮の風ではない。


外側の門で感じたものと、まったく同じ流れだった。




千年前にも、八百年前にもなかった門が、百階層で開き始めていた。

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