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千年魔族は少年の姿で旅をする  作者: ポボンゴ
第二章 外側の門編
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第十七話 白い巨獣



森を巡っていた風が、唐突に止まった。


リズナは息を詰め、地面へ視線を落とす。


四本の封魔杭を結ぶ紫色の光は、今も正常に遺構を囲んでいる。


白い構造物も地中へ沈み、門が開く気配はない。


それでも、何かが残っていた。


地面や木々に付着していた白い光が、風もないのに動き始める。


細かな粒となって浮かび上がり、遺構の中央へ集まっていった。


「全員、まだ近づかないで!」


リュミエラが兵士たちを制止する。


白い粒は渦を巻きながら膨れ上がった。


骨格のような輪郭が生まれ、その上を白い肉が覆っていく。


太い四肢。


地面へ届くほど長い両腕。


肩から伸びる、二本の細い肢。


頭部に目や口はなく、顔の中央には縦に走る黒い裂け目だけがあった。


立ち上がった巨体は、周囲の木々よりも高い。


「門が閉じる前に、こちら側へ残ったのか?」


ゼラスが曲剣を構える。


「おそらくはね」


リュミエラは封魔杭へ魔力を流し続けながら答えた。


「向こう側から切り離された残滓が、周囲の物質を取り込んで形を作っている」


白い巨獣の顔にある裂け目が開く。


音はなかった。


だが、その場にいた全員の頭へ、直接押し込まれるような声が響いた。


――火。


黒い裂け目がゼラスを向く。


続いて、白い頭部が僅かに動いた。


――風。


今度はリズナへ向けられる。


「やっぱり私たちを狙ってる」


リズナは風晶石を握り、周囲へ風を広げた。


巨獣の腕が持ち上がる。


ゼラスが地面を蹴った。


振り下ろされた腕を横へかわし、その手首へ曲剣を叩き込む。


刃が白い肉を深く切り裂いた。


そのまま腕を切断する。


落ちた腕が地面へ転がり、白い粒へ崩れた。


「斬れるな」


ゼラスが呟く。


だが、巨獣の肩から白い粒が噴き出した。


失われた腕の形を作り、瞬く間に元どおりとなる。


「再生します!」


リズナの声と同時に、肩から伸びた細い肢がゼラスへ振るわれた。


ゼラスは身を反らして避ける。


肢の先端が曲剣へ触れた。


刀身の半分が白く変色する。


ゼラスは曲剣を手放した。


地面へ落ちる前に、白く染まった部分から音もなく崩れていく。


「普通の武器では長く持たないわ!」


リュミエラが紫色の鎖を放つ。


鎖が巨獣の両脚へ絡みつき、その動きを止めた。


巨獣は力任せに脚を引く。


封魔杭を維持しているリュミエラの術式が、大きく揺らいだ。


「私は遺構の封印を外せない。

長くは押さえられないわ!」


「十分だ」


ゼラスが右手を向ける。


魔法弾が巨獣の胸へ連続して着弾した。


白い身体が内側から弾け、大きな穴が開く。


それでも巨獣は倒れない。


散った白い粒が胸へ戻り、傷口を塞いでいく。


リズナは周囲の風を操り、白い粒を外側へ押し流した。


「戻させない!」


再生に使われる粒が風に奪われ、胸の穴が残る。


巨獣の黒い裂け目がリズナへ向いた。


その奥に、白い光が集まっていく。


「リズナ、伏せろ!」


ゼラスの声に、リズナは即座に身を沈めた。


裂け目から白い光が放たれる。


光はリズナの頭上を通り過ぎ、背後の木々をまとめて白く染めた。


何本もの巨木が、砂のように崩れ落ちる。


巨獣が次の光を溜め始めた。


ゼラスは小さく息を吐く。


「少し面倒だな」


収納魔法が開く。


そこから取り出されたのは、黒い鞘に収められた一振りの剣だった。


リュミエラが巨獣を拘束したまま、僅かに目を細める。


「ようやく抜く気になったのね」


ゼラスはレイスウィザードの柄へ手をかけた。


鞘から黒い刀身が現れる。


その瞬間、森の空気が変わった。


