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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第三章 グラン・ラビリス編
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第五十五話 追うべきもの


壁を隔てた向こう側から、ミテイの足音が遠ざかっていく。


四人の前にも、別の通路が開いていた。


二本の道は互いに反対へ曲がり、霧の中へ消えている。


「追わなくていいの?」


リズナが壁の向こうへ風を伸ばす。


ミテイの反応はまだ捉えられる。


だが、迷宮が作った灰色の道を進んでいるためか、その位置は絶えず揺れていた。


「追っても、また別の道へ逃げられるだけだよ」


シェルミアは記録板へ二つの経路を書き込んだ。


「それに、私たちがここへ来た目的は、ミテイを捕まえることじゃない」


「外側の門と、あの白い声ね」


リュミエラが静かに続ける。


「なぜゼラスが炎の鍵と呼ばれ、リズナちゃんが風の器として狙われたのか。その理由を調べるために、百階層を目指している」


ゼラスは壁の向こうから視線を外した。


「あいつを追うことに時間を使えば、また目的から外れる」


「分かってるけど……」


リズナは少しだけ言葉を濁した。


白いものだった頃のミテイは、何度も四人を襲った。


姿や声を盗み、迷宮の記録を利用して先回りした。


それでも、名前と自分の体を得た今の姿を見ていると、単純に敵として切り捨てにくくなっている。


ゼラスが、自分より少し高い位置にあるリズナの顔を見る。


「迷ったままでも進める」


「え?」


「敵かどうか、今決める必要はない」


「……そうね」


「次に襲ってきたら斬るがな」


「そこは迷わないのね」


「襲われてから迷う方が危険だろ」


シェルミアが記録板を閉じる。


「ミテイのことは、経路が重なった時に確かめよう。今は百階層へ向かう」


リュミエラが四人の前に現れた通路へ術式を伸ばした。


「こちらは下へ続いているわ。魔力の流れも、迷宮の中心へ向かっているようね」


「階層を下りる道?」


リズナが尋ねる。


「おそらくは」


シェルミアが入口の上に浮かぶ文字を確認する。


「第七十五階層への経路で間違いないよ」


「今度は七十三階層みたいに長くないといいんだけど」


リズナが呟く。


「七十四階層は、思ったより短かったね」


「短かったというより、ミテイが道を作ったせいで途中を飛ばした可能性もあるよ」


「それ、帰り道は大丈夫なんですか?」


「今から心配しても仕方ないね」


「シェルミアさん、時々ゼラスと同じこと言いますよね」


「合理的な結論は似るものだよ」


「俺を巻き込むな」


四人は、灰色の道へ足を踏み入れた。




第七十五階層は、細い石柱が林立する場所だった。


天井まで届く柱が無数に並び、真っ直ぐ進める道はない。


柱の隙間には、黒い蔦のような魔物が潜んでいた。


四人の魔力を感じると、石へ擬態していた表面を剥がし、一斉に襲いかかってくる。


「右から三本!」


リズナの声に合わせ、ゼラスが剣を振るう。


正面から伸びてきた二本をまとめて斬り落とし、残る一本を炎で焼いた。


切断された蔦は石床の上で跳ね回る。


シェルミアの短剣が根元へ突き刺さり、その動きを止めた。


「柱そのものに寄生してるね」


「全部調べるつもりですか?」


リズナが尋ねた直後、柱の上部から十数本の黒い蔦が垂れ下がった。


「上から来る!」


リズナがシルフィードを振り上げる。


刃から放たれた風が、薄い弧を描いて柱の間を走った。


最前列の蔦が切断される。


風刃はそのまま軌道を曲げ、続く二本、三本をまとめて斬り裂いた。


切れた蔦が石床へ落ち、激しくのたうつ。


「まだ根元が生きてるよ!」


シェルミアが柱の裏側を示す。


