第百八十六話 左腕の新しい武器
翌日の午後。
研究室の机には。
ウェポンブレイカーが置かれていた。
リュミエラは黒銀の刃を前に。
難しい顔をしている。
「やっぱり駄目ね」
ゼラスが眉を寄せた。
「直せねえのか?」
「本体じゃないわ」
リュミエラが壊れた固定部を指す。
「こっち。ヴェルグの左腕へ固定していた部分は完全に壊れてる」
『作り直せない?』
ミテイが聞く。
「作るだけならできるけど、この武器には合わないと思う」
「何でだ?」
「ゼラスって、普段から左腕にこんなもの付けていたくないでしょう?」
「ああ」
即答だった。
リズナが横を見る。
「そこは迷わないのね」
「邪魔だろ」
「でしょうね」
リュミエラが笑う。
「だから別の方法にしたわ」
机の横に置いていた。
小さな魔導具を取り上げる。
ゼラスの左手首に合わせた細い環状の器具だった。
「これを付けて」
「何だ?」
「専用の収納魔法」
ゼラスが目を瞬く。
『ウェポンブレイカーだけ?』
「そう」
リュミエラが頷く。
「他のものは入らない。ウェポンブレイカー専用よ」
ゼラスが左手首へ装着する。
薄い器具は。
袖の下へ隠れてしまう程度の大きさしかない。
「これで?」
「左腕を出して。起動してみて」
ゼラスが腕を前へ向ける。
魔力を流した。
シャキン!
一瞬。
左手首の外側から。
黒銀の刃が前方へ伸びた。
ゼラスの目が輝く。
「おお」
リズナが吹き出す。
「今、すごく嬉しそう」
「だってこれいいだろ」
『もう一回やって』
ミテイも少し楽しそうだった。
ゼラスが魔力を切る。
ウェポンブレイカーが消える。
もう一度。
シャキン!
「……面白え」
「完全におもちゃ扱いしてない?」
「武器だろ」
『もう一回』
「ミテイまで!」
リュミエラが笑いながら。
「遊ぶなら訓練場でやって」
「分かった」
ゼラスがウェポンブレイカーを収納する。
左手首には。
また何もない状態へ戻った。
訓練場。
リュミエラは城へ戻り。
ゼラス。
リズナ。
ミテイの三人だけになっていた。
訓練用の鋼剣を。
固定台へ取り付ける。
ゼラスが左腕を向けた。
シャキン!
ウェポンブレイカーが現れる。
「まず普通にやるぞ」
刃を振る。
スッ――
次の瞬間。
鋼剣の刀身が。
途中から滑り落ちた。
カラン。
リズナが目を瞬く。
「相変わらず綺麗に切れるわね」
『武器には効く』
「ああ」
ゼラスが切断面を見る。
ウェポンブレイカーが狙ったのは。
鋼そのものの弱い部分。
構造的に。
最も破壊しやすい場所だった。
ミテイが近づく。
『でも、生き物には効かない』
「そうらしいな」
試すまでもない。
リュミエラが調べた結果。
ウェポンブレイカーの破壊作用は。
武器。
防具。
魔導具。
魔力経路を持つ人工物。
そういったものへ向けて働く。
生物へ刃を当てても。
切断することはできない。
リズナが少し安心したように息を吐く。
「じゃあ、人に向けても斬れないのね」
「ああ」
ゼラスが自分の腕へ軽く当ててみる。
何も起きない。
普通の刃のように。
皮膚を傷つけることすらなかった。
『壊すための武器』
ミテイが言う。
「武器をな」
ゼラスが少し考える。
そして。
ミテイを見る。
「魔法撃ってみろ」
『私に?』
「俺に向けて」
リズナが嫌そうな顔をする。
「また何か始めた……」
『弱めでいい?』
「ああ」
ミテイが手を向ける。
灰色の魔力が集まり。
小さな魔力弾が放たれた。
ゼラスは避けない。
左腕を前へ。
シャキン!
