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第百七十八話 借り物の翼



三人が飛空艇を置いた場所へ近づくにつれ。


森の奥から、低い振動が聞こえ始めた。


リズナが足を止める。


「……これ」


『魔力炉』


ミテイが答える。


ゼラスの表情が変わった。


「もう動かしてやがる」


三人は一気に速度を上げた。


木々を抜ける。


そして。


「嘘でしょ……!」


飛空艇が浮いていた。


まだ地上から数メートル。


機体は大きく傾き、右側の推進器から不安定な魔力光が漏れている。


損傷していた部分には、見覚えのない魔石と魔力伝導部材が無理やり組み込まれていた。


『アスタリアの部品』


ミテイが目を見開く。


『繋いだんだ』


「そんな簡単にできるの!?」


『簡単じゃない』


飛空艇がさらに高度を上げる。


船体が大きく揺れた。


ゼラスが顔をしかめる。


「何だあの繋ぎ方……!」


「今そこ気にする!?」


「気になるだろ!」


操縦席。


そこにヴェルグの姿が見えた。


正規の操縦盤ではない。


開かれた側面の魔力経路へ、直接杖を差し込んでいる。


ゼラスの目が見開かれた。


「おい!」


リズナが驚いて振り向く。


「何?」


「あいつ、操縦認証を通してねえ!」


『直接魔力炉を動かしてる』


ミテイも気づく。


ゼラスの顔が引きつる。


「そんな動かし方したら船が保たねえぞ!」


「盗まれる方を心配してよ!」


「両方だ!」


飛空艇が前へ進み始める。


ゆっくり。


だが確実に森の上へ出ようとしている。


「止めるぞ!」


ゼラスが地面を蹴った。


「どうやって!?」


「乗る!」


「やっぱり!?」


ゼラスが木の幹を蹴り。


枝へ。


さらに上へ。


飛空艇が頭上を通過した瞬間。


跳んだ。


船体の縁を掴む。


そのまま身体を引き上げる。


リズナが呆気に取られる。


「ちょっと待って!」


『リズナ』


ミテイが手を差し出した。


意図を察し。


リズナがその手を掴む。


「行くわよ!」


風が巻き上がった。


二人の身体を押し上げる。


飛空艇の後部甲板へ。


着地。


「っ!」


リズナが手すりを掴む。


船は左右に激しく揺れていた。


「ゼラスの操縦と全然違う!」


『比べるの可哀想』


「誰が?」


『船』


「そっち!?」


その時。


操縦室の扉が開いた。


ゼラスが中へ飛び込む。


「ヴェルグ!」


ヴェルグが振り返った。


「もう追いつかれましたか」


「そこどけ!」


「お断りいたします」


ヴェルグが杖を引き抜く。


途端に。


飛空艇が大きく傾いた。


「うわっ!」


甲板でリズナが手すりへしがみつく。


『落ちる』


「縁起でもないこと言わないで!」


操縦室では。


ゼラスが咄嗟に操縦桿を掴んでいた。


「馬鹿野郎! 急に魔力切る奴があるか!」


「仕方ございません。あなたが来られましたので」


「船を何だと思ってやがる!」


「移動手段でございますが」


「そういう意味じゃねえ!」


ゼラスが操縦盤を操作する。


しかし。


正規系統の一部が反応しない。


「……お前」


接続部分を見る。


顔が険しくなった。


「認証だけじゃなく制御経路まで飛ばしたのか!」


「急いでおりましたので」


「雑すぎる!」


ヴェルグが僅かに眉を上げる。


「飛んでおりますので問題ないかと」


「問題しかねえよ!」


ゼラスが複数の術式を起動する。


飛空艇の傾きが少しずつ戻り始めた。


その隙に。


ヴェルグが後部甲板へ退く。


「リズナ」


ゼラスが叫ぶ。


「そっち行った!」


「見えてる!」


リズナが剣を抜く。


ヴェルグが甲板へ出た。


その前には。


リズナ。


そしてミテイ。


「これはまた」


「今度はゼラスが相手じゃないわよ」


「そのようですね」


ヴェルグが杖を構える。


「だからって楽だと思わないことね」


リズナが踏み込んだ。


剣が走る。


ヴェルグが杖で受け流す。


だが。


船体が揺れた。


ヴェルグの足元が僅かに崩れる。


リズナは逃さない。


風を纏った蹴りが脇腹へ入った。


「っ……!」


ヴェルグが手すりへぶつかる。


『転移』


ミテイが魔力を放つ。


ヴェルグの周囲で空間が歪む。


消えかけた姿が。


その場へ戻された。


「またですか」


『もう慣れた』


「それは困りますね」


リズナが迫る。


「だったら捕まりなさい!」


一撃。


ヴェルグが杖で受ける。


二撃目。


今度は避ける。


だが。


そこへミテイの魔力が足を止める。


「そこ!」


リズナの剣が外套を裂いた。


ヴェルグの腕から血が飛ぶ。


「……本当に」


ヴェルグの顔から余裕が薄れていく。


「以前より厄介になられましたね」


「褒めても何も出ないわよ!」


リズナがさらに追う。


その頃。


操縦室では。


ゼラスが必死に飛空艇を立て直していた。


「ミテイ!」


『何?』


「右の推進器見えるか!」


ミテイが戦いながら視線を向ける。


『見える』


