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第百八十七話 二人だけの夜



人目を避けるように作られた小さな入口を抜け。


ゼラスとミテイは宿の中へ入った。


受付も簡素だった。


名前を細かく聞かれることもない。


二人で静かに過ごしたい客のための宿。


部屋へ入ると。


扉が閉まった。


そこで初めて。


ゼラスが少しだけ落ち着かない顔をした。


「……ほんとに来ちまったな」


『うん』


ミテイは平然としている。


ゼラスは扉を見る。


その向こうに。


今はいないリズナの顔が浮かぶ。


「……あとで怒られるだろうな」


『たぶん』


「お前、全然気にしてねえな」


『気にしてる』


「そう見えねえぞ」


『でも来たかった』


ミテイがゼラスへ近づいた。


『ゼラスと二人で』


その一言で。


ゼラスの中に残っていた迷いが。


少しだけ弱くなる。


「……そう言われると弱えんだよ」


『知った』


「今知ったのかよ」


『うん』


ミテイの指が。


ゼラスの軽装の裾へ触れる。


『脱いでいい?』


「早えな」


『駄目?』


「駄目じゃねえ」


ゼラスが自分で服を脱ぐ。


ミテイも続いた。


一枚。


また一枚。


床の脇へ。


二人の服が重なっていく。


ゼラスの姿が変わる。


少年だった身体が伸び。


成人した姿へ。


ミテイは。


その変化をじっと見ていた。


「……また見てる」


『好き』


「何が?」


『大人のゼラスも』


少し間を置く。


『少年のゼラスも』


ゼラスが目を細めた。


「欲張りだな」


『うん』


今度は。


ミテイから抱きついた。




最初の口づけは。


短かった。


離れて。


もう一度。


今度はミテイの方が追ってくる。


ゼラスの腕が。


その腰へ回った。


抱き寄せる。


柔らかな身体が。


胸元へ触れる。


ミテイの呼吸が少しだけ変わった。


『ゼラス』


「ん?」


『もっと』


「……ほんと遠慮なくなったな」


『二人だから』


ゼラスが笑う。


「そういうこと言うようになったか」


今度は。


ゼラスの方から深く口づけた。


ミテイの肩から。


少し力が抜ける。


それでも。


離れない。


むしろ。


首へ腕を回してくる。


ゼラスの手が。


背中から腰へ。


そして。


胸元へ移った。


両手で柔らかさを包むように触れると。


ミテイの身体が僅かに揺れた。


『……これ、好き』


「知ってる」


『もっとして』


「言われなくても」


指先で。


ゆっくりと愛撫する。


反応を確かめながら。


強さを変える。


ミテイは目を閉じ。


ゼラスへ身体を預けた。


そのまま。


ゼラスの唇が首筋へ落ちる。


肩。


鎖骨。


胸元へ。


何度も。


丁寧に口づけていく。


『……ん』


ミテイの指が。


ゼラスの髪へ触れた。


止めるためではない。


むしろ。


離れないように。


少しだけ引き寄せる。


ゼラスが顔を上げる。


「気に入った?」


『うん』


「じゃあもう少し」


また。


唇が落ちる。


今度は。


さっきよりゆっくり。


ミテイの反応を一つずつ確かめながら。


胸元へ。


何度も。


口づけと愛撫を重ねていく。


ミテイは。


普段ならほとんど変わらない表情を。


少しだけ崩していた。


『……ゼラス』


「何だ?」


『上手』


「誰と比べてんだよ」


『誰とも比べてない』


「じゃあ何で分かるんだ」


『気持ちいいから』


ゼラスが思わず笑う。


「お前らしいな」


『もっと』


「はいはい」


『はいは一回』


ゼラスが止まった。


「……それ」


『何?』


「リズナの真似か?」


ミテイが僅かに首を傾げた。


『移ったかも』


「やめろ。帰った時余計怒られる」


初めて。


ミテイが少しだけ笑った。




寝台へ身体を預ける。


ゼラスが横になり。


