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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第三章 グラン・ラビリス編
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第五十七話 第二接続



遥か下で動き始めたものの振動が、第八十四階層の足元まで伝わってきた。


一度。


二度。


巨大な石同士を擦り合わせるような低い音が、迷宮の奥から響く。


リズナは円形の足場へ風を巡らせた。


「まだ動いてる」


「どこまで届いている?」


ゼラスが尋ねる。


「分からない。下へ送った風が、幾つもの空間を通って戻ってくる。百階層だけじゃなくて、その途中まで何かが連動してるみたい」


リュミエラが床に浮かぶ文字を調べる。


第一接続を完了。


炎の鍵、適合。


風の器、適合。


百階層の受け入れ準備を開始する。


どの文字も、既に光を失っていた。


「今の接続路が、百階層にある仕組みの一部を起動したのでしょうね」


「止められる?」


シェルミアが尋ねる。


「ここからでは難しいわ。接続が完了した時点で、術式は下へ移っているもの」


「なら、先へ進んで止めるしかないな」


ゼラスが第八十四階層の門へ歩み寄る。


リズナがその背中を見る。


「百階層の受け入れって、私たちを迎えるって意味なのかな」


「そうだろうな」


「随分あっさり言うのね」


「他に受け入れるものが見当たらない」


「そうだけど……」


ゼラスが振り返る。


「不安か?」


リズナは少し迷った後、頷いた。


「器って呼ばれてるのが、やっぱり気になる。道を保つだけならいいけど、百階層では別の使い方をされるかもしれないでしょ」


「ああ」


「否定してくれないの?」


「可能性があるものを、ないとは言えない」


ゼラスは自分より少し背の高いリズナを見上げた。


「だから、何をされるのか確かめる。おかしなものを流し込まれたら、俺が接続を焼き切る」


「私まで焼かないでよ」


「お前の魔力と、それ以外の区別くらいつく」


「……なら、任せる」


「最初からそのつもりだ」


少し離れた場所で、リュミエラが二人を見ていた。


その口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。


けれど、二人が気づくより先に、彼女は石門へ視線を戻した。


「話がまとまったなら、進みましょうか」


シェルミアが門の脇にある石板へ触れる。


「開くよ」


石門が左右へ動き始めた。




第八十四階層から先は、それまでとは違い、階層を越える門が明確に残されていた。


第八十五階層は、天井から黒い結晶が垂れ下がる洞窟だった。


結晶は魔力へ反応し、触れた術式と同じ性質の攻撃を撃ち返してくる。


リュミエラが放った解析術式は紫色の針となって戻り、ゼラスの炎は洞窟全体を走る火線へ変わった。


四人は不用意な魔法を控え、結晶の根元だけを剣と短剣で砕いて進んだ。


第八十六階層では、石床の下を巨大な魔物が泳いでいた。


足音へ反応し、床ごと探索者を呑み込もうとする。


リズナが風で振動の広がりを探り、魔物の位置を避けながら道を選んだ。


途中、一度だけ床が大きく盛り上がった。


黒い顎が石を砕いて現れる。


リズナがシルフィードを振り下ろした。


圧縮された風刃が口内へ入り込み、柔らかい喉を深く切り裂く。


魔物が身を捩ったところへ、ゼラスの炎が傷口から入り込んだ。


石床の下で爆発が起こり、黒い巨体は二度と浮かび上がらなかった。


第八十七階層は、細い橋が幾重にも交差する空間だった。


橋の下には青白い霧が溜まり、触れたものの感覚を鈍らせる。


シェルミアが橋の傷みを確認し、リュミエラが霧を遮る薄い障壁を作った。


一度だけ、崩れた石板と共にシェルミアの足が沈んだ。


