↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/384

第二百二話 魔皇との謁見



翌朝。


カイルたちは宿の前で待機していた。


約束の時刻になると、魔皇城から一台の馬車と数名の近衛兵が現れる。


「勇者カイル=レイヴァンと、その同行者だな」


「ああ」


「魔皇陛下の許可は下りている。これより城へご案内する」


四人は馬車へ乗り込んだ。


大通りを進み、やがて魔皇城へと続く坂道へ入る。


近づくにつれ、城の規模の大きさが否応なく実感された。


高くそびえる城壁。


幾重にも設けられた門。


上空を巡回する飛空艇。


至る所に魔皇軍の兵士が配置されている。


バルドが窓の外を見ながら小声で言った。


「ここを正面突破しろって言われたら、俺は帰るぞ」


「今さら?」


エレナが呆れたように返す。


「今だから言ってんだよ」


カイルは二人の会話を聞きながら、城の奥へと視線を向けていた。


城門を抜けると、四人は一度馬車を降ろされた。


待機していた近衛兵が告げる。


「ここから先へ武器の持ち込みは認められない」


カイルは腰の聖剣に目を落とす。


想定していたことではあった。


それでも実際に手放すとなると、わずかな抵抗が残る。


カイルは鞘ごと剣を外し、兵士へ差し出した。


「預かる」


バルドも剣と盾を置く。


エレナは攻撃用の魔道具を。


シアも戦闘用の触媒を預けた。


「返却は謁見終了後となる」


「分かった」


四人は完全に武装を解除された。


そのまま城内へと進む。


長い廊下を進み、大扉の前で近衛兵が足を止めた。


「この先が謁見の間だ」


カイルの喉がわずかに鳴る。


ここまで来た。


勇者として。


魔皇を討つために。


しかし。


今の自分が何を語るべきか。


まだ明確な答えは出ていなかった。


扉が開かれる。


広大な謁見の間。


左右には魔皇軍の兵士たちが整然と並んでいる。


さらにその奥。


玉座に、一人の男が座していた。


魔皇。


カイルたちは即座に理解した。


過剰な魔力を放っているわけではない。


威圧しているわけでもない。


それでも。


そこに存在するだけで空気が変わる。


バルドの表情から軽薄さが消えた。


エレナも無意識に呼吸を整える。


シアは静かに魔皇を見据えていた。


カイルは前へ進み、定められた位置で足を止める。


近衛兵が告げる。


「アルセリア王国より参りました勇者カイル=レイヴァンおよび、その同行者三名でございます」


魔皇の視線が四人へ向けられる。


「遠路、よく来た」


低く落ち着いた声だった。


カイルが顔を上げる。


「あなたが……魔皇」


周囲の兵士の視線がわずかに鋭くなる。


しかし魔皇は動じない。


「そうだ」


「俺はカイル=レイヴァン。アルセリア王国の勇者だ」


「聞いている」


魔皇は静かに続けた。


「そして、私を討つために来たこともな」


「……ああ」


謁見の間に緊張が走る。


それでも、誰も動かない。


魔皇はカイルを見据えた。


「ならば問おう」


「何を?」


「なぜ私を討つ?」


カイルの目がわずかに揺れる。


ゼラスにも似た問いを投げかけられた。


あの時は、答えを出せなかった。


「魔族を統べる魔皇は、人間にとって脅威だと教えられてきた」


「それで?」


「……魔族との戦争で多くの人間が命を落とした。過去には人間の国が滅んだ例もある」


「事実だ」


魔皇は否定しなかった。


四人の表情がわずかに変わる。


「ただし」


魔皇が続ける。


「人間によって滅ぼされた魔族の集落もある。魔族が始めた戦もあれば、人間が始めた戦もある」


カイルは沈黙する。


「長い歴史の中で、双方が血を流してきた。それを否定するつもりはない」


「なら……」


カイルが口を開く。


「あなたは、人間をどう見ている?」


謁見の間の兵士がわずかに反応した。


勇者が魔皇へ向けるには、あまりに率直な問いだった。


魔皇は一瞬だけ思案する。


「人間は人間だ」


「……それだけですか?」


「魔族にも善人と悪人がいる。人間にもいる。それ以上に何を語れという」


カイルは言葉を失った。


あまりにも単純だった。


しかし。


ここまでの道のりを経た今、その言葉の重みは理解できる。


ドーガ。


街の人々。


食堂の店主。


冒険者。


兵士。


魔族という一括りでは語れない存在が確かにいた。


エレナが一歩前へ出る。


「では、魔皇陛下」


言い慣れない呼称にわずかに間を置く。


「人間側へ侵攻する意思はないのですか?」


「現時点で、大規模な侵攻を命じてはいない」


「現時点?」


「未来永劫、いかなる状況でも戦争をしないと約束せよと言われても不可能だ。人間の王も同じだろう」


エレナは沈黙した。


事実だった。


「国境で争いが起きれば軍を動かすこともある。民が攻撃されれば反撃もする」


魔皇の視線が四人を順に捉える。


「だが、人間であるという理由だけで滅ぼすつもりはない」


カイルの胸に新たな疑問が浮かぶ。


「では、なぜ……」


「何だ?」


「なぜ俺たちは、魔皇は人類の敵だと教えられてきたんだ」


魔皇はしばし沈黙した。


そして。


「それを私に問うのか?」


カイルが言葉を詰まらせる。


「……」


「人間が人間に何を教えているかまで、私が関与することはできん」


「それは……そうですが」


「ただし」


魔皇は玉座の肘掛けに片腕を置いた。


「勇者が私を討ちに来る理由は、昔から大きくは変わらん」


「昔から?」


「お前が最初ではない」


やはり。


