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第二百一話 皇都ヴェルグラント



皇都ヴェルグラント。


丘の上から見えていた城壁は、近づくほどその巨大さを増していった。


街道はそのまま南門へ続き、門前には何台もの荷馬車や旅人が列を作っている。


カイルたちも最後尾へ馬を進めた。


「思ったより普通に並ぶんだな」


バルドが前を見る。


「勇者だからって特別扱いされたいの?」


エレナが返す。


「そういう意味じゃねえよ」


やがて四人の番が来た。


門を守る兵士は証明書を受け取ると、カイルの名前を見てすぐに顔を上げた。


「カイル=レイヴァン」


「ああ」


「アルセリア王国の勇者だな」


「報告が来ているのか?」


「来ている」


兵士は証明書を返した。


その周囲では別の兵士たちが、四人の装備や荷物を確認している。


警戒されている。


当然だった。


「皇都内では許可なく武器を抜くな。魔法も同様だ」


「分かった」


「お前たちには監視が付く」


バルドが眉を上げた。


「やっぱり付くのか」


「魔皇陛下を討つと公言している人間を、完全に自由に歩かせると思うか?」


「……そりゃそうだ」


むしろ今までが自由すぎたのかもしれない。


兵士はカイルを見る。


「皇都へ入ること自体は認める。ただし、魔皇城へ無断で入ることはできない」


「謁見を申し込みたい」


その言葉に、兵士の目が僅かに細くなった。


「魔皇陛下に?」


「ああ」


「討つためにか?」


カイルはすぐには答えなかった。


以前なら迷わなかった問いだった。


「……話をしたい」


兵士の表情が変わる。


「話?」


「魔皇が何を考えているのか、自分で聞きたい」


「討伐は?」


「その後で決める」


後ろでバルドが小さく息を吐いた。


兵士はしばらくカイルを見ていたが、やがて門の内側にいる別の兵へ声をかけた。


「城へ連絡を入れろ。アルセリアの勇者が謁見を希望している」


「了解」


「返答があるまでは皇都で待て」


カイルは頷いた。


「分かった」


「それと」


兵士が改めて念を押す。


「ここには何十万もの民が暮らしている。お前たちの目的が何であろうと、彼らには関係ない」


ゼラスにも似たようなことを言われた。


カイルは真っ直ぐ答えた。


「手を出すつもりはない」


「なら入れ」


四人は皇都の門をくぐった。


門を抜けた直後。


バルドが立ち止まった。


「……でっか」


目の前には、広大な街並みが続いていた。


大通りだけでも、アルセリアの地方都市とは比べものにならないほど広い。


石造りの建物が建ち並び、その間を無数の魔族が行き交っている。


頭上には高架状の魔導輸送路。


さらに上空を小型の飛空艇が横切っていく。


遠くには大型飛空艇用と思われる発着場まで見えた。


エレナが目を見張る。


「王都アルセリアより大きいんじゃない?」


「人口までは分かりませんが……少なくとも都市の規模は相当ですね」


シアも周囲を見回す。


武器屋。


魔道具店。


食堂。


衣料品店。


露店。


冒険者ギルドらしき建物もある。


広場では子供たちが遊び、そのすぐ横を仕事帰りらしい大人たちが歩いていた。


これまで見てきた魔族の街と、本質的には何も変わらない。


ただ。


圧倒的に大きい。


「人類の敵の本拠地……ね」


エレナが小さく呟いた。


バルドが横を見る。


「何だ?」


「何でもない」


エレナは首を振った。


カイルは大通りの先を見る。


その遥か向こう。


街のどこからでも見える高台に、魔皇城ヴェルグラントがある。


目的地は目の前だった。


それでも今すぐ向かうことはできない。


「まず宿を取ろう」


「ああ」


四人は馬を進めた。


その日の午後。


宿へ荷物を置いた四人は、皇都を歩いていた。


監視役らしい二人の兵士が、かなり離れたところから付いてきている。


隠す気はないらしい。


「堂々と付いてくるな」


バルドが振り返る。


「こっちも目的を隠してないもの。お互い様でしょ」


エレナが答える。


カイルは周囲を見ながら歩く。


皇都まで来れば、魔族の中にも様々な姿があった。


人間とほとんど変わらない者。


耳が長い者。


肌の色が違う者。


体格の大きな者。


それでも。


角や翼を持った怪物ばかりが歩いている。


そんな幼い頃から聞かされていた光景は、どこにもない。


「なあ、シア」


カイルが尋ねる。


「教会では、魔族についてどこまで教わった?」


シアは少し考えた。


「魔族は魔皇の下に集い、人間とは異なる価値観を持つ種族である、と」


「悪だとは?」


「古い教典には、かなり強い表現があります」


シアは少し言いづらそうに続けた。


「ですが、現在の教会では全ての魔族を無条件に討て、とまでは教えていません」


エレナが横を見る。


「じゃあ、何で魔皇討伐は正当化されてるの?」


「魔皇そのものが、人間諸国にとって潜在的な脅威とされているからです」


「潜在的な、か」


カイルが呟く。


実際に何をしたから討つのか。


その問いが、また浮かぶ。


ゼラスにも聞かれた。


――陛下が、お前らに何かしたのか。


あの時は答えられなかった。


今も。


答えは見つかっていない。


四人が大通りを進んでいると。