ゼラスが腕を掴むより早く、リズナの風が彼女の体を押し上げる。


「助かったよ」


「下を見ながら歩いてください」


「見てたから崩れ方が分かったんだよ」


「落ちながら言わないでください!」


第八十八階層へ着いた頃には、四人とも長い探索の疲れを感じ始めていた。




壁際に比較的安全な窪みを見つけ、短い休息を取る。


魔法灯を一つだけ置き、リュミエラが周囲へ警戒術式を張った。


シェルミアは食事を取りながらも、記録板へ経路を書き続けている。


「休んでるのか、それ」


ゼラスが尋ねる。


「座ってるよ」


「手は動いてるだろ」


「忘れる前に書いた方が正確だからね」


「食べ終わってからでいいんじゃない?」


リズナが言う。


「食べながらでも書けるよ」


「そのうち記録板を食べますよ」


「それはないと思う」


「真面目に答えないでください」


リズナは壁へ背を預け、風晶石の状態を確かめた。


ここまで長時間感知を続けてきたが、魔力の流れに乱れはない。


ただ、第一接続を動かした時に感じた門の魔力だけが、僅かに残っている。


自分の中へ異物が入ったわけではない。


それでも、百階層から細い糸を結ばれたような感覚が消えなかった。


「まだ感じるのか?」


隣に座ったゼラスが尋ねる。


「うん。さっきより弱いけど」


「痛みは?」


「ない。魔力を吸われてる感じもないわ」


「なら、今は様子を見るしかないな」


ゼラスは自分の水筒を差し出した。


「飲んでおけ」


「自分のは?」


「まだある」


リズナは受け取り、僅かに口元を緩めた。


「ありがと」


「ああ」


少し離れた場所で、リュミエラが二人を見ていた。


リズナが気づいて視線を向ける。


リュミエラは穏やかに微笑んだまま、自分の杯へ口をつけた。


「……今、見てましたよね?」


「何を?」


「もういいです」


リュミエラは答えず、笑みだけを残した。


休息を終え、四人は再び立ち上がった。




第八十九階層は、上下の感覚が曖昧になる場所だった。


壁と床が緩やかに回転し、進むほど足元の向きが変わっていく。


最初は水平だった通路が、いつの間にか壁となり、天井だった場所を歩いている。


シェルミアが曲がり角ごとに印をつけ、リズナが風の落ちる方向から本来の下を探った。


ゼラスは一度だけ足を止め、頭上を見た。


そこには、先ほどまで四人が歩いていた通路が逆さまに続いている。


「面倒だな」


「飛んだ方が早いんじゃない?」


リズナが尋ねる。


「方向が分からない場所で飛ぶ方が危険だろ」


「ちゃんと考えてるのね」


「何だと思ってた?」


「魔力で力ずくに進むかと」


「それは最後の手段だ」


「最後にはやるんだ」


回転する通路を抜けた先に、第九十階層への門があった。




門の向こうは、広大な空洞だった。


中央に一本の石柱が立ち、その周囲を巨大な黒い翼獣が旋回している。


六枚の翼。


鉤爪のついた四本の脚。


頭部は細長い骨の仮面で覆われていた。


翼獣が四人へ顔を向ける。


空洞全体へ、低い鳴き声が響いた。


「階層主だね」


シェルミアが記録板をしまう。


「中央の石柱に、次の接続装置らしいものがある」


柱の表面には、炎と風の紋様が刻まれていた。


第一接続と同じ組み合わせ。


ただし、そこへ至る橋も階段もない。


深い穴の中央に、石柱だけが立っている。


「飛べということか」


ゼラスが言う。


リズナが空洞へ風を巡らせる。


「普通に飛ぶのは無理。あの魔物が空気の流れを変えてる」


翼獣が六枚の翼を同時に動かした。


渦を巻く風が空洞の壁へぶつかり、複雑な乱流となって戻ってくる。


「私でも、あの中を四人運ぶのは難しい」


「一人ずつなら?」


「戦いながらは無理」


「なら、先に落とす」


ゼラスが剣を抜く。


翼獣が急降下した。


六枚の翼が重なり、黒い槍のような姿で四人へ迫る。