ウェポンブレイカーを。
飛んでくる魔力弾へ合わせる。
一閃。
パキンッ。
妙な音がした。
魔力弾が。
途中で形を失った。
そのまま。
霧のように消えていく。
『……壊れた』
リズナが目を丸くする。
「魔法まで?」
ゼラスはウェポンブレイカーを見る。
「やっぱりな」
『どうやった?』
「魔法だって術式で形作ってるだろ」
『うん』
「なら、組み上がってる場所がある」
ウェポンブレイカーを収納する。
「そこを切れば崩れる」
ミテイが少し考える。
『全部できる?』
「無理だろ」
ゼラスは即答する。
「速すぎたら合わせられねえし、構造が分からなきゃ切る場所も分からねえ」
『でも見切れればできる』
「ああ」
リズナが腕を組む。
「また厄介なこと覚えたわね」
「便利だろ?」
「敵じゃなくてよかった」
『私も』
「お前らな」
ゼラスは。
少し楽しそうに左手首を見る。
レイスウィザードは右。
必要なら。
左からウェポンブレイカー。
さらに左手そのものも自由だから。
魔法も撃てる。
新しい戦い方が。
いくつも頭に浮かんでいた。
夕方。
城へ戻る途中。
リズナが足を止めた。
「あ、あたしちょっと街に寄ってくる」
「何か買うのか?」
「うん。アスタリア行ってた間に、日用品いろいろ切らしてたのよ」
『私も行く?』
「大丈夫。すぐ戻るから」
リズナは二人を見る。
「ゼラスとミテイは先に帰ってて」
「ああ」
『分かった』
「じゃあ、あとでね」
リズナが手を振り。
そのまま街の方へ歩いていく。
ゼラスは。
その背中を少し長く見送っていた。
やがて。
ミテイと並んで歩き出す。
しばらくして。
『ゼラス』
「ん?」
『昨日のこと』
「昨日?」
『三人でしたこと』
「ああ」
『またしたい』
ゼラスが横を見る。
ミテイはいつもの調子だった。
照れている様子もない。
ただ。
素直にそう思っている顔。
「お前、ほんとハマったな」
『うん』
即答だった。
そして。
少しだけゼラスへ近づく。
『今日は二人でしたい』
ゼラスの足が止まった。
「……二人で?」
『うん』
ミテイも止まる。
『ゼラスと二人だけ』
その言葉に。
ゼラスの中で二つの気持ちがぶつかった。
正直に言えば。
行きたい。
ミテイにここまで真っ直ぐ求められて。
嬉しくないわけがない。
むしろ。
かなり嬉しい。
だが。
頭に浮かぶのは。
ついさっき別れたリズナだった。
昨日。
三人で過ごした時も。
リズナは何度も嫉妬していた。
ミテイを受け入れてはいる。
それでも。
自分だけがいないところで二人が関係を持てば。
きっと。
話は別だ。
「……リズナ、怒るだろうな」
『怒る?』
「怒るっていうか……」
ゼラスが頭を掻く。
「たぶん、かなり嫉妬する」
『うん』
「分かってんのか?」
『分かってる』
「それでも?」
ミテイは迷わなかった。
『したい』
ゼラスが困ったように息を吐く。
「そういう真っ直ぐなの、ずるいぞ」
『ずるい?』
「こっちが断りにくくなる」
『ゼラスはしたくない?』
その問いに。
ゼラスはすぐには答えなかった。
嘘をついても仕方がない。
「……したい」
ミテイの目が僅かに柔らかくなる。
『じゃあ行こう』
「いや待て」
『何?』
「俺の中でまだ半分リズナが引っかかってる」
ミテイが首を傾げる。
『半分?』
「ああ」
ゼラスは苦笑した。
「半分はお前と行きたい」
『うん』
「もう半分は、これ後で絶対リズナに怒られるなって思ってる」
『それでも半分は行きたい』
「そこ拾うなよ」
ミテイは少し考え。
ゼラスの服の端を摘んだ。
『私、ゼラスと二人の時間もほしい』
「……」
『三人の時とは違うの、知りたい』
ゼラスは。
その言葉に弱かった。
しばらく黙ってから。
もう一度。
リズナが消えた方角を見る。
「……あとでちゃんと話さねえとな」
『リズナに?』
「ああ」
『怒られる?』
「たぶんな」
『ゼラスが?』
「俺が一番な」
ミテイが小さく頷く。
『じゃあ、一緒に怒られる』
「そこは逃げねえんだな」
『逃げない』
ゼラスは。
とうとう笑った。
「……分かったよ」
『行く?』
「ああ」
答えたあとでも。
胸の奥には少し罪悪感が残っていた。
それでも。
ミテイに求められたことが嬉しい気持ちも。
同じくらい本物だった。
「どこ行くんだ?」
『二人で休める宿』
「……もう決めてんのかよ」
『前に見つけた』
「用意いいな、お前」
『行きたかったから』
ゼラスがまた少しだけ困った顔をする。
「ほんと、リズナに何て言おうかな……」
『帰ってから考える』
「今考えさせろよ」
『今は私』
ミテイがゼラスの手を取る。
そのまま。
街の方へ歩き出した。
ゼラスは一度だけ立ち止まりかけ。
結局。
その手を振りほどかなかった。