ゼラスの話と一致する。


バルドが思わず尋ねる。


「これまでに何人くらい来たんですか?」


「数えてはいない」


「ゼラスと同じことを……」


思わず漏れた言葉に、エレナがバルドの脇腹を小突いた。


魔皇の眉がわずかに動く。


「ゼラスに会ったようだな」


カイルが驚く。


「知っているのか?」


「報告は受けている」


それだけだった。


ゼラス本人がここに呼ばれているわけではない。


魔皇領内で勇者とSSランク冒険者が交戦すれば、報告が上がる。それだけのことだ。


「彼は……あなたの部下ではないのか?」


「違う」


魔皇は即答した。


「現在のゼラスに軍籍はない」


カイルは瞬きをする。


ゼラス本人からも同様の話は聞いていた。


しかし魔皇の口から聞くと、より現実味を帯びて感じられた。


「それでも、あなたを陛下と呼んでいました」


「旧知の間柄だ」


それ以上、魔皇は語らなかった。


短い沈黙の後、魔皇がカイルを見据える。


「さて」


空気が変わる。


「今度はこちらから問おう」


カイルは姿勢を正した。


「お前は私を討つためにここへ来た」


「ああ」


「城に入る前に武器を預けたとしても、意思まで預けたわけではあるまい」


魔皇の目が細められる。


「私を見た」


カイルは沈黙する。


「この国も見ただろう」


「……見ました」


「その上で」


魔皇は真っ直ぐに問う。


「それでも、お前は私を討つのか?」


誰も口を挟まない。


バルドも。


エレナも。


シアも。


カイルの答えを待っている。


カイルは自らの右手を見る。


そこに聖剣はない。


しかし。


もし今返されたとして、自分は抜けるのか。


魔皇を見る。


人間を滅ぼす怪物ではなかった。


問答無用で襲いかかる存在でもない。


むしろ。


ここまで見てきた者たちと同じように、対話をしている。


「……分かりません」


カイルは答えた。


謁見の間にわずかなざわめきが走る。


魔皇は表情を変えない。


「王からの命令は、あなたを討つことでした」


カイルは続ける。


「その時は、それが正しいと思っていました」


ドーガの言葉。


ゼラスの言葉。


ここまで見てきた現実。


それらが頭の中で交錯する。


「しかし今は」


カイルは魔皇を見据えた。


「少なくとも、何も知らずに剣を向けることが正義だとは思えません」


魔皇は静かに聞いていた。


「だから……今の俺は、あなたに剣を向けられません」


バルドが小さく息を吐く。


エレナはわずかに微笑む。


シアは目を伏せた。


魔皇はしばらくカイルを見つめた後、静かに言った。


「そうか」


「それでいい」


カイルが目を見開く。


「……それでいいのですか?」


「何がだ?」


「俺は勇者です」


「知っている」


「あなたを討つ命令を受けてここへ来ました」


「それも知っている」


魔皇の表情は変わらない。


「それでも、自ら見て、自ら考えた末に剣を抜かないと決めたのだろう」


「ああ」


「ならば、それがお前の答えだ」


カイルは言葉を失った。


やがて魔皇は近衛へ視線を向ける。


「彼らの武器を返還せよ」


近衛兵がわずかに動揺する。


「陛下」


「構わん」


「しかし――」


「ここまで武装を解いて対話を行った者を、帰路のみ疑う必要はない」


近衛兵は一礼した。


「承知いたしました」


カイルが魔皇を見る。


「俺たちを帰すのですか?」


「帰りたければな」


「……捕虜には?」


「何の罪がある?」


また同じだった。


魔皇領に入ってから何度も触れた価値観。


勇者だから。


人間だから。


魔皇を討つと言ったから。


それだけでは裁かない。


実際に何をしたか。


それを基準とする。


カイルはようやく、この国の在り方をわずかに理解し始めていた。


「ただし」


魔皇が続ける。


「アルセリアへ戻るなら、一つ伝えよ」


カイルの表情が引き締まる。


「何を?」


「私は人間との戦争を望んではいない」


謁見の間が静まり返る。


「だが、勇者を送り続けられることを歓迎しているわけでもない」


「……」


「次も必ず、お前のように対話が成立するとは限らん」


カイルはゆっくりと頷いた。


「必ず伝えます」


「頼む」


それは命令ではなかった。


脅しでもない。


ただ、一国の統治者としての言葉だった。


謁見を終え、四人は城の廊下を歩いていた。


預けていた武器はすべて返却されている。


カイルの腰には再び聖剣があった。


しかしその重みは、以前とはわずかに異なって感じられた。


バルドが隣を歩きながら口を開く。


「……どうするんだ?」


「何がだ?」


「これから」


カイルはすぐには答えなかった。


エレナが言う。


「アルセリアに戻るしかないでしょ」


「魔皇討伐失敗、って報告するのか?」


「違うでしょ」


カイルは足を止めた。


三人が振り返る。


「討てなかったんじゃない」


カイルは聖剣に手を添える。


「討たなかったんだ」


しばし沈黙が落ちる。


やがてバルドが苦笑した。


「王様、絶対怒るぞ」


「だろうな」


「最悪、全員牢屋行きかもね」


エレナも小さく笑う。


シアだけが静かに言った。


「それでも、戻って伝えなければなりません」


「ああ」


カイルは頷いた。


人間側が知る魔族領。


そして実際に見た魔族領。


その間には、確かな隔たりがあった。


勇者として帰還する以上。


今度はそれを伝える番だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。