「散って!」


シェルミアの声に合わせ、四人が左右へ跳ぶ。


鉤爪が石床を削った。


翼獣は着地せず、そのまま翼を広げて上昇する。


リズナがシルフィードを振るう。


二本の風刃が翼獣を追う。


翼獣は尾を振り、風の流れを変えた。


一つ目の風刃が逸れる。


だが、二つ目は途中で軌道を曲げ、外側の翼へ食い込んだ。


黒い羽が散る。


「曲がるのか」


ゼラスが言う。


「私の風なんだから、当然でしょ!」


翼獣が鳴き声を上げ、空洞の上部へ逃れる。


リズナは風を広げ、翼の動きを探った。


「次は左から来る!」


直後、黒い巨体が柱の陰から現れた。


リュミエラの術式が空中へ展開される。


紫色の帯が二枚の翼へ絡みついた。


翼獣が強引に羽ばたく。


帯に亀裂が走る。


「長くは保たないわ」


「十分だ」


ゼラスが床を蹴った。


足元から膨大な魔力が噴き出す。


少年の体が空中へ浮かび上がった。


「今回は飛ぶのね!」


「歩ける道がないからな」


ゼラスは翼獣へ真っ直ぐ向かう。


翼獣が拘束を破る。


右の鉤爪が、空中のゼラスへ振り下ろされた。


ゼラスは魔力の放出方向を変え、横へ滑る。


鉤爪を避け、そのまま翼獣の背へ着地した。


剣を翼の付け根へ突き立てる。


黒い血が散った。


翼獣が激しく体を捩る。


「落とすぞ!」


「今、道を作る!」


リズナがシルフィードを両手で構えた。


空洞全体の風を探る。


翼獣が生み出した乱流。


壁へぶつかって戻る風。


ゼラスの飛翔が押し退けた空気。


全ての流れの境目を、一つずつ見極める。


リズナは剣を振り抜いた。


巨大な風刃が空洞を走る。


翼獣そのものではなく、その左側に生まれた乱流を切り裂いた。


複雑に絡んでいた風が二つへ分かれる。


一瞬だけ、空洞の中央へ真っ直ぐな流れが生まれた。


「ゼラス!」


「ああ」


ゼラスが翼獣の背から跳ぶ。


同時に、剣へ炎をまとわせた。


「フレイムランス!」


圧縮された炎の槍が、翼の付け根へ突き刺さる。


先ほどゼラスが剣で作った傷を貫き、体内で炸裂した。


二枚の翼が根元から千切れる。


均衡を失った翼獣が落下を始めた。


残る翼を広げ、必死に姿勢を戻そうとする。


「逃がさない!」


リズナが剣先を下へ向ける。


細く圧縮した風刃を、傷口へ次々と撃ち込む。


黒い翼が切り裂かれ、羽が空洞へ舞った。


リュミエラの術式が残る二枚を拘束する。


翼獣は完全に飛ぶ力を失い、石床へ叩きつけられた。


巨体が跳ねる。


シェルミアが骨の仮面の隙間を見つけた。


「頭部の奥に核がある!」


ゼラスが空中から降下する。


剣を両手で構え、骨の仮面へ振り下ろした。


亀裂が走る。


続いてリズナの風刃が同じ場所へ食い込む。


仮面が砕け、その奥にある黒い核が露出した。


リュミエラの紫色の槍が核を貫く。


翼獣の体が大きく痙攣し、やがて動きを止めた。




「終わったね」


シェルミアが翼獣の反応を確かめる。


「ゼラス、降りられる?」


リズナが空中を見上げる。


ゼラスは中央の石柱付近に浮いていた。


「問題ない」


魔力の放出を弱め、ゆっくりと石柱の上へ着地する。


「本当に飛べるんですね」


シェルミアが言う。


「今さら疑ってたのか?」


「実際に長く飛んだところは初めて見たからね」


「長くはない」


中央の石柱まで、リズナが風の足場を伸ばす。


シェルミアとリュミエラを運び、自分も最後に渡った。


石柱の上には、第一接続と同じ二つの紋様が刻まれている。


炎。


風。


その下に、新しい文字があった。


シェルミアが読み上げる。


「第二接続」


続いて、さらに小さな文字を追う。


「鍵は門を開く」


「器は、外側から流れ込むものを受け止める」


リズナの表情が固まった。


「道を保つ、じゃないの?」


