第百九十一話 勇者への勅命
ガリオール。
その大地には。
魔族だけが暮らしているわけではない。
人間。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
そして。
そのどれにも属さない多くの種族。
広大な大地の各地に。
それぞれの国と勢力が存在していた。
人間の国。
アルセリア王国。
幾つもの人間国家の中でも。
広い領土と軍事力を持つ大国の一つだった。
その王都。
王城の謁見の間。
赤い絨毯の上で。
一人の青年が膝をついていた。
金色に近い淡い髪。
青い瞳。
腰には一本の長剣。
名は。
カイル=レイヴァン。
アルセリア王国が勇者と認めた男だった。
その正面。
玉座から国王が彼を見下ろしている。
「カイル」
「はい、陛下」
「そなたを呼んだ理由は、すでに聞いているな」
「魔族について、と」
「そうだ」
国王は肘掛けへ手を置いた。
「魔族の勢力は、今なお健在だ」
謁見の間の空気が僅かに重くなる。
魔族。
人間の国で。
その名に良い印象を持つ者は多くない。
古くから。
人を襲う者。
人の国を脅かす者。
強大な魔力を持つ危険な種族。
そう語られてきた。
そして。
その頂点に立つ存在がいる。
魔皇。
「魔族が一つにまとまり、その頂点に魔皇がいる限り、我々人間に真の安寧は訪れぬ」
国王の声が響く。
「近年、大規模な侵攻こそ起きてはいない。だが、それを平和と呼ぶことはできん」
カイルは黙って聞いていた。
「力を蓄えているだけかもしれぬ。次の戦を待っているだけかもしれぬ」
国王が。
真っ直ぐカイルを見る。
「ならば、脅威となる前に断つ」
その言葉で。
カイルの表情が引き締まった。
「勇者カイル=レイヴァン」
「はい」
「そなたに命ずる」
国王が立ち上がる。
「魔族の支配圏へ赴き――魔皇を討て」
静まり返る謁見の間。
臣下たちの視線が。
一斉にカイルへ集まる。
だが。
カイルは迷わなかった。
「謹んで、お受けいたします」
深く頭を下げる。
「必ずや魔皇を討ち、人々に平穏を」
「うむ」
国王が頷いた。
「期待しているぞ。勇者よ」
謁見を終え。
カイルは城内の廊下を歩いていた。
腰の剣へ。
自然と手が触れる。
勇者。
そう呼ばれるようになってから。
何度も魔物と戦った。
盗賊を討ち。
村を救い。
人を襲う魔族とも刃を交えたことがある。
そのたびに。
思ってきた。
力があるなら。
それを人を守るために使いたい。
今回も。
その気持ちは変わらない。
「魔皇……」
小さく呟く。
どれほど強いのか。
どれほど多くの魔族を従えているのか。
詳しいことは分からない。
人間側に伝わる情報は。
決して多くなかった。
ただ一つ。
誰もが知っていることがある。
魔族の頂点。
人の敵。
倒すべき存在。
カイルにとっては。
それで十分だった。
城門の外。
すでに三人が待っていた。
重い盾を背負った男。
杖を持つ女魔術師。
白い法衣を纏った女性神官。
カイルと共に。
これまで幾つもの依頼を越えてきた仲間たちだ。
「どうだった?」
盾の男が尋ねる。
カイルは足を止めた。
「正式な勅命が下った」
三人の表情が変わる。
「相手は?」
女魔術師が聞く。
カイルは答えた。
「魔皇だ」
一瞬。
誰も口を開かなかった。
最初に息を吐いたのは。
盾の男だった。
「……でかい仕事になったな」
「ああ」
神官がカイルを見る。
「行くのですね」
「もちろん」
迷いはない。
「俺たちがやらなければ、いつか誰かが魔族に脅かされるかもしれない」
腰の剣を握る。
「だったら、俺が行く」
女魔術師が小さく笑った。
「そう言うと思った」
盾の男も。
背負った盾を軽く叩く。
「なら付き合うさ」
神官が頷いた。
「私も参ります」
カイルは三人を見る。
「ありがとう」
そして。
王都の向こうへ目を向けた。
まだ。
魔皇の姿を見たことはない。
魔族がどのように暮らしているのかも。
その国で。
何が起きているのかも知らない。
まして。
遥か遠い地で起きた出来事も。
異なる世界へ繋がった道の存在も。
知るはずがなかった。
彼らが知っているのは。
人間の国で語られてきた。
ただ一つの物語だけ。
魔族は人の敵。
そして。
勇者は魔を討つ者。
それを疑う理由など。
今のカイルにはなかった。
「行こう」
勇者と呼ばれた青年が。
仲間たちと共に歩き出す。
目指す先は。
魔皇のいる地。
その旅が。
自分たちの知る世界を大きく変えることになるとも知らずに。




