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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第三章 グラン・ラビリス編
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第五十八話 排除対象



「炎の鍵を排除し、風の器のみを回収する」


シェルミアが読み上げた言葉が、円形の石柱へ重く残った。


砕かれた炎と風の紋様から、白い煙が細く立ち上っている。


リズナは胸元へ手を当て、自分の魔力を確かめた。


外から流れ込もうとしていたものは、もう感じない。


それでも、百階層から向けられている視線のような感覚は消えていなかった。


「回収って、私を連れていくつもりなのね」


「ああ」


ゼラスは石柱に浮かんだ赤い文字を見つめた。


「俺を殺してからな」


「随分と素直に言うのね」


「書いてあるだろ」


「そうだけど……もう少し嫌そうな顔をしてもいいんじゃない?」


「嫌そうな顔をすれば、攻撃をやめるのか?」


「やめないでしょうね」


「なら意味はない」


リズナは小さく息を吐いた。


いつものゼラスだ。


自分が排除対象に指定されても、怒りや不安より先に、相手の仕組みを考えている。


「でも、私は一人で行かないから」


「ああ」


「ゼラスを置いていくつもりもない」


「分かってる」


即答され、リズナが僅かに目を瞬く。


ゼラスは彼女を見上げた。


「お前が今さら、言われたとおりに動くとは思ってない」


「……そういうところは、ちゃんと分かるのね」


「何の話だ?」


「何でもない」


リュミエラが砕けた石柱へ術式を伸ばす。


「話しているところ悪いけれど、ここから離れた方がよさそうよ」


紫色の線が、石柱の内部で動く赤い魔力を映し出した。


破壊された接続装置の奥から、新たな流れが伸びている。


それは床を伝い、第九十一階層へ続く門へ入り込んでいた。


「既に下の階層へ命令が送られているわ」


「どんな命令?」


シェルミアが尋ねる。


「正確な内容までは読めないけれど、対象を二つに分けている」


リュミエラがゼラスとリズナを見る。


「片方は保護。もう片方は排除よ」


石柱の周囲で、再び低い振動が始まった。


「行くぞ」


ゼラスが門へ向かう。


「ここに残っても、攻撃されるだけだ」


「下へ行っても攻撃されると思うけどね」


シェルミアが記録板をしまう。


「でも、進むしかないか」


四人が門を越える。


背後で石扉が閉まった。




第九十一階層は、白い石で造られた長い回廊だった。


天井は高く、両側の壁には黒い柱が等間隔に並んでいる。


床の中央には、細い緑色の線が一本だけ伸びていた。


リズナが足を踏み入れた瞬間、その線が強く光る。


『風の器を確認』


淡い緑色の光が彼女の足元を包んだ。


続いてゼラスが門を越える。


壁に並んだ黒い柱が、一斉に赤く輝いた。


『排除対象を確認』


「分かりやすいな」


ゼラスが剣を抜く。


黒い柱の先端が開いた。


内部から赤い光が集まり始める。


「来るよ!」


シェルミアが叫ぶ。


最初の光線が放たれた。


真っ直ぐゼラスの胸元を狙っている。


彼は半歩だけ横へ動き、光を避けた。


赤い光線が背後の壁へ突き刺さり、石を深く抉る。


二本目。


三本目。


左右の柱から、次々と光が放たれた。


ゼラスは剣で一本を弾き、残る二本の間を抜ける。


だが、正面の柱も既に赤く光っていた。


「ゼラス、伏せて!」


リズナがシルフィードを振るう。


薄く圧縮された風刃が回廊を走った。


正面の柱が斜めに切断される。


内部へ溜まっていた赤い光が弾け、黒い破片と共に散った。


「右も切る!」


続けて二本の風刃を放つ。


一つ目が右側の柱を断ち切る。


二つ目は途中で軌道を曲げ、左側の柱の根元へ食い込んだ。


倒れた柱が回廊を塞ぐように横たわる。


「攻撃の準備が早いね」


シェルミアが柱の構造を確認しながら走る。


「ゼラスの位置を見てから撃っているわけじゃない。床を踏んだ瞬間に、進む方向を予測してる」


「俺の記録を使ってるのか?」


「たぶんね。第七十三階層で集めた動きが、下まで共有されてるんだよ」


ゼラスが進路を変える。


直後、曲がった先にある柱が先回りするように光った。


「そのようだな」


「落ち着いて確認しないで!」


リズナが柱の上部へ風刃を撃ち込む。


赤い光が放たれる直前、柱が縦に裂けた。


暴発した光線が天井へ突き刺さる。


石片が降り注いだ。


リュミエラの障壁が四人の頭上を覆う。


