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第百九十八話 また来たらしい



夕方。


ゼラスとリズナは、魔皇城ヴェルグラントの城下町へ戻ってきた。


依頼を受けた冒険者ギルドへ入り、ゼラスが受付へ討伐証明を置く。


「ほら」


受付の女性が確認し、少し呆れたように顔を上げた。


「……本当に今日中に帰ってきましたね」


「近かったし」


「グレイファングですよ?」


「一体だったぞ」


「ゼラスさん基準で話さないでください」


依頼書へ完了印が押される。


これで当面、冒険者ライセンスの活動実績について心配する必要はない。


「はい。正式に依頼達成です」


「よし」


「次は失効寸前になる前に来てくださいね」


「覚えてたらな」


「あたしが覚えとく」


リズナが横から言う。


「助かる」


「だからゼラスさん本人が覚えてください」


受付の女性がため息をついた。


報酬を受け取ったところで、リズナがふと思い出す。


「そういえば、依頼先で勇者に会ったわよ」


受付の女性の手が止まった。


「勇者?」


「四人組。アルセリアから来たって」


ゼラスも何でもないことのように続ける。


「魔皇討伐だってさ」


「ああ……」


受付の女性は妙に納得した顔をした。


「また来たんですね」


「やっぱその反応なんだ」


リズナが笑う。


「珍しくないの?」


「頻繁ではありませんけど、昔から何度もありますから」


「俺も何人か会ってるしな」


ゼラスにとっては、勇者が魔皇討伐に来ること自体は珍しい話ではない。


八百年以上生きていれば、何度も遭遇する。


「どれくらいの間隔で来るの?」


「決まってねえよ。何十年も来ない時もあるし、妙に続いた時もあった」


「それで全部失敗?」


「陛下を倒した奴はいないな」


途中で引き返した者。


捕らえられた者。


戦いの中で命を落とした者。


そして中には、魔皇領を自分の目で見た末に剣を収めた者もいた。


勇者と呼ばれる者たちも、全員が同じではない。


「今回の奴は?」


リズナが聞く。


「どうだろうな」


ゼラスは少しだけ考えた。


カイルは、自分に負けても逆上しなかった。


魔皇領で無関係な者に手を出すなと言えば、それにも頷いた。


「まあ、今までの中じゃ話は聞く方じゃねえかな」


「ふーん」


「何だよ」


「ちょっと気にしてる」


「ちょっとだけな」


リズナは楽しそうに笑った。




その頃。


カイルたちは、ゼラスに教えられた街へ到着していた。


魔皇領へ入ってから二つ目の都市。


高い石壁に囲まれ、門には武装した衛兵が立っている。


カイルたちが近づくと、二人の衛兵がこちらへ視線を向けた。


「止まれ」


四人は馬を止める。


「人間だな」


「ああ」


「身分を証明できるものは?」


カイルはアルセリア王国から渡された証明書を取り出した。


衛兵が受け取り、内容を確認する。


途中で、その眉が僅かに動いた。


「……勇者?」


隣の衛兵も覗き込む。


「アルセリア王家の印章か」


二人の視線がカイルへ戻った。


警戒は強まった。


だが、武器を抜く様子はない。


「魔皇城へ向かうのか?」


カイルは少し驚いた。


「……分かるのか?」


「勇者が魔皇領まで来る理由なんて、そう多くない」


証明書が返される。


バルドが小声で呟く。


「また驚かれなかったな」


衛兵の一人が聞き取ったらしい。


「勇者が来るのは初めてじゃないからな」


「やっぱりそうなのか」


カイルは証明書をしまう。


人間側にも、過去に何人もの勇者が魔皇討伐へ向かった記録は残っている。


だが、その多くは途中から記録が途絶えていた。


魔族との戦いで死亡した。


魔皇軍に捕らえられた。


消息不明になった。


人間側に残るのは、そうした断片的な情報ばかりだった。


「街には入れるのか?」


「問題を起こさないならな」


「俺たちは魔皇を討つために来た」


カイルは隠さなかった。


衛兵の表情が僅かに険しくなる。


それでも剣は抜かない。


「それは聞いた」


「……それでも通す?」


「ここで何もしてない奴を、目的だけで斬る規則はない」


もう一人の衛兵が続ける。


「ただし、街の中で暴れれば拘束する。抵抗すれば相応に対処する」


「分かった」


門が開く。


カイルたちは、そのまま街へ入った。




大通りには、多くの魔族が行き交っていた。


商店。


食堂。


宿屋。


武器屋。


荷を積んだ馬車。


買い物をする家族。


友人同士で笑いながら歩く若者たち。


カイルたちを見る視線は多い。


人間が武装して歩いているのだから当然だ。


それでも、誰も襲ってはこない。


エレナが周囲を見渡した。


「……国境商人の話で、魔族にも普通の街があるとは聞いたことがあるけど」


バルドが横を見る。


「知ってたのか?」


「噂程度よ。交易してる人たちの間では、魔族と普通に商売することもあるって」


「初耳だぞ」


「王都じゃ、わざわざ広めるような話でもないでしょ」