第一接続に刻まれていた役割とは違う。


リュミエラが風の紋様へ術式を伸ばす。


「構造も変わっているわ」


「どう違う?」


ゼラスが尋ねる。


「第一接続では、リズナちゃんの風を門の中で循環させていた。けれど、これは――」


リュミエラの声が止まる。


紫色の術式が、風の紋様から外へ弾かれた。


同時に、百階層からつながっていた細い感覚が強くなる。


リズナが胸元を押さえた。


「リズナ?」


ゼラスがすぐに彼女へ近づく。


「何か、来る……」


風の紋様が淡い緑色に光った。


ゼラスはまだ炎を流していない。


誰も装置へ触れていない。


それでも、石柱の奥で接続が始まる。


『炎の鍵を確認』


赤い紋様が、ゼラスの魔力へ勝手に反応した。


『風の器を確認』


緑の光が石柱から伸び、リズナの足元へ絡みつく。


「離れろ!」


ゼラスが剣を振り下ろす。


炎をまとった刃が緑の光を断ち切った。


だが、切れた光はすぐにつながり直す。


リュミエラが遮断術式を展開する。


「接続元が遠すぎるわ! この石柱だけを壊しても止まらない!」


『第二接続を開始』


リズナの周囲で風が逆巻いた。


彼女自身の魔力ではない。


冷たく、重い。


外側の門で触れたものと同じ流れが、百階層から逆流してくる。


「くっ……!」


リズナがシルフィードを石柱へ突き立てる。


自分の風で、侵入してくる流れを押し返そうとする。


だが、外から来る力は風として形を持っていない。


空気ではなく、魔力そのものが体内へ入ろうとしていた。


ゼラスがリズナの肩を掴む。


「俺の声が聞こえるか?」


「聞こえてる……!」


「自分の魔力だけを回せ。外から来るものは俺が焼く」


「そんなことしたら、私の魔力まで――」


「区別はつくと言っただろ」


ゼラスの掌から、細い炎がリズナの周囲へ広がる。


彼女の風には触れず、緑の光だけへ食い込んでいく。


外側の魔力が炎に焼かれ、白い煙へ変わった。


『器による拒絶を確認』


石柱の声が響く。


『受け入れ容量の測定を続行』


「勝手に測るな!」


リズナが風を爆発させる。


シルフィードから放たれた風刃が、足元の紋様を深く切り裂いた。


緑の光が一瞬だけ揺らぐ。


シェルミアが亀裂へ短剣を差し込んだ。


「この線を切れば、接続を遅らせられる!」


リュミエラの術式が、石柱内部の流れを分断する。


ゼラスはリズナから手を離さず、赤い紋様へ剣先を向けた。


「鍵が必要なんだろ」


炎を一点へ集める。


「なら、壊すのも鍵の役目だ」


圧縮された火球が赤い紋様へ撃ち込まれた。


石柱の内部で爆発する。


炎と風の紋様が同時に砕けた。


緑の光が消える。


外から流れ込んでいた魔力も、リズナの手前で途切れた。


静寂が戻る。


リズナは荒い呼吸を整えながら、シルフィードへ体を預けた。


ゼラスが顔を覗き込む。


「残っているか?」


「少しだけ……でも、私の中には入ってない」


リュミエラがすぐに彼女の魔力を調べる。


「ええ。異物は感じないわ。ゼラスが焼き切ったようね」


「だから言っただろ」


リズナはゼラスへ視線を落とした。


「本当に、区別できたのね」


「疑ってたのか?」


「少しだけ」


「信用がないな」


「今は信用してる」


ゼラスは何も答えず、砕けた石柱へ視線を戻した。


その表面へ、新しい文字が浮かび上がっている。


第二接続、失敗。


風の器、受け入れ拒絶。


炎の鍵、接続破壊。


そして最後に、赤い文字が刻まれた。


シェルミアが息を呑む。


「百階層の受け入れ条件を変更……」


「何に変わった?」


ゼラスが尋ねる。


シェルミアは、次に現れた一文を読み上げた。


「炎の鍵を排除し、風の器のみを回収する」




百階層は、ゼラスを敵として認識した。

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