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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第三章 グラン・ラビリス編
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第四十四話 代わりに進む者



迷宮の壁から、四人の体がゆっくりと抜け出してくる。


ゼラス。


リュミエラ。


シェルミア。


リズナ。


姿だけではない。


呼吸も、衣服の擦れる音も、体内を巡る魔力まで本人たちとよく似ていた。


壁から完全に離れた四人は、現実の四人と向かい合う。


偽物のシェルミアが、記録板を模した白い板へ目を落とした。


『ここから先は、私たちが代わりに進む』


「代わりにって、どういう意味?」


本物のシェルミアが尋ねる。


偽物は僅かに首を傾げた。


『記録は残った』


続いて、偽物のリュミエラが口を開く。


『声も、姿も、魔力も残ったわ』


白いゼラスが剣を構えた。


『だから、本体は必要ない』


リズナの表情が引きつる。


「必要ないって、私たちのこと?」


『私たちのこと?』


偽物のリズナが同じ声で返した。


直後、四人の偽物が一斉に動いた。


「来るよ!」


シェルミアの声が響く。


白いゼラスが床を蹴り、本物へ斬りかかる。


同時に、偽物のリズナが風をまとって側面へ回り込んだ。


白いリュミエラの術式が床へ広がり、白いシェルミアは後方から四人の動きを見渡している。


これまでの戦いで作り上げた、四人の配置だった。


ゼラスが偽物の剣を受け止める。


甲高い音が響いた。


「動きまで俺たちのままだな」


『俺たちのままだな』


偽物は剣を押し込みながら、左手へ魔力を集める。


淡い白色の球体。


バスターブリッツを模した魔力弾だった。


「ゼラス、離れて!」


リズナが風を放つ。


だが、白いリズナも同時にシルフィードを振るった。


二つの風が衝突し、広間の中央で渦を巻く。


本物の風が押し返す。


それでも、偽物の魔力は以前より遥かに精密だった。


「私の風まで……!」


「迷宮に記録された魔力を、そのまま使っているのよ」


リュミエラが紫色の障壁を展開する。


偽物のゼラスが放った魔力弾が障壁へ激突し、淡い光を撒き散らした。


その隙に、本物のゼラスが偽物の懐へ踏み込む。


だが、白い剣は次の斬撃を予測していたかのように動いた。


刃がゼラスの剣を受け流す。


白いゼラスが体を入れ替え、その背後へ回り込んだ。


ゼラスは振り返らず、剣を背中側へ回す。


二本の刃が再びぶつかった。


「俺の動きを知ってるだけじゃない」


ゼラスが距離を取る。


「次に何をするかまで、記録から選んでる」


「私たちが今まで使った動きなら、先回りできるってこと?」


リズナが偽物の風を切り裂きながら尋ねる。


「そうらしいな」


『そうらしいな』


白いゼラスが踏み込む。


今度は炎をまとわせた剣が振り下ろされた。


ゼラスは半歩だけ横へ避ける。


同時に、偽物のリズナが逃げ道へ風を叩き込んだ。


二人の連携まで、本物たちがこれまで見せてきたものだった。


ゼラスは風を正面から受け、石床の上を滑る。


偽物の剣が首元へ迫った。


「ゼラス!」


リズナが助けに入ろうとする。


その前へ、白いリズナが立ち塞がった。


『ゼラス!』


偽物はリズナの声を発しながら、同じ構えで剣を振るう。


シルフィードと白い刃が衝突した。


「私の声で呼ばないで!」


『私の声で呼ばないで!』


「腹立つ!」


リズナが風の出力を上げる。


白いリズナも、ほぼ同時に風を強めた。


互いの刃が押し合い、周囲の石床へ細い傷を刻む。


少し離れた場所では、二人のリュミエラが術式を重ねていた。


紫と白。


二つの魔力の帯が絡み合い、互いの構造を崩そうと形を変え続けている。


「私の術式まで、随分正確に写したものね」


『随分正確に写したものね』


「でも、あなたには目的がないわ」


偽物の動きが一瞬だけ止まった。


リュミエラはその隙を逃さない。


紫色の術式を細く分け、白い帯の間へ滑り込ませた。


偽物の構造が内側から崩れる。


白いリュミエラの両腕が、肘から先だけ液体のように溶けた。


『目的がないわ』


崩れた腕を見下ろし、偽物が繰り返す。


「そう。形は同じでも、何を守るために使うかまでは記録されていない」


リュミエラが指を閉じた。