リズナは足元へ風を集め、一気に距離を詰めた。


左右から黒い蔦が襲いかかる。


シルフィードを横へ薙ぐ。


剣の斬撃へ重なった風が間合いを伸ばし、近づく前に蔦を両断した。


「そこね!」


露出した根元へ、細く絞った風を放つ。


圧縮された風刃が黒い塊の中央へ食い込み、硬い表皮ごと深く切り裂いた。


蔦の動きが一瞬止まる。


ゼラスの炎が傷口へ入り込み、内側から本体を焼いた。


リュミエラの術式が逃げ道を塞ぎ、最後にシェルミアの短剣が核を貫く。


柱を覆っていた蔦が、一斉に力を失った。


「これが本体だね」


シェルミアが短剣を抜く。


「最初から本体だけ狙えなかったのか?」


ゼラスが尋ねる。


「見つけるために戦ってたんだよ」


「遠回りだな」


「探索っていうのは、そういうものだよ」


シェルミアは根元の形を手早く記録し、すぐに立ち上がった。


以前なら、もう少し長く調べていただろう。


それでも今は、迷宮の奥へ進むことを優先している。


リズナが僅かに笑う。


「ちゃんと急いでるんですね」


「私だって目的は忘れてないよ」


「少し安心しました」


「少しなんだ」


リュミエラの術式が周囲の柱へ薄く広がる。


魔力に反応して動く蔦だけが、紫色の光に縁取られた。


「左の列を進みましょう。あちらには少ないわ」


「最初からそれをしてくださいよ」


「リズナちゃんが感知できていたから、必要ないと思っていたの」


「できるけど、数が多いんです!」


ゼラスが先頭へ出る。


「話している間にも集まってるぞ」


紫色の光に縁取られた蔦が、柱の陰から次々と姿を現す。


リズナはシルフィードを握り直した。


「分かってるわよ!」


二度、剣を振るう。


交差する風刃が柱の間を駆け抜け、進路を塞いでいた蔦をまとめて切り払った。


四人はその隙間を抜け、柱の森を進んでいく。


背後で生き残った蔦が追い縋ろうとする。


振り返ったリズナが剣先を向けた。


細い風の刃が根元だけを正確に断ち切る。


追ってきた蔦は、四人へ届く前に石床へ崩れ落ちた。


柱の森を抜けると、第七十六階層へ続く下り坂が現れた。




第七十六階層は、浅い水で満たされていた。


足首ほどの深さしかない。


だが、ゼラスが水面へ足を乗せた瞬間、僅かに眉を寄せた。


「どうしたの?」


リズナが尋ねる。


「水か」


「見れば分かるわよ」


「俺は水魔法が使えない」


「ただ歩くだけでしょ?」


「ああ。だから問題ない」


「じゃあ、何で止まったのよ」


「確認しただけだ」


リュミエラが口元へ手を添える。


「ゼラスにも、苦手なものを見ると一度止まる癖があるのね」


「苦手ではない。使えないだけだ」


「同じようなものでしょ」


「違う」


水面の下には、細い銀色の魚が群れていた。


近づく者の魔力を吸い、体内で光へ変える魔物だった。


リズナが水面の上へ風を走らせる。


薄い風の刃が魚の群れの進路を切り分け、四人の通る場所だけを空けていく。


近づこうとした一匹が水面から跳ねた。


リズナが指先を払う。


細い風刃が魚の軌道を外し、離れた水面へ叩き落とした。


リュミエラが魔力の薄い足場を作り、シェルミアが安全な経路を選ぶ。


ゼラスだけは普通に水の中を歩いている。


「足場、使わないの?」


リズナが尋ねる。


「歩けるからな」


「靴、濡れるわよ」


「乾かせる」


ゼラスの足元から、ごく小さな炎が広がる。


触れた水だけが蒸気へ変わった。


「水魔法は使えないのに、そういう解決なのね」


「使えるもので対処すればいい」


「ほんと力任せ」


「飛ぶよりは燃費がいい」


リズナが吹き出す。


「まだ気にしてたの?」


「事実を言っただけだ」


水の階層を越え、第七十七階層へ。


そこでは壁から現れた石の兵士たちを退けた。


正面から迫る槍をゼラスが受け流す。


