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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第三章 グラン・ラビリス編
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第四十話 門の役目


第七十二階層の門が、低い音を立てて開いていく。


黒い二枚扉の隙間から、冷えた空気が流れ出した。


その向こうには、下へ続く石段が見える。


シェルミアにとっては、初めて目にする第七十三階層への道。


だが、彼女は開かれた門ではなく、白い人影を見ていた。


「門から離して!」


顔のない人影が、石畳を滑るように進み始める。


その動きには、もはや人間の歩き方を真似ようとする不自然さがなかった。


最短の軌道で、開きつつある門へ向かっている。


ゼラスが正面へ回り込み、右手の剣を振り抜いた。


白い人影が片腕を上げる。


その手に、白い片刃剣が形作られた。


二本の刃がぶつかり合う。


白い剣は大きく歪んだが、折れなかった。


「退け」


ゼラスが剣を押し込む。


白い人影の顔に、ゼラスの目と口だけが浮かび上がった。


『退け』


同じ声を返しながら、空いている左手を前へ向ける。


淡い白色の球体が生まれた。


「させない!」


リズナがシルフィードを振るう。


横から叩きつけられた風が、形成途中の魔力弾を押し潰した。


白い魔力が弾け、人影の左腕ごと霧散する。


だが、残された白い体はゼラスの剣から逃れるように崩れ、石畳の上へ広がった。


液体となって二人の足元を抜け、門へ向かって流れていく。


「リュミエラ!」


「止めるわ」


紫色の術式が石畳へ展開された。


幾重もの線が白い液体を囲み、門の手前で封じ込める。


白いものは術式の内側で膨れ上がった。


シェルミア。


リュミエラ。


リズナ。


ゼラス。


四人の顔が、表面へ次々と浮かんでは消える。


『ここを開ければいいんだよ』


シェルミアの声。


『一人では、開かなかった』


リュミエラの声。


『今は五人いるんだから』


最後はリズナの声だった。


「五人目は自分ってこと?」


シェルミアが門の術式を調べながら呟く。


「私たち四人の魔力を集めて、自分が最後の一つとして流し込んだんだ」


「だが、門はもう開いている」


ゼラスが言う。


「まだ何か足りないみたいよ」


リュミエラが開いた門へ視線を向ける。


黒い扉は、既に人が通れる幅まで開いていた。


しかし、その間には半透明の白い膜が残されている。


門の中央に刻まれていた円形術式が薄く広がり、向こう側への道を塞いでいた。


石段は見える。


風も僅かに通っている。


それでも、白い膜の内側と外側は、別々の空間として切り離されていた。


「昔は、あんなものはなかった」


ゼラスが目を細める。


「ええ」


リュミエラが膜へ解析術式を重ねる。


「扉を開ける仕組みとは別物ね。後から加えられた白い術式の本体は、こちらだったようだわ」


「通れないようにするための壁?」


リズナが尋ねる。


「誰を通さないためのものかが問題ね」


封じられていた白い液体が激しく波打った。


リュミエラの術式へ細い亀裂が入る。


白いものは門の向こうだけを見ていた。


四人を襲おうとも、逃げようともしない。


膜へ近づくことだけを求めている。


シェルミアが息を呑む。


「この門、探索者を止めるために閉じられてたんじゃない」


「白いものを、下へ行かせないためか」


ゼラスが答えた。


「断定はできない。でも、あれの動きを見れば、その可能性が高いよ」


白い液体から腕が伸びた。


一本。


二本。


四本。


それぞれが四人の腕を模している。


ゼラスの左手には、淡い白色の魔力弾。


リズナの右手には、白い風をまとった剣。


リュミエラの両手には、紫色に似せた術式。


シェルミアの手には、白い短剣が握られていた。


四本の腕が、リュミエラの封印へ同時に触れる。


「破られるわ!」


「接続点を探す!」


シェルミアは記録板を門へ向けた。


白い術式の流れが、幾重にも重なって表示される。


門を開閉する本来の術式。


その上へ被せられた、白い膜を維持する術式。


さらに、偽物が流し込んでいる四人分の魔力。


線が複雑に絡み合い、急速に形を変えていた。


「白いものが膜を壊そうとしてる! 私たちの魔力を使って、内側から術式をずらしてるよ!」


「止める方法は?」


リズナが尋ねる。


「四つの流れを同時に切る! 一つでも残ったら、そこから作り直される!」


門の周囲へ、四つの白い光点が浮かび上がった。


右上。


左上。


石畳の左右。


それぞれから白いものへ魔力が流れ込んでいる。


「右上は俺がやる」


ゼラスが剣へ炎をまとわせる。


「リズナは左上。リュミエラは右下を頼む」


「左下は私が止めるよ」


シェルミアが残った短剣を抜いた。


「合図を出す。ずらさないでね」


白いものが封印を押し広げる。


紫色の線が一本ずつ切れていく。


半透明の膜にも、細い亀裂が走った。


その向こうに見える石段へ、白い指先が伸びる。


「今!」


シェルミアが叫んだ。