「組み込まれてる魔石、反応どうだ!」


『不安定。でも流れてる』


「壊すなよ!」


リズナが叫ぶ。


「今それ言う!?」


「あれがないと帰れねえ!」


「分かったわよ!」


ヴェルグが僅かに笑った。


「なるほど」


リズナが嫌な予感を覚える。


「何?」


「あなた方も、この船が必要なのでございますね」


「……だから何よ」


「いえ」


ヴェルグが甲板を見回す。


そして。


操縦室のゼラスを見る。


「これは使えそうだと思いまして」


『何かする』


ミテイが反応する。


ヴェルグが杖を甲板へ向けた。


「させない!」


リズナが風の刃を放つ。


ヴェルグは杖を引く。


魔法は撃たなかった。


代わりに。


甲板の縁へ走る。


「待ちなさい!」


追う。


ヴェルグは手すりへ足をかけた。


その向こうは。


森。


飛空艇はすでにかなりの高度まで上がっている。


リズナが目を見開く。


「まさか――」


「この船を壊してしまっては、私も困りますので」


ヴェルグが微笑む。


「本日はお返しいたします」


「待て!」


リズナが手を伸ばす。


ヴェルグが飛び降りた。


「ヴェルグ!」


落下。


すぐに短距離転移。


『止める!』


ミテイが妨害する。


一度目が潰れる。


ヴェルグの身体が空中で揺れた。


だが。


すぐ下には木々がある。


枝へ足をかけ。


さらに落下。


二度目。


今度は数メートルだけ。


三度目。


さらに下へ。


『また細かく刻んでる』


リズナが甲板の縁から身を乗り出す。


「追えないの!?」


『ここからだと難しい』


ゼラスの声が操縦室から飛んだ。


「リズナ! 戻れ!」


「でも!」


「先に船だ!」


その直後。


右側の推進器から激しい火花が散った。


『出力落ちる!』


ミテイが叫ぶ。


飛空艇が大きく傾いた。


「きゃっ!」


リズナが甲板へ膝をつく。


ゼラスが操縦桿を強く引いた。


「二人とも中入れ!」


ヴェルグを追っている場合ではなかった。


リズナとミテイが操縦室へ駆け込む。


「大丈夫!?」


「今から大丈夫にする!」


ゼラスの両手が操縦盤を走る。


出力。


高度。


左右の推進力。


一つずつ調整していく。


だが。


右側だけ反応が遅い。


『ヴェルグの修理、雑』


「分かってる!」


「でも飛ばしたのよね?」


「ああ」


ゼラスが右側の記録を見る。


「……雑だが」


少しだけ表情が変わった。


「理屈は通ってる」


『アスタリアの部品を変換してる』


ミテイが横から覗く。


『ここの術式』


「見えるか?」


『うん』


ミテイが灰色の魔力を流した。


ヴェルグが追加した経路。


ガリオール製の魔力系統と。


アスタリアの風系統の部材。


その間を。


一つの変換術式が繋いでいる。


『これなら直せる』


リズナが振り返る。


「本当?」


『うん。今のまま海を越えるのは危ない。でも、同じ考え方でちゃんと組み直せばいける』


ゼラスも頷く。


「俺もそう思う」


「じゃあ……」


リズナの顔が明るくなる。


「帰れる?」


「部品を揃えて、ちゃんと直せばな」


『たぶん』


「よかった……!」


その瞬間。


船体がまた傾いた。


「まだ喜ぶな!」


「早く言って!」


「今言っただろ!」


ゼラスが機体を立て直す。


高度を少しずつ下げる。


森の中に開けた場所を探し。


ゆっくり。


今度こそ。


安全に着陸させた。


僅かな衝撃。


魔力炉の出力が落ちる。


静かになった。


三人が同時に息を吐く。


「……疲れた」


リズナが椅子へ身体を預けた。


『ヴェルグ逃げた』


「分かってるわよ……」


ゼラスは操縦席から立つ。


右側の推進器を確認するため外へ向かった。


リズナも後を追う。


船体の横。


無理やり取り付けられた魔石。


見慣れない部材。


そして。


それらを繋ぐ術式。


ゼラスが腕を組む。


「腹立つな」


「何が?」


「修理自体は悪くねえ」


リズナが少し笑う。


「褒めたくないの?」


「絶対嫌だ」


『でも使う』


後ろからミテイが言う。


「使うけどな」


「使うんだ」


「帰るためだろ」


ゼラスが答える。


リズナは飛空艇を見上げた。


ヴェルグには、また逃げられた。


だが。


今回は。


ただ逃げられただけではない。


ヴェルグが残した修理によって。


これまで見つからなかった。


アスタリアの部材で飛空艇を直す方法が。


目の前に残されている。


『中央風塔に戻ったら、同じ部品集める』


ミテイが言う。


「ああ」


ゼラスも頷く。


「今度は俺たちがちゃんと組み直す」


リズナは森の奥を見る。


ヴェルグの姿はもうない。


「自分で壊して、自分で直して、結局あたしたちの役に立ってるのね」


『ちょっと可哀想』


「ミテイまで言う?」


ゼラスが鼻で笑った。


「知るか。剣切った分には全然足りねえ」


その声だけは。


まだ本気だった。

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