「柱を一本ずつ壊していては時間がかかるわ」


「制御している場所を探そう」


シェルミアが周囲を見渡す。


黒い柱は全て同じ形に見える。


だが、赤い光が集まる直前、床の下を魔力が走っていた。


リズナが風を低く広げる。


石床の僅かな隙間を通り、柱へ向かう魔力の振動を探る。


「奥から来てます!」


「どの辺り?」


「回廊の突き当たり! 大きなものが一つあります!」


「そこが制御部だね」


シェルミアが前方を示す。


「一気に抜けよう」


黒い柱が再び光る。


今度は左右だけではない。


天井の一部が開き、赤い紋様が幾つも浮かび上がった。


「数が増えたぞ」


ゼラスの剣へ炎が走る。


「俺が正面を止める。リズナは左右を切れ」


「分かった!」


ゼラスが剣を振るった。


炎が回廊を塞ぐ壁となって広がる。


「フレイムフォール!」


天井から放たれた赤い光が、炎の壁へ激突した。


幾つもの光線が炎を貫こうとする。


ゼラスは魔力を送り込み、壁の密度を上げた。


「今だ!」


リズナが駆け出す。


走りながらシルフィードを左右へ振るう。


一閃。


右側の柱が三本まとめて斬り倒される。


二閃。


左から放たれようとしていた光が、柱ごと切り裂かれた。


シェルミアとリュミエラがその後を追う。


最後にゼラスが炎の壁を消し、一気に距離を詰めた。


背後から赤い光線が追ってくる。


リズナが振り返った。


シルフィードを横へ薙ぐ。


広く薄い風刃が、迫る光線の軌道へ斜めにぶつかった。


赤い光が左右へ逸れ、壁を抉る。


「魔法まで切るのか」


ゼラスが言う。


「全部は無理よ! 流れが見えるものだけ!」


「十分だ」


短い言葉だった。


それでも、リズナの口元が僅かに上がった。




回廊の突き当たりには、巨大な黒い石板が立っていた。


中央に赤い目が一つ。


その周囲を、緑色の輪が囲んでいる。


四人が近づくと、赤い目がゼラスへ向いた。


『排除対象を確認』


緑色の輪は、リズナだけを追っている。


『回収対象の損傷なし』


「勝手に状態を確認しないで」


リズナがシルフィードを構える。


ゼラスが正面へ出ようとする。


その瞬間、緑色の光がリズナの周囲へ広がった。


『回収対象を保護』


薄い障壁が、彼女を包み込む。


「リズナ!」


ゼラスが障壁へ剣を振るう。


刃は緑の表面へ弾かれた。


同時に、石板の赤い目から太い光線が放たれる。


リュミエラの障壁が割り込んだ。


赤い光と紫色の膜が衝突する。


「長くは保たないわ!」


「分かってる!」


リズナが内側から風刃を放つ。


緑の障壁へ細い亀裂が走った。


だが、すぐに光が集まり、傷を塞いでいく。


「私の魔力を押さえ込んでる!」


「お前を傷つけないように、内側からの攻撃を弱めているらしいな」


ゼラスは障壁の表面を観察した。


「なら、外から壊す」


剣へ炎をまとわせる。


「待って」


リズナが止める。


「私ごと焼かないとは言ったけど、この狭さで大丈夫なの?」


「ああ」


「少しも迷わないのね」


「お前の位置は分かってる」


ゼラスが剣先を障壁へ触れさせた。


炎を広げず、接触した一点だけへ流し込む。


緑色の光の中から、リズナ自身の風だけを避ける。


外から与えられている魔力だけが焼かれ、白い煙へ変わった。


リズナも内側から同じ場所へ風を集中させる。


炎と風が障壁の一点で重なる。


緑色の膜に穴が開いた。


ゼラスがリズナの手首を掴み、一気に引き出す。


二人が障壁の外へ出た直後、赤い光線が再び迫った。


リズナがゼラスの前へ出る。


光線は彼女へ触れる直前、急激に軌道を曲げた。


二人の左右へ分かれ、背後の壁へ突き刺さる。


「やっぱり、私には当てない」


「リズナを盾にするのは駄目よ」


リュミエラが石板の攻撃を防ぎながら言う。


「分かってる」


ゼラスが答える。


「では、前へ出すな」


「私が勝手に出たのよ!」


「次は出るな」


「今は言い争ってる場合じゃないよ!」


シェルミアは石板の下へ回り込み、魔力の流れを調べていた。


「赤い目と緑の輪は、同じ場所から動いてる! 中央の目を壊せば、両方止められるはずだよ!」


「リズナ」


ゼラスが短く呼ぶ。


「分かってる!」


二人が左右へ分かれた。


赤い目がゼラスを追う。


その動きに合わせ、緑色の輪も僅かに傾く。


リズナが反対側から風刃を放った。


石板の側面へ深い傷が入る。


赤い目が一瞬だけ彼女へ向く。


だが、攻撃はしない。


その間に、ゼラスが正面へ踏み込んだ。


石板から赤い光線が放たれる。


ゼラスは剣で逸らし、さらに一歩近づく。


「今!」


シェルミアが叫ぶ。