ゼラスが炎をまとわせた剣を振り上げる。


赤い斬撃が右上の光点を焼き切った。


同時に、リズナの風が左上へ突き刺さる。


回転する風の刃が白い術式を削り、その中心を切り裂いた。


リュミエラの紫色の魔力が右下を包み込み、接続ごと押し潰す。


シェルミアは石畳へ滑り込み、最後の光点へ短剣を突き立てた。


四つの流れが同時に途切れる。


白いものの腕が崩れた。


四人の顔が歪み、声にならない音を発する。


「今度は逃がすな!」


ゼラスが踏み込んだ。


剣を白い液体の中心へ突き立て、刀身から炎を流し込む。


赤い火が内側から広がった。


白いものが膨れ上がる。


リズナもシルフィードを石畳へ向けた。


「ゼラス、そのまま押さえて!」


風が白い液体の周囲を回り始める。


広がろうとする体を中心へ押し戻し、ゼラスの炎から逃げる道を塞いでいく。


白いものが、四人の声をばらばらに放った。


『熱い!』


『離して!』


『退け!』


『こっちが正しいよ!』


声は重なり、次第に誰のものとも判別できなくなる。


リュミエラが両手を閉じた。


紫色の術式が縮まり、白いものを炎ごと封じ込める。


「このまま焼き切るわ!」


「ああ」


ゼラスがさらに魔力を流し込んだ。


炎が白から赤へ、赤から眩い白へ変わっていく。


白いものの体が細かな光へ崩れ始めた。


その時、門を塞ぐ膜の亀裂が大きく開いた。


指一本ほどの隙間。


崩れかけた白い体から、小さな欠片が飛び出す。


「抜けた!」


リズナが風を放つ。


だが、欠片は風を受ける直前に薄く変形した。


紙のような形となって風の隙間を抜け、開いた亀裂へ飛び込む。


半透明の膜を越えた瞬間、白い欠片は元の形へ戻った。


石段へ落ちる。


一度だけ跳ね、そのまま暗い下層へ転がっていった。


ゼラスが剣を引き抜く。


残された白いものは、リュミエラの封印の中で完全に焼け落ちた。


声も、呼吸も消える。


だが、門の向こうへ抜けた欠片の気配は、まだ残っていた。


「追わないと」


シェルミアが石段を見る。


「この門があれを止めるためのものだったなら、下へ行かせるのは危険だよ」


「だが、この膜を通れるのか?」


ゼラスが尋ねる。


リュミエラは亀裂へ魔力を近づけた。


「本来の術式から切り離され始めているわ。白いものが無理に開いたせいね」


膜の表面を走る白い線が、一本ずつ消えていく。


完全に消滅するまで、それほど時間はかからない。


「修復は?」


シェルミアが尋ねる。


「今すぐには無理よ。構造を調べる時間が必要だわ」


「その間に、欠片は先へ行く」


リズナは暗い石段へ風を送った。


微かな白い魔力が、下へ移動している。


速くはない。


だが、確実に遠ざかっていた。


「追いつけます」


「なら、行くしかないね」


シェルミアは開かれた門を見上げた。


何度訪れても、決して開かなかった道。


その先は、彼女の地図にも、管理所の記録にも存在しない。


抑え切れない熱が瞳へ浮かぶ。


しかし、すぐに表情を引き締めた。


「未知の階層だよ。ここまでの記録は、もう当てにできない。進路は私が見るけど、見つけたものを正しいと思い込まないで」


「分かりました」


「白いものは、私たちより先に入ってる。声も姿も魔力も信用しない」


「ああ」


ゼラスは石段へ足を踏み入れた。


膜の亀裂が少年の体へ触れる。


白い線が指輪へ反応したものの、押し戻されることはなかった。


ゼラスが通り抜ける。


続いてリズナ。


リュミエラ。


最後にシェルミアが門の向こうへ踏み込んだ。


彼女が第七十三階層へ足を下ろした瞬間、背後で大きな音が響いた。


白い膜が砕け散る。


光の破片が宙へ舞い、霧のように消えていった。


同時に、開かれていた黒い扉が動き始める。


「閉まるよ!」


四人が石段を駆け下りる。


巨大な扉がゆっくりと閉じ、最後の光を遮った。


重い衝突音が響く。


第七十三階層は、完全な暗闇に包まれた。


リュミエラが小さな魔法灯を浮かべる。


淡い光が、下へ続く石段を照らした。


壁に刻まれた文字。


苔のない床。


長い間、誰も通っていないはずの道。


その中央に、白い欠片が落ちていた。


「追いついた?」


リズナがシルフィードを構える。


欠片は動かない。


ゼラスが慎重に近づく。


あと三歩というところで、白い欠片の表面に細い亀裂が入った。


中から現れたのは、長い五本の指だった。


白い指は石段へ触れると、欠片から体を引き出すように伸びていく。


腕。


肩。


頭。


第七十二階層で倒したはずの白い人影が、再び形を作り始めた。


だが、その顔は四人の誰のものでもなかった。


知らない男の顔。


知らない女の顔。


老人。


子供。


幾つもの顔が、白い頭部の上へ次々と浮かび上がる。


ゼラスの表情が変わった。


「こいつらは……」


「知ってるの?」


リズナが尋ねる。


「ああ」


白いものに浮かんだ顔の中には、八百年前にこの迷宮で命を落とした探索者がいた。


ゼラスが、かつて第七十三階層より先で見た者たちだった。




白いものは、四人だけを真似していたのではなかった。

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