ミテイがその隣へ。


一瞬。


二人とも何も言わなかった。


静かだった。


だからこそ。


ゼラスの頭へ。


ふと。


昔の光景が浮かんだ。


「……変な感じだな」


『何が?』


「お前とこうしてるの」


ミテイがゼラスを見る。


「最初に会った時」


少し間。


「お前、敵だったんだよな」


『うん』


「グランラビリスで」


『うん』


あの時。


向かい合っていた。


互いの力も。


考えていることも。


何も知らなかった。


今。


同じ寝台の上で。


肌を触れ合わせている。


ゼラスが。


どこか呆れたように笑う。


「人生分かんねえな」


『私は』


ミテイが少し考えた。


『あの時、こうなると思ってなかった』


「俺もだよ」


『ゼラス、怖かった』


「俺が?」


『強かったから』


「お前も大概だったぞ」


『でも』


ミテイが少し近づく。


『今は怖くない』


「そうか」


『触ってほしい』


「話の切り替え早えな」


『今そう思ったから』


ゼラスが笑った。


そして。


ミテイを抱き寄せる。


「じゃあ遠慮しねえ」


『うん』




その後は。


二人とも。


言葉が少なくなった。


ミテイは。


三人の時より。


明らかに積極的だった。


誰かに遠慮する必要がない。


ゼラスへ触れ。


口づけ。


自分から身体を寄せる。


そして。


時折。


ゼラスを喜ばせるように。


身体を下へ移していく。


「……ミテイ」


『何?』


「やっぱそれ好きなのか」


『かなり』


「即答か」


『ゼラスの反応見るの好き』


「お前、ほんと……」


困ったような声。


だが。


嫌がる様子はない。


むしろ。


ゼラスの方が。


ミテイの髪へ優しく手を添えた。


少しして。


ミテイが戻ってくる。


満足そうだった。


『どうだった?』


「聞くのかよ」


『聞きたい』


ゼラスが少しだけ視線を逸らす。


「……良かった」


『よかった』


「嬉しそうだな」


『うん』


今度は。


ゼラスがミテイを引き寄せた。


「じゃあ次、俺な」


『何する?』


「お前が喜ぶこと」


『いっぱいして』


「言ったな?」


『うん』


そこからは。


ミテイの方が何度も名前を呼んだ。


ゼラスも。


何度も応える。


触れ。


抱き寄せ。


口づけを重ね。


互いの体温を確かめるように。


長い時間を。


二人だけで過ごした。




夜。


部屋の灯りは。


かなり落としてあった。


ミテイは。


ゼラスの胸へ頬を乗せている。


ゼラスの手が。


その銀白の髪をゆっくり撫でていた。


『ゼラス』


「ん?」


『二人も好き』


「三人も好きって言ってなかったか?」


『三人も好き』


「欲張りだな」


『うん』


少し間。


『また二人でしたい』


ゼラスが天井を見る。


「……リズナに殺されねえかな、俺」


『殺さないと思う』


「怒るぞ」


『うん』


「俺、かなり罪悪感あるんだけど」


ミテイが顔を上げる。


『後悔した?』


その問いだけは。


少し違っていた。


ゼラスはすぐに答えた。


「してねえよ」


ミテイの目が。


少し柔らかくなる。


「お前とこうしたかったのも本当だ」


『うん』


「でもリズナが大事なのも本当」


『分かる』


「だからちゃんと話す」


『私も話す』


「逃げんなよ?」


『逃げない』


ゼラスが小さく笑う。


「そこは頼もしいな」


ミテイは。


もう一度。


ゼラスの胸へ頬を戻した。


『ゼラス』


「今度は何だ」


『もう少しだけ』


「……まだか?」


『まだ』


ゼラスが呆れたように息を吐く。


けれど。


その腕は。


またミテイを抱き寄せていた。


二人だけの夜は。


まだ。


少し長くなりそうだった。

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