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第百九十九話 勇者の知らせ



翌朝。


カイルたちは宿を出ると、教えられた街道を北東へ進んだ。


街を離れてしばらくすると、周囲には再び広い草原が続く。


昨日までとは違い、行き交う者の数も多かった。


荷馬車や商人だけではない。


鎧を着た魔族の兵士や、冒険者らしい一団とも何度かすれ違う。


そのたびに視線は向けられるが、呼び止められることはなかった。


「昨日より兵士が増えたな」


バルドが言う。


「皇都に近づいてるからでしょうね」


エレナが街道の先を見る。


道幅も広くなり、所々には石畳まで敷かれていた。


シアが道標を確認する。


「このまま進めば、皇都方面へ続く主要街道に合流するようです」


「あとどれくらいだ?」


「昨日の店主の話だと、まだ何日かはかかります」


カイルは頷いた。


急ぐ必要はない。


むしろ今は、進みながら魔皇領を見ておきたかった。




同じ頃。


魔皇城ヴェルグラント。


執務室では、魔皇が一枚の報告書に目を通していた。


その前には軍の将校が立っている。


「アルセリア王国の勇者、か」


「はい、陛下。勇者カイル=レイヴァンを名乗る四名が、南部より領内へ入っています」


「被害は?」


「現在までありません。複数の街を通過していますが、住民との大きな問題も起こしておりません」


魔皇は報告書を机へ置いた。


「ならば、今のところ手を出す必要はない」


将校が僅かに目を上げる。


「よろしいのですか?」


「勇者を名乗っただけで殺せというのか?」


「いえ。ただ、目的が陛下の討伐であることは本人も隠していないようです」


「それも昔から変わらんな」


魔皇は特に動じなかった。


過去にも、人間の国が勇者を立てて魔皇領へ送り込んできたことは何度もある。


全てが魔皇城まで辿り着いたわけではない。


途中で引き返した者もいれば、問題を起こして拘束された者もいる。


本当に城まで来た者もいた。


「監視だけ続けろ」


「はっ」


「民へ危害を加えた場合は通常の法に従って対処する。それまでは勇者であろうと旅人と同じだ」


「承知しました」


将校が一礼し、部屋を出ていった。




ちょうど入れ替わるように、扉が開いた。


「失礼します、陛下」


ゼラスだった。


その後ろからリズナも入ってくる。


「失礼いたします、陛下」


「ゼラスか。ちょうどいい」


「はい?」


魔皇が先ほどの報告書を持ち上げる。


「勇者が来たそうだ」


「ああ」


ゼラスの反応は薄い。


「昨日会いました」


魔皇の眉が僅かに上がった。


「もう会ったのか」


「冒険者の依頼に行った先で、たまたま」


リズナが苦笑する。


「いきなりゼラスに勝負を挑んでましたけど」


「ほう」


魔皇の口元が少しだけ緩んだ。


「それで?」


「一回だけ相手しました」


「結果を聞く必要はなさそうだな」


「まあ……」


ゼラスが頬を掻く。


リズナが横から付け加えた。


「ゼラス、最後まで武器すら使ってませんでした」


「でしょうね」


別の声がした。


部屋の奥。


ソファに座っていたリュミエラが呆れたように言う。


今日は研究室ではなく、魔皇へ資料を届けに来ていたらしい。


その隣にはミテイもいる。


リュミエラが無理に立ち続けないよう、必要な資料を代わりに運んできたようだった。


ミテイがゼラスを見る。


『勇者、強かった?』


「弱くはないぞ」


『ゼラスより?』


「それ聞く必要ある?」


『ない』


「じゃあ聞くなよ」


ミテイは納得したように頷いた。


リズナが笑う。


「でも普通に強かったわよ。あたしが見た感じ、少なくとも人間側じゃかなり上の方だと思う」


魔皇がゼラスを見る。


「お前はどう見た?」


「同じです。技術も魔力も悪くありません」


ゼラスは少し考えてから続けた。


「ただ、陛下と戦うには全然足りません」


「そうか」


魔皇は淡々と答えた。


その本人が最も気にしていないようだった。




リュミエラが尋ねる。


「どんな子だったの?」


「真面目そうだった」


「それだけ?」


「あと頑固」


リズナがすぐに笑った。


「それは間違いない」


ゼラスは肩を竦める。


「でも話は通じる方だと思う。魔皇領で関係ない奴に手ぇ出すなって言ったら、ちゃんと分かったって言ってたし」


「なら、昔来た勇者たちの中では随分まともね」


リュミエラはそう言って、魔皇へ視線を向けた。


「どうするの?」


「何もせん」


魔皇は即答した。


「まだ何もしていない者を、こちらから討つ理由はない」


「陛下らしいですね」


ゼラスが言う。


「ただし」


魔皇の目が少し鋭くなる。


「城まで来て、本当に私へ剣を向けるのであれば話は別だ」


「それはそうでしょうね」


ゼラスも異論はない。


勇者が魔皇を討つと言っている以上、最終的には本人次第だ。


途中で何を見るか。


何を知るか。


それでも剣を抜くのか。


それはカイル自身が決めることだった。




ミテイが首を傾げる。


『ゼラス、止めない?』


「俺が?」


『うん』


「止めても来るだろ、あいつ」


『頑固だから?』


「そう」


リズナが笑った。


「もう理解してるじゃない」


『なら、城まで来させる?』


ゼラスは魔皇を見る。


魔皇は何も言わない。


その代わり、リュミエラが少し笑った。


「別に案内してあげる必要はないでしょうけど、道を塞ぐ必要もないんじゃない?」


「俺もそう思う」


ゼラスは窓の外を見る。


城下町の向こう。


さらに南西。


今頃カイルたちは、こちらへ向かって歩いているはずだ。


「自分でここまで来た方がいい」


「何で?」


リズナが尋ねる。


「その方が色々見るだろ」


村。


街。


そこで暮らす魔族たち。


人間側で聞いてきた話だけでは知ることのできなかったもの。


それを見た上でなお。


魔皇を倒すべきだと思うのなら。


その時は。


「まあ、来てからだな」


ゼラスはそう言って、話を終えた。




二日後。


カイルたちは、街道の先に大きな砦を見つけた。


これまでの街や村とは明らかに違う。


高い城壁。


監視塔。


門前には武装した兵士。


その向こうには、さらに北東へ伸びる街道が続いている。


バルドが息を吐いた。


「ようやく、それっぽい場所が出てきたな」


エレナが地図を見る。


「ここを越えれば皇都方面の街道よ」


シアが砦を見上げる。


「当然、今までより警備も厳しいでしょうね」


カイルは馬を進めた。


門前の兵士たちが、すぐに四人へ気づく。


一人の兵士が前へ出た。


「止まれ」


カイルたちは足を止める。


兵士は四人を順に見た後、カイルの剣へ視線を落とした。


「勇者カイル=レイヴァンだな」


カイルの表情が変わる。


「……俺を知っているのか?」


「報告は来ている」


「報告?」


「ああ」


兵士は真っ直ぐカイルを見る。


「お前たちが魔皇城を目指していることもな」


カイルは剣の柄へ手を置かなかった。


ただ、相手の次の言葉を待つ。


兵士は門を指した。


「通行の前に確認する」


その声が少しだけ低くなる。


「ここから先は、魔皇領の中枢に近い」


カイルたち四人の表情が引き締まる。


「本当に進むのなら、お前たちの目的を改めて聞かせてもらう」


魔皇城ヴェルグラント。


その場所が。


少しずつ近づいていた。

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