紫色の帯が白い体を締め上げる。


だが、壁から魔力が流れ込み、失われた腕が再び形を作り始めた。


「また再生するわ!」


「接続を探してる!」


シェルミアは偽物の自分と向かい合いながら、床と壁を観察していた。


白いシェルミアは攻撃してこない。


本物と同じように後方へ立ち、戦況を見渡している。


『ゼラスは正面。リズナは左から回って』


偽物が指示を出す。


白いゼラスと白いリズナが即座に動いた。


『リュミエラは拘束を維持して』


白いリュミエラの術式が、本物の足元へ伸びる。


「指示まで私の真似か」


シェルミアが記録板を閉じた。


「でも、少し違うね」


『少し違うね』


「私なら、同じ動きを続けさせない」


本物のシェルミアが床を蹴った。


偽物ではなく、白いゼラスへ向かって走る。


白いシェルミアの表情が初めて動いた。


『後方で全体を見る』


「それは今までの私だよ」


シェルミアは偽物のゼラスが踏み込む位置へ短剣を投げた。


白いゼラスは避ける。


その動きによって、リズナへ向かっていた風との連携が僅かに崩れた。


「今!」


本物のゼラスが白い剣を跳ね上げる。


無防備になった偽物の胸へ蹴りを叩き込んだ。


白い体が後方へ吹き飛ぶ。


同時に、リズナは偽物の自分から力を抜いた。


押し合っていた二本の剣が、本物の側へ大きく傾く。


白いリズナが勢いのまま踏み込んだ。


リズナは足元へ風を集め、偽物の頭上を飛び越える。


「同じ力で押し返すだけが、私の戦い方じゃないのよ!」


背後へ着地し、白いリズナの脚を斬り払った。


偽物が床へ倒れる。


白い風が乱れ、周囲へ散った。


偽物たちは、これまで見せた動きには強い。


だが、記録にない判断へ切り替えた瞬間、対応が僅かに遅れる。


「相手を入れ替えるぞ」


ゼラスが言った。


「ああ」


リュミエラが白いゼラスへ術式を放つ。


リズナは偽物のリュミエラへ風を向けた。


ゼラスが狙うのは、白いリズナ。


シェルミアは自分の偽物から目を離さず、壁際へ走る。


四人の配置が、一瞬で入れ替わった。


白いシェルミアが記録板へ視線を落とす。


『ゼラスは正面』


白いゼラスがリュミエラへ剣を振るう。


だが、リュミエラはゼラスの踏み込み方をよく知っていた。


剣が届く直前、紫色の術式を足元へ滑り込ませる。


白いゼラスの軸足が止まった。


「昔から、そこへ力を入れる癖は変わらないわね」


『変わらないわね』


「本人なら、もう対処しているけれど」


リュミエラの障壁が横からぶつかり、白いゼラスを柱へ叩きつけた。


ゼラスは偽物のリズナへ踏み込む。


白い風が剣の軌道を逸らそうとする。


だが、ゼラスは刃へ炎をまとわせず、そのまま手を離した。


片刃の剣が風に流され、偽物の視線もそちらへ向く。


ゼラスは空いた右手で白いリズナの手首を掴んだ。


体を引き寄せ、肩から石床へ叩きつける。


「剣だけ見てるからだ」


『剣だけ見てるからだ』


白いリズナの顔が石床へ触れ、輪郭が大きく歪んだ。


「ちょっと、私の顔を雑に扱わないでよ!」


本物のリズナが叫ぶ。


「偽物だろ」


「分かってるけど!」


リズナは偽物のリュミエラが作った術式へ風を流し込んだ。


複雑に重なった白い線の隙間へ、細い風を通していく。


外から破壊するのではなく、術式の内側にある流れを乱す。


白いリュミエラの障壁が音を立てて崩れた。


「リュミエラさんみたいに解析はできないけど、魔力が流れてる場所なら分かる!」


白いリュミエラの胸元へシルフィードを突き入れる。


風が体内を走り、白い魔力の循環を吹き散らした。


三体の偽物が、ほぼ同時に床へ倒れる。


それでも、白いシェルミアだけは動かなかった。


偽物は戦況を見渡した後、壁へ手を触れる。


『組み合わせを変更する』


倒れた三体へ、壁から大量の魔力が流れ込んだ。


「させない!」


シェルミアが白い自分へ飛びかかる。


偽物も短剣を抜いた。


二本の刃が触れる。


力はほぼ同じ。


動きも、間合いの取り方も同じだった。


「私を倒しても、供給は止まらないよ」


『供給は止まらないよ』


「でも、あなたは私と同じものを見てる」


シェルミアが短剣を押し込みながら、偽物の視線を追う。


壁。


床。


倒れた三体。


白い魔力は、壁に刻まれた四つの顔から伸びていた。


ゼラス。


リュミエラ。


リズナ。


シェルミア。


だが、それぞれの体へ直接つながっているわけではない。