エレナは並ぶ店を見ながら続けた。


「それに、私もここまで人間の街と変わらないとは思ってなかった」


シアが静かに頷く。


「教会の記録では、魔族領はもっと危険な場所として書かれています」


「嘘だったってことか?」


バルドが聞く。


「そうとは限りません」


シアは少し考えてから答える。


「記録された時代には、本当に戦争が多かったのかもしれません。魔族領へ入った兵士や勇者が帰らなかったことも事実でしょう」


カイルも口を開く。


「でも、それだけじゃ今の魔族領のことは分からない」


古い戦いの記録。


消息を絶った勇者。


国境で起きた魔族との衝突。


人間側が知っている情報の多くは、そういうものだった。


そこで暮らす者たちの日常まで、王都で語られることはほとんどない。


「結局、ドーガの言った通りだな」


カイルが呟いた。


「自分で見るしかない」


四人は大通りを進んだ。




しばらくすると、一軒の食堂の前でバルドの腹が鳴った。


「……」


エレナが見る。


「入る?」


「いや、でも」


「何?」


「魔族の店だぞ」


エレナが呆れた顔をする。


「さっき自分で『普通の街だな』って言ってたじゃない」


「食い物は別だろ」


その時、店の扉が開いた。


大柄な魔族の男が顔を出す。


「さっきから店の前で何してる」


四人が一瞬固まった。


男はバルドを見る。


「食うのか、食わんのか」


「……人間でも入っていいのか?」


「金払うならな」


「毒とか入れない?」


「帰れ」


「冗談だって!」


バルドが慌てる。


エレナは額を押さえた。


「ほんと馬鹿……」


店主はしばらくバルドを睨んでいたが、やがて扉を大きく開けた。


「食うならさっさと入れ。席が埋まる」


「入ろう」


カイルが言った。


四人は店へ入る。




しばらくして。


テーブルには肉料理や煮込み、パン、野菜料理が並んでいた。


バルドが恐る恐る肉を口へ運ぶ。


噛む。


そのまま動きが止まった。


「……美味い」


厨房から店主の声が飛んでくる。


「当たり前だ」


「いや、もっとこう……」


「まだ何かあるのか?」


「ないです」


エレナが笑う。


シアも煮込みを口にして、少し表情を明るくした。


「これ、美味しいですね」


カイルも食べる。


普通に美味い。


保存食ばかりだった旅の途中ということを差し引いても、かなり美味い。


バルドがパンをちぎりながら呟いた。


「王都じゃ、魔族は人間を食うみたいな話まであったよな」


エレナが顔をしかめる。


「子供を脅かす昔話でしょ、それ」


「でも普通に信じてる奴もいるぞ」


「そういう話の方が広まりやすいのよ」


シアがカップを置く。


「実際に魔族領へ来る人間は、ほとんどいませんからね」


国境近くでは、交易をする者もいる。


魔族と話したことのある者もいる。


だが、その声が王都まで届いたとしても。


何百年も積み重なった戦争の記憶や、教えられてきた価値観を簡単に変えられるほど大きくはなかった。




食事を終える頃。


カイルは店主へ尋ねた。


「一つ聞いてもいいか?」


「何だ」


「魔皇城へ行きたい」


店主の動きが一瞬止まった。


それから、カイルたちの装備を見る。


「……勇者か?」


「分かるのか」


「武装した人間四人がこの時期に北へ向かってりゃな」


「この時期?」


「ここ数日、南の方から人間の勇者が入ったって話が回ってる」


どうやら自分たちのことは、すでに少しずつ知られ始めているらしい。


店主は壁に掛けられた簡単な地図を指した。


「ここから北東。街道を外れなきゃ、そのうち皇都方面の道に出る」


カイルが少し戸惑う。


「……教えてくれるのか?」


店主が眉を寄せた。


「お前、それ今日何回聞いた?」


バルドが吹き出した。


「確かに」


「魔皇を討ちに行く人間に道を教えるのは、変じゃないのか?」


カイルが改めて尋ねる。


店主は皿を片付けながら答えた。


「俺が教えなくても、街道に標識くらいある」


「……」


「それに、行きたいなら行けばいい」


店主が一度だけカイルを見る。


「辿り着いた後どうなるかまでは知らんがな」


カイルは地図へ視線を戻した。


魔皇城ヴェルグラント。


王都を旅立った時。


そこには、人類の敵である魔皇がいる。


それだけを考えていた。


今も、勅命は変わらない。


だが。


魔皇領へ入ってから見たものは。


王都で聞いてきた話と、完全に同じではなかった。


情報そのものが全て嘘だったわけではない。


ただ。


知っていることが、あまりにも片寄っていた。


そしてその片寄った情報だけで。


自分は魔皇を討つことを、正義だと信じてここまで来た。


カイルは静かに息を吐いた。


「……明日、出よう」


目的地は変わらない。


だが、その先にいる魔皇がどんな存在なのか。


今度は。


人から聞いた話ではなく、自分の目で確かめたかった。

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