周囲に漂っていた淡い光が、剣へ向かって集まり始める。


黒風の森に残された死者の思念。


姿を失い、僅かな残滓となって漂っていた死霊。


それらが無数の光となり、レイスウィザードの刀身を巡っていく。


白い巨獣が初めて後退した。


「今度は、あれを嫌がってる……?」


リズナが呟く。


「相性が悪いと理解したのでしょうね」


リュミエラの鎖が巨獣の脚を締め上げる。


「ゼラス、逃がさないわよ」


「ああ。」


巨獣が両腕を振り回し、紫色の鎖を引きちぎった。


同時に地面を蹴り、ゼラスへ向かって巨体を突進させる。


ゼラスは動かなかった。


レイスウィザードを片手で構え、直前まで巨獣を引きつける。


巨大な腕が振り下ろされた。


黒い刀身が一度だけ閃く。


巨獣の腕が、肩から切り離された。


先ほどとは違い、切断面から白い粒が生まれない。


刀身にまとわりついた死霊の力が、傷口を黒く侵食していた。


「再生が止まった……!」


リズナが目を見開く。


ゼラスはそのまま巨獣の懐へ入る。


二撃目で右脚を切断。


体勢を崩した巨獣の胸へ、掌を押し当てる。


闇属性の魔力が爆発し、白い巨体を内側から吹き飛ばした。


巨獣が地面へ倒れる。


起き上がろうとした首を、レイスウィザードの柄が打ち据えた。


白い頭部が地面へ沈む。


さらに背中を踏みつけ、肩から伸びていた細い肢を二本まとめて斬り落とす。


巨獣は白い光を放とうと裂け目を開いた。


ゼラスは剣先をその奥へ突き入れる。


圧縮された死霊の力が、黒い塊となって解放された。


巨獣の頭部が弾け飛ぶ。


白い粒が周囲へ散った。


それでも残った胴体が蠢き、再び形を作ろうとする。


「しつこいな」


ゼラスはレイスウィザードを横へ払った。


周囲の死霊が刀身へ収束し、密度を増していく。


そこへ、赤い炎が灯った。


炎は死霊の力と混ざり合い、黒を帯びた霊炎へ変わる。


白い巨獣の全身が激しく震えた。


ゼラスは倒れた巨体へ歩み寄る。


逃げようと散った白い粒を、リズナの風が押し戻した。


「これで全部よ!」


白い粒が巨獣の胴体へ集められる。


ゼラスが霊炎をまとったレイスウィザードを振り下ろした。


巨獣の身体が、縦に両断される。


傷口から霊炎が広がり、白い身体を内側から焼いていく。


声も音もなかった。


巨獣は身を捩ることすらできず、霊炎に包まれたまま崩壊していった。


白い粒が一つ残らず焼き尽くされる。


最後に黒い裂け目だけが宙へ残り、レイスウィザードの刀身へ吸い込まれるように消滅した。


森に静寂が戻る。


ゼラスは刀身に残った霊炎を消し、レイスウィザードを鞘へ収めた。


周囲を漂っていた死霊の光も、ゆっくりと森へ散っていく。


リズナはしばらく言葉を失っていた。


あれほど巨大だった異形が、レイスウィザードを抜いてからは何もできなかった。


戦いと呼ぶには、あまりにも一方的だった。


リュミエラは封魔杭の状態を確認しながら、ゼラスへ視線を向ける。


「フルドライブは使わなかったのね」


「必要なかった」


「大人の姿になることさえなかったものね」


リズナは勢いよくゼラスを見た。


「大人の姿?」


ゼラスは露骨に嫌そうな顔をする。


「リュミエラ、余計なことを言うな」


「事実を言っただけよ」


リズナは今しがた巨獣が消えた場所と、少年の姿をしたゼラスを交互に見た。


「……あれで、まだ本気じゃなかったの!?」


「必要な分は出した」


「それを本気じゃなかったって言うのよ!」


ゼラスは答えず、レイスウィザードを収納魔法へ戻した。


リュミエラが小さく笑う。


「驚くのは、まだ早いかもしれないわね」


「これ以上があるんですか……?」


リュミエラは答えなかった。


ただ、何もなかったように歩き出すゼラスの背中を、懐かしそうに見つめていた。

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