第百八十八話 許したけど、別の話
翌朝。
ゼラスが目を覚ますと。
胸元に銀白の髪があった。
ミテイがぴったりと寄り添ったまま眠っている。
昨夜。
何度眠ろうとしても。
少しするとミテイがまた求めてきた。
結局。
二人とも寝たのはかなり遅い。
「……ハマりすぎだろ」
小さく呟くと。
『起きてる』
「起きてたのかよ」
ミテイが顔を上げた。
『もう一回する?』
「朝一番でそれ聞くな」
『したくない?』
ゼラスが黙る。
ミテイは待つ。
「……したいけど」
『じゃあ――』
「待て」
ゼラスが額を押さえた。
脳裏に。
リズナの顔が浮かぶ。
昨夜も何度か浮かんだ。
それでも結局。
ミテイと二人で朝まで過ごした。
「これ以上遅くなったら、ほんとに言い訳できねえ」
『もうできないと思う』
「お前、冷静だな……」
『楽しかったから』
ミテイはゼラスの胸へ頬を戻した。
『後悔してない』
ゼラスの手が。
自然にその髪を撫でる。
「俺もしてねえよ」
ただ。
罪悪感はある。
それと後悔は。
別だった。
『帰る?』
「ああ」
『分かった』
そう答えたのに。
ミテイはまだ離れない。
「……帰るんじゃねえの?」
『あと少し』
「お前な」
ゼラスは苦笑しながら。
その身体を抱き寄せた。
結局。
二人が服を着始めたのは。
それからしばらく後だった。
昼前。
魔皇城へ戻った二人を。
リズナが待っていた。
腕を組んで。
廊下の壁へ背を預けている。
「…………」
ゼラスの足が止まった。
ミテイも止まる。
「よう」
「よう、じゃない」
短い。
非常に短い返事だった。
ゼラスは昨日。
ヴェルグと向かい合った時より。
少しだけ居心地が悪かった。
「昨日、帰ってこなかったわね」
「ああ」
「二人とも」
『うん』
「……どこにいたの?」
ゼラスが口を開こうとする。
だが。
その横で。
ミテイが答えた。
『二人で泊まれる宿』
「ミテイ!」
『何?』
「いや、嘘じゃねえけど!」
リズナの眉が跳ねる。
「二人で?」
『うん』
「泊まった?」
『うん』
「…………した?」
ゼラスが顔を覆った。
「そこまで聞くのか……」
『した』
「ミテイ!」
今度は。
リズナが完全に固まった。
数秒。
「……へえ」
笑った。
全然笑っていない。
「したんだ」
「リズナ」
「二人で」
「ああ……」
「へえー」
ゼラスが頭を掻く。
「悪かった」
「何が?」
「お前に黙って行ったこと」
リズナはすぐには答えなかった。
ミテイを見る。
「ミテイ」
『何?』
「あの時はさ」
少しだけ声が低くなる。
「ゼラスが落ち込んでたから。あたし一人じゃなくて、ミテイも一緒にいてくれた方がいいと思ったの」
『うん』
「三人でそうなったことも、嫌だったわけじゃない」
『うん』
「でも」
リズナの頬が少し膨らむ。
「なんでそこから二人だけに進んでるのよ!」
『したかったから』
「その答えが一番困る!」
ミテイは少しだけ考える。
『リズナに嫌われた?』
「……それはない」
即答だった。
「ミテイに怒ってるっていうより」
視線が。
ゼラスへ向く。
「ゼラスに腹立ってる」
「やっぱ俺か」
「当たり前でしょ!」
リズナがゼラスへ詰め寄る。
少年姿のゼラスを見下ろす形になる。
「行く前に一瞬でもあたしのこと考えた?」
「めちゃくちゃ考えた」
「……え?」
「半分くらいずっとお前に悪いなと思ってた」
リズナが止まる。
「じゃあ何で行ったのよ」
「残り半分が行きたかった」
「正直すぎる!」
『私も誘った』
「ミテイはちょっと黙ってて!」
『分かった』
今度は本当に黙った。
ゼラスは。
リズナから目を逸らさなかった。
「お前が嫌だから行ったわけじゃねえ」
「それは分かってる」
「ミテイと二人でいたかった」
「……それも分かる」
「でも、お前が大事なのも変わってねえ」
リズナは唇を尖らせた。
「分かってるわよ」
「なら――」
「分かってても嫉妬するの!」
その声が。
廊下へ響いた。
通りかかった兵士が。
何も聞かなかったことにして方向を変えた。
ゼラスが僅かに笑う。
「笑うな!」
「悪い」
「あたしだって……」
リズナが少しだけ視線を落とす。
「三人の時は、あたしもそこにいるから平気だったの」
「うん」
「でも二人だけって聞いたら……思ったより嫌だった」
怒っている。
けれど。
それ以上に。
寂しかったのだろう。
ゼラスにも分かった。
「リズナ」
「何よ」
「今日、空いてるか?」
リズナが目を上げる。
「……何で?」
「二人で出る」
一瞬。
リズナの表情が止まる。
「どこに?」
「お前が決めてもいい」
ミテイが横から。
『同じ宿?』
「ミテイ!」
『黙ってる』
「もう遅い!」
リズナの顔が。
みるみる赤くなる。
ゼラスが苦笑する。
「宿じゃなくてもいいぞ」
「……」
「飯でも、買い物でも」
「……宿」
小さい声だった。
「ん?」
「宿がいい」
今度は。
ゼラスが目を瞬く。
リズナは真っ赤なまま続ける。
「ミテイとは行ったんでしょ」
「ああ」
「じゃあ、あたしとも行って」
「……分かった」
「それと」
リズナがゼラスの服を掴む。
少し屈ませると。
その耳元へ。
「今日は、あたしだけ見て」
小さく囁いた。
ゼラスの目が僅かに細くなる。
「それで機嫌直る?」
「まだ」
「まだかよ」
「ちゃんと埋め合わせしてくれたら考える」
ゼラスが笑う。
「分かったよ」
リズナの腰へ腕を回す。
引き寄せる。
「じゃあ今日は、お前だけ」
「……うん」
それだけで。
怒っていたはずのリズナの声が。
少しだけ嬉しそうになる。
その隣で。
ミテイがじっと二人を見ていた。
『私も――』
リズナが即座に振り返る。
「今日は駄目!」
『まだ何も言ってない』
「顔で分かる!」
『そう』
少し残念そうに。
ミテイが頷く。
ゼラスが笑った。
「今日は我慢しろ」
『分かった』
一拍。
『明日は?』
「ミテイ!」
廊下に。
またリズナの声が響いた。
夕方。
昨日とは別の。
静かな通り。
ゼラスとリズナは。
二人並んで歩いていた。
「……なんか緊張する」
リズナが呟く。
「昨日三人で散々してただろ」
「二人は別なの!」
「そういうもんか?」
「そういうものよ」
人目を避けて過ごせる宿。
その入口が見えてくる。
リズナは。
一度だけゼラスの手を見た。
そして。
自分から握る。
「ゼラス」
「ん?」
「あたし、まだちょっと怒ってるからね」
「ああ」
「だから」
指を絡める。
「いっぱい甘やかして」
ゼラスが。
その手を握り返した。
「任せろ」
二人は。
そのまま宿の中へ入っていった。




