第百九十二話 魔族領への道
翌朝。
王都アルセリアの東門には。
すでに四頭の馬が用意されていた。
カイルは荷を確認し。
腰の剣を軽く押さえる。
その隣では。
大盾を背負った男が、馬の鞍へ荷袋を括りつけていた。
名は。
バルド=グレイヴ。
前衛として。
長くカイルと共に戦ってきた男だ。
「食料は十分だな」
「ああ。途中で補給もできる」
答えたのは。
杖を持つ女魔術師。
エレナ=フォルス。
魔術学院を出た後。
冒険者として各地を旅してきた。
最後の一人。
白い法衣を纏う神官。
シア=アルメルは。
王城から渡された地図を広げていた。
「最初は東街道ですね」
「ああ」
カイルが覗き込む。
王都から東へ。
いくつかの町を経由し。
さらに先。
人間側の支配域と。
魔族側の勢力圏が近づく地域まで向かう。
その先からは。
地図も急に曖昧になっていた。
「ここから先は、ほとんど何も書かれてないな」
バルドが指を置く。
「魔族領なんて、人間が好き好んで測量に行く場所じゃないでしょ」
エレナが言う。
「戻ってこない方が多いでしょうし」
シアも地図を見る。
カイルは。
その空白をしばらく眺めた。
「なら、俺たちで確かめるしかない」
地図を畳む。
「行こう」
四人は。
王都を出た。
東街道。
道は広く。
人の往来も多い。
商人。
旅人。
荷馬車。
王都近郊では。
魔皇討伐へ向かう旅とは思えないほど。
穏やかな景色が続いていた。
「なあ、カイル」
馬を並べながら。
バルドが声をかける。
「本当に魔皇まで行けると思うか?」
「行く」
「いや、そうじゃなくてな」
バルドが頭を掻く。
「魔族領って言っても広いだろ。魔皇がどこにいるのかも正確には分かってねえ」
「王城で聞いた情報だと、魔族の中心地は北東方面だった」
エレナが口を挟む。
「ただし、何十年前の記録も混ざってる」
「そんな古いのかよ」
「人間と魔族が仲良く地図を交換してるわけじゃないもの」
「そりゃそうだ」
カイルは前を見たまま聞いていた。
今回。
王から与えられたものは。
装備。
資金。
人間側に残る魔族領の記録。
そして。
勇者としての勅命。
だが。
魔皇の居場所まで。
道が敷かれているわけではない。
「まず情報を集める」
カイルが言う。
「国境に近い町なら、魔族を見たことがある人間もいるはずだ」
「捕まえて聞くってこと?」
エレナが尋ねる。
「必要なら戦う。でも、最初からそれだけで進むつもりはない」
「へえ」
「何だよ」
「もっと真っ直ぐ突っ込むかと思ってた」
「俺だって考える」
バルドが笑う。
「一応な」
「一応って何だ」
少しだけ。
空気が軽くなった。
三日後。
一行は。
王国東部の城塞都市。
レグナへ到着した。
巨大な石壁に囲まれ。
門には多くの兵士が立っている。
王都とは違い。
街へ入る商人たちも。
武器を持つ者が多かった。
「随分、雰囲気が違うな」
カイルが周囲を見る。
「ここから東は危険地帯が増えますから」
シアが答える。
「魔物も多いそうです」
門を抜ける。
街の中心部へ向かう途中。
壁の一角に。
大きな掲示板があった。
討伐依頼。
護衛募集。
行方不明者。
その中に。
魔族に関する紙も混じっている。
――東の村にて魔族らしき者を目撃。
――旅商人襲撃。犯人は角を持つ人型と推定。
――山道にて魔族との遭遇報告あり。
バルドが眉を寄せる。
「やっぱり出るんだな」
「みたいね」
エレナが一枚を読む。
「最近の報告もある」
カイルは。
その中の一つを見た。
東の小村。
家畜が襲われ。
二人が負傷。
目撃者は。
黒い肌と赤い目を持つ人型だったという。
「ここ」
カイルが指を置く。
「街から近い」
シアが地図を見る。
「半日ほどですね」
「行くのか?」
「ああ」
カイルは紙を掲示板から外さず。
内容だけを覚える。
「魔族領へ入る前に、実際の魔族を見ておきたい」
エレナが頷いた。
「情報も取れるかもしれない」
「決まりだな」
バルドが肩を回す。
その日の午後。
四人は。
城塞都市レグナを出た。
街道から外れ。
小さな村へ続く道を進む。
畑。
林。
低い丘。
しばらくして。
遠くに村が見えた。
だが。
様子がおかしい。
人が。
村の入口へ集まっている。
「何かあったな」
カイルが馬を速めた。
近づくにつれ。
怒鳴り声が聞こえてくる。
「囲め!」
「逃がすな!」
村人たちが。
農具や剣を手にしていた。
その中心。
一人の男が立っている。
人間ではない。
額から。
短い角が二本。
灰色がかった肌。
背には。
大きな荷袋。
魔族。
カイルたちは。
初めて。
はっきりとその姿を目にした。
「魔族……」
シアが小さく呟く。
カイルは馬を降りる。
腰の剣へ手をかけた。
その時。
村人の一人が叫んだ。
「勇者様!」
カイルの装備を見て。
気づいたらしい。
「ちょうどいい! こいつを討ってください!」
魔族の男が。
ゆっくりカイルを見る。
剣を抜く様子はない。
それどころか。
両手を。
見える位置へ上げた。
「待ってくれ」
低い声。
普通の言葉だった。
「俺は、誰も襲っていない」
カイルの手が。
剣の柄で止まる。
村人が怒鳴った。
「嘘をつけ!」
魔族の男は。
動かなかった。
「荷を届けに来ただけだ」
「魔族が?」
カイルが聞く。
男の視線が。
勇者へ向く。
「ああ」
その声に。
怯えはあった。
だが。
敵意はなかった。
カイルは。
初めて目にした魔族を見つめる。
人の敵。
魔皇に従う者。
そう聞いてきた。
目の前の男は。
そのどちらにも。
まだ見えなかった。