四本の線は一度、偽物のシェルミアの足元へ集まっている。


そこから分かれ、残る三体へ送られていた。


「見つけた!」


シェルミアが叫ぶ。


「全部の供給が、私の偽物を通ってる!」


白いシェルミアの口元が動く。


『見つけた』


偽物が短剣を引き、後方へ逃れようとする。


本物のシェルミアは手を離さなかった。


刃を掴む白い手へ自分の短剣を絡ませ、動きを止める。


「リュミエラ!」


「ええ!」


紫色の術式が、白いシェルミアの足元へ展開された。


床から伸びる四本の線をまとめて囲む。


偽物のリュミエラが起き上がろうとする。


リズナが風で押さえ込んだ。


白いゼラスの左手へ魔力弾が生まれる。


ゼラスが蹴り上げた剣を右手で掴み、その腕を斬り落とした。


「切るわよ!」


リュミエラが術式を閉じる。


四本の白い線が、同時に引きちぎられた。


偽物たちの動きが止まる。


白いゼラス。


白いリュミエラ。


白いリズナ。


そして、白いシェルミア。


四人の輪郭が、崩れ始めた。


『本体は必要ない』


白いリュミエラが呟く。


『記録は残った』


白いシェルミアが続ける。


白いリズナが、現実のリズナへ顔を向けた。


『ウンコ』


一瞬の沈黙。


「それを最後に選ぶな!」


リズナが叫ぶ。


ゼラスが僅かに視線を逸らした。


「記録には残ってたらしいな」


「誰のせいよ!」


白いゼラスの口元が、僅かに持ち上がる。


『誰のせいよ』


四つの体が白い液体へ変わり、石床へ崩れ落ちた。


リュミエラがすぐに封印術式を重ねる。


リズナの風が液体を一か所へ集め、ゼラスが炎で焼き切った。


白い光が細かな粒となって消える。


壁に刻まれていた四人の顔も、ゆっくりと目を閉じた。


今度こそ、広間に静寂が戻る。




「魔力の流れは?」


シェルミアが尋ねる。


リズナは広間全体へ風を巡らせた。


「消えています。壁の奥にも、動いているものはありません」


リュミエラも解析術式を伸ばす。


「接続は切れているわ。少なくとも、同じ場所から再び出てくることはないでしょうね」


「結局、あれは何だったんだ?」


ゼラスが壁へ視線を向ける。


シェルミアは偽物が立っていた場所へ膝をついた。


床に残る四本の細い溝。


それぞれが、四人の顔が刻まれていた場所から伸びている。


「白いものとは違う」


「迷宮が作ったもの?」


リズナが尋ねる。


「たぶんね」


シェルミアは溝を記録板へ写し取った。


「私たちが通った記録から、同じ姿と魔力を持つ体を作った。問題は、何のために作ったのかだよ」


「本人の代わりに、先へ進ませるためでしょうね」


リュミエラが偽物の言葉を思い返す。


「探索者が途中で死んでも、記録だけは迷宮の奥へ運ばれるのかもしれないわ」


「迷宮が、自分で探索者を作ってるってことですか?」


「まだ断定はできないよ」


シェルミアは立ち上がった。


「でも、ここに残っていた昔の顔が、死んだ人たちだけじゃない理由にはなるかもしれない。本人が地上へ戻っても、記録された体は先へ進み続けたとか」


ゼラスが眉を寄せる。


「俺の偽物も、八百年前から先へ進んでいた可能性があるのか」


「壁に残っていた青年のゼラスが、それなのかもしれないね」


「趣味が悪いな」


「それは同意するよ」


シェルミアが記録板を閉じた。


その時、広間の奥から足音が聞こえた。


四人が一斉に振り返る。


正面には、第七十四階層へ続くと思われる一本の通路がある。


足音は、その先からではなかった。


右側の壁。


分厚い石の向こうから響いている。


四人分。


足並みを揃え、遠ざかっていく音だった。


リズナが壁へ風を送る。


「向こう側に空間があります。でも、ここから通じる道はありません」


「別の経路か」


ゼラスが言う。


シェルミアは地図へ、新たな空間の位置を書き込んだ。


「私たちの偽物は、今ので全部消えたはずだよね」


「この広間にいたものはね」


リュミエラが静かに答える。


壁の向こうを歩く四人の足音は、次第に小さくなっていく。


ゼラス。


リュミエラ。


シェルミア。


リズナ。


記録された四人が、現実の四人とは別の道を先へ進んでいた。


やがて、足音が止まる。


代わりに、壁の奥からリズナの声が届いた。


『先で待ってる』




迷宮は既に、四人が選ばなかった道へ別の四人を送り出していた。

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