リュミエラの術式が、緑色の輪を外側から固定した。


石板の目が動きを止める。


リズナがシルフィードを振り抜いた。


細く鋭い風刃が、赤い目の中央へ突き刺さる。


表面に亀裂が走る。


ゼラスが剣をその傷へ突き入れた。


炎を内部へ流し込む。


赤い目が内側から爆発した。


黒い石板が大きく揺れ、緑色の輪も砕け散る。


回廊に並んでいた柱から、全ての光が消えた。




「止まった?」


リズナが周囲へ風を巡らせる。


柱の内部に、動く魔力は残っていない。


「攻撃は止まりました」


「制御部も完全に壊れているわ」


リュミエラが石板へ術式を伸ばす。


「けれど、命令そのものが消えたわけではないでしょうね」


砕けた赤い目の奥から、新しい文字が浮かび上がった。


シェルミアが読み取る。


「排除処理、失敗」


続いて、緑色の文字。


「風の器による排除対象の保護を確認」


「私がゼラスを守ったから?」


リズナが尋ねる。


「そう判断されたみたいだね」


石板の奥で、低い音が響く。


壁が左右へ開き、二本の通路が現れた。


右の通路には赤い光。


左の通路には緑色の光が伸びている。


『炎の鍵は、排除経路へ進め』


赤い道がゼラスの足元まで伸びた。


『風の器は、回収経路へ進め』


緑の道がリズナへ届く。


「別れろということか」


ゼラスが二本の道を見る。


「従う必要はないわよね?」


リズナが言う。


「ああ」


二人は、どちらの道にも足を踏み入れなかった。


シェルミアが二つの通路を調べる。


「赤い方は下へ続いてる。緑の方は、階層を飛ばして百階層へつながっている可能性があるね」


「私だけを先に送りたいのね」


「なら、赤い方へ行くぞ」


ゼラスが言う。


「どうして?」


「俺を排除するための道なら、相手が何を用意しているか分かりやすい」


「分かりやすくても危険でしょ」


「緑の方へ入れば、お前を直接回収される可能性がある」


リズナは二本の道を見比べた。


「それなら、別の道を探す」


「あるの?」


シェルミアが周囲の壁を調べる。


「今のところ、この二本しか見つからないね」


リュミエラは砕けた石板の内部へ手を入れ、残った術式を探った。


「いえ。二つの経路は、奥で一度つながっているわ」


「どこで?」


「次の階層へ下りる直前ね。ただし、二人が同じ道を進むと閉じる仕組みになっている」


「本当に別れさせるつもりなんだ」


リズナが顔をしかめる。


ゼラスは赤い通路を見る。


「なら、別れて進むしかないな」


「駄目よ」


即答だった。


「奥で合流できる保証がない」


「術式上はつながっているわ」


リュミエラが答える。


「ただし、百階層が途中で構造を変えなければ、だけれど」


「それを保証がないって言うのよ」


シェルミアは記録板へ二つの経路を書き込んだ。


「四人で片方へ入れば、道が閉じる。二手に分かれるなら、ゼラスとリズナを同じ組にしない方がいいね」


「私が緑へ行くわ」


リュミエラが言う。


「リズナちゃんと一緒に回収経路へ入る。シェルミアはゼラスと赤い道へ」


「分かった」


シェルミアが頷く。


リズナは納得していない顔でゼラスを見る。


彼は既に、赤い通路の奥を観察していた。


「合流地点で待ってろ」


「そっちが先に着いても、勝手に進まないでよ」


「ああ」


「絶対よ」


「分かってる」


リズナは一度だけゼラスの袖へ手を伸ばしかけた。


だが、触れる前に止める。


代わりに自分より低い位置にある彼の顔を見た。


「死なないで」


「排除されるつもりはない」


「そうじゃなくて――」


ゼラスは僅かに表情を緩めた。


「ああ。死なない」


リズナも小さく頷く。


四人は二つの通路の前へ分かれた。


ゼラスとシェルミアは赤い道へ。


リズナとリュミエラは緑の道へ。


同時に一歩を踏み出す。


背後で黒い壁が動き始めた。


二本の道を完全に隔てるように、厚い石壁がせり上がってくる。


壁が閉じる直前。


百階層から届く声が、リズナだけへ直接響いた。


『風の器へ命令する』


リズナが足を止める。


『炎の鍵を捨てよ』


彼女は閉じていく壁の向こうへ顔を向けた。


もう、ゼラスの姿は見えない。


「嫌よ」


迷うことなく答える。


一瞬の沈黙。


続いて、緑色の通路全体が強く光った。


『風の器による命令拒否を確認』


リュミエラがリズナの腕を掴む。


床から伸びた緑色の線が、彼女の両脚へ絡みついていた。


『器の意思を不要と判断』




百階層は、リズナの意思を奪おうとしていた。

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