前方から歓声が聞こえてきた。


「何だ?」


広場の一角に人だかりができている。


近づいてみると、そこでは冒険者らしい数人が巨大な魔獣の素材を運び込んでいるところだった。


「おお、討伐できたのか!」


「結構でかいな!」


「東の山道に出てた奴だろ?」


周囲の魔族たちが口々に声をかけている。


冒険者たちも笑いながら応じていた。


その光景を見て、バルドが腕を組む。


「……冒険者まで普通なんだな」


「ゼラスがSSランク冒険者だった時点で分かってたでしょ」


「いや、あいつは普通じゃねえだろ」


それには三人とも反論しなかった。


エレナが思い出したように笑う。


「確かに」


「八百年以上生きてる少年姿のSSランクを基準にしたら駄目ですね」


シアまで真顔で言う。


カイルも少し笑った。


「本人は普通のつもりだったけどな」


「そこが一番怖いんだよ」


バルドが即答した。


その時。


近くを歩いていた魔族の男が足を止めた。


「……ゼラス?」


四人が見る。


男は冒険者らしい装備をしていた。


「今、ゼラスって言ったか?」


「ああ」


カイルが答える。


「知っているのか?」


「知ってるも何も、SSランクのゼラスだろ?」


男は何を当たり前のことを、という顔をした。


「この辺の冒険者で知らん奴はいないぞ」


バルドが顔を引きつらせる。


「やっぱり本当に有名なんだな、あいつ」


「当たり前だ。SSだぞ」


男はそこで四人を見回した。


「……お前ら人間か?」


「ああ」


「ゼラスとどこで会った?」


カイルは少し迷ってから答えた。


「街道で」


「何してたんだ?」


「戦った」


男が固まった。


「……誰が?」


「俺が」


カイルが自分を指す。


数秒。


男は黙った。


それから。


「よく生きてるな」


「みんなそれ言うのか?」


「普通言うだろ」


バルドが吹き出した。


「ほらな」


「笑うな」


男はまだ少し驚いた顔でカイルを見ている。


「で、ゼラスは本気出したのか?」


「武器も使わなかった」


「じゃあ遊ばれただけだな」


「……分かってる」


さらっと傷を抉られた。


エレナが口元を押さえる。


男は納得したように頷くと、そのまま歩き去っていった。


カイルは小さく息を吐いた。


「……SSランクって、思ってた以上に重いんだな」


「大陸に片手で数えるくらいしかいないんでしょ?」


「そうだったな」


ゼラス本人の態度が軽すぎて、いまいち実感できていなかった。


夕方。


四人が宿へ戻ると、入口に一人の兵士が待っていた。


門で見た兵士とは違う。


鎧の意匠も明らかに上等だった。


カイルが足を止める。


「俺たちに用か?」


「ああ」


兵士が一歩前へ出る。


「魔皇城より返答が来た」


四人の表情が引き締まった。


「謁見についてだ」


「どうなった?」


兵士はカイルを真っ直ぐ見る。


「魔皇陛下は、お前たちとの謁見を許可された」


バルドが息を呑む。


エレナとシアも表情を変えた。


カイルだけが黙って続きを待つ。


「明朝、迎えを寄越す」


兵士は言った。


「城内へ入る際、武器と攻撃用の魔道具は全て預けてもらう」


カイルの手が腰の聖剣へ触れる。


「剣も?」


「当然だ」


少しだけ沈黙する。


勇者が魔皇に会う。


その場で聖剣を持つことすら許されない。


王都を出た頃の自分なら、拒んでいたかもしれない。


だが今は。


「分かった」


カイルは頷いた。


兵士も一度だけ頷き返す。


「では明朝」


それだけ告げると、兵士は去っていった。


四人はしばらく、その背中を見送った。


夜。


宿の部屋。


机の上には、カイルの聖剣が置かれていた。


カイルは椅子に座り、その刀身を見つめている。


人類を守るために授けられた剣。


魔皇を討つために持ってきた剣。


明日。


その剣を預け。


丸腰で魔皇の前へ立つ。


扉が軽く叩かれた。


「入っていい?」


エレナの声だった。


「ああ」


扉が開き、エレナが入ってくる。


「眠れない?」


「少しな」


「私も」


エレナは向かいの椅子へ座った。


二人の間に聖剣がある。


「怖い?」


「……分からない」


カイルは正直に答えた。


「魔皇と戦うことより、自分が何を信じてここまで来たのか、それが分からなくなる方が怖いのかもしれない」


エレナは何も言わずに聞いていた。


「もし魔皇が、本当に俺たちが聞いていたような奴じゃなかったら」


カイルは剣を見る。


「俺は何のためにこれを持ってきたんだろうな」


「それを確かめるために、明日会うんでしょ」


エレナが言った。


カイルは少しだけ顔を上げる。


「そうだな」


「答えが最初と違ってもいいんじゃない?」


「勇者なのに?」


「勇者だからこそじゃない?」


エレナは立ち上がった。


「間違ってると思ったことまで、王様に言われたからって続けるなら、それは正義じゃなくて命令に従ってるだけよ」


カイルはその言葉を聞きながら、黙って聖剣を見た。


明日。


ようやく。


魔皇と会う。


その時、自分が何を選ぶのか。


今はまだ。


カイル自身にも分からなかった。

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