リズナの風刃が、背後から接近していた二体の首元を同時に切り裂いた。


石の頭部が床へ落ちる。


残る兵士はリュミエラの術式で動きを封じられ、シェルミアが胸部の核を砕いた。


続く第七十八階層は、ひび割れた黒い回廊だった。


魔物の姿は少ない。


代わりに、壁の奥から低い音が一定の間隔で響いている。


リズナが足を止めた。


「待って」


「何か感じた?」


シェルミアが尋ねる。


リズナは風晶石へ手を添え、回廊全体へ細い風を流す。


壁。


床。


天井。


その奥を巡る魔力。


今までの階層とは違う流れが、さらに下から上がってきていた。


「知ってる魔力があります」


「誰の?」


「誰の、というより……」


リズナはゼラスを見る。


「外側の門で感じた流れに似てる」


四人の表情が変わる。


リュミエラが壁へ手を触れた。


紫色の術式が、黒い石の奥へ染み込んでいく。


「確かに似ているわ」


「白いものの魔力か?」


ゼラスが尋ねる。


「いいえ。ミテイが使っていたものとも違う」


リュミエラは目を閉じたまま答える。


「もっと大きな流れよ。あの白い声が、外側の門を通して二人へ触れた時と同じ性質がある」


「百階層から来ているの?」


リズナが尋ねる。


「方向だけなら、さらに下ね」


シェルミアは回廊の先へ記録板を向けた。


「追える?」


「この階層ではね」


リズナが風の向きを確かめる。


「奥へ続いています」


四人は歩調を速めた。




回廊の最深部には、閉じた石門があった。


表面には二つの紋様が刻まれている。


一つは、燃え上がる炎。


もう一つは、渦を巻く風。


ゼラスとリズナが同時に足を止めた。


第七十二階層の門。


迷宮の隠し部屋。


そして、白いものが追い続けていた二つの魔力。


これまで何度も見てきた組み合わせだった。


石門の中央へ、古い文字が浮かび上がる。


シェルミアが読み取った。


「炎は道を開く鍵」


次の文字。


「風は、開かれた道を保つ器」


リズナの指先が僅かに強張った。


「やっぱり、私たちのこと……?」


「まだ断定はできない」


ゼラスが二つの紋様を見つめる。


「だが、偶然ではないな」


リュミエラが門の術式を調べる。


「この先から、外側の門と同じ流れが来ているわ」


「なら、開ける?」


シェルミアが尋ねる。


「今までの扉とは違う。二人の魔力を要求しているようね」


リズナが炎の紋様を見る。


「ゼラスが鍵で、私が器……」


「言葉どおりに従う必要はない」


ゼラスが言う。


リズナが彼へ視線を落とす。


「どういう意味?」


「誰かが俺たちへ押しつけた役割だ。開けるにしても、言われたとおりに使われるつもりはない」


「そうね」


リズナはシルフィードを握り直した。


「理由を調べに来たんだもの。言うことを聞きに来たわけじゃない」


「ええ」


リュミエラが微笑む。


「ようやく、本来追うべきものへ戻ってきたわね」


シェルミアは門の文字を記録板へ写し終え、二人を見る。


「開ける前に、仕組みを調べよう。今度は相手の思いどおりには動かない」


その時、門の向こうから声が響いた。


白いものが借りていた声ではない。


ミテイのものでもない。


遠く、深い場所から直接届くような声だった。


『炎の鍵を確認』


炎の紋様が赤く光る。


続いて、風の紋様へ淡い緑色の光が走った。


『風の器を確認』


リズナが風を広げる。


「門の向こうに、何かいます」


「どれくらい先だ?」


「分からない。近くにも、ずっと下にも感じます」


最後に、石門の中央へ一つの目が浮かび上がった。


白く濁った瞳が開き、ゼラスとリズナを見つめる。


『二つは、百階層へ到達する』




二人を選んだ声は、百階層で待っていた。

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