第百七十七話 剣に残ったもの
昼近く。
中央風塔の通信室で、リズナたちはガリオールとの通信を繋いでいた。
映像が安定した瞬間。
『ゼラス!』
リュミエラの声が飛んだ。
いつもの落ち着いた調子ではない。
『リズナちゃんも、ミテイも……無事なのね?』
リズナは少し目を見開いた。
「はい。三人とも無事です」
『……よかった』
リュミエラが大きく息を吐く。
目に見えて肩の力が抜けた。
『本当に三人とも無事なのね』
「ああ。心配かけたな」
『出発してからずっと心配してたのよ。ゼラスが一緒だから大丈夫だとは思ってたけど、そのゼラスが一番無茶するでしょう?』
「否定できねえな」
『でしょう?』
ようやく、リュミエラの声にいつもの調子が少し戻る。
それでも。
一度、三人の顔を順番に確認した。
『……本当に、よかった』
「心配かけました、リュミエラさん」
『ええ。かなりね、リズナちゃん』
ゼラスもそれ以上は茶化さなかった。
すぐに表情を引き締める。
「リュミエラ。報告がある」
『何かあったの?』
「ああ。まず――」
収納魔法が開く。
ゼラスが取り出したものを、通信盤から見える位置へ置いた。
完成版レイスウィザード。
リュミエラの目が大きくなる。
『……それ』
「完成版です」
リズナが答えた。
「西岸の入り江で見つかったものを、ゼラスが確保しました」
しばらく。
リュミエラは何も言わなかった。
ただ、千年前に失われた魔剣を見つめている。
『……本当に戻ってきたのね』
「ああ」
『状態は?』
『使える』
ミテイが答える。
『魔力経路も生きてる。ゼラスも一度使った』
『そう……』
リュミエラが安堵したように息を吐いた。
だが。
ゼラスの表情が明るくならないことに気づく。
『……まだあるのね』
「ああ」
ゼラスは完成版を横へ置いた。
再び収納魔法へ手を入れる。
そして。
机の上へ、二つに分かれたレイスウィザードを置いた。
リュミエラの表情が止まる。
『……何、それ』
「ヴェルグにやられた」
『やられたって……』
「切られた」
『……切られた?』
リュミエラが身を乗り出した。
『レイスウィザードを?』
「ああ」
「一撃でした」
リズナが補足する。
『一撃……?』
今度こそ、リュミエラは言葉を失った。
ミテイが続ける。
『ウェポンブレイカーっていう武器』
『ウェポンブレイカー……』
『左腕につける武器。レイスウィザードの弱い場所を狙って、刀身ごと切った』
リュミエラの表情が険しくなる。
『ヴェルグ……そんなものまで作っていたのね』
「完成版には同じやり方は通じなかった」
ゼラスが言う。
『完成版は内部構造をかなり変えてあるわ。同じ場所に同じ弱点は残してない』
『私もそう見えた』
ミテイが頷いた。
そして、切断されたレイスウィザードへ視線を戻す。
『でも、こっちに変な反応が残ってる』
「それを見てもらいたかったんだ」
『見せて』
リュミエラの声が一気に研究者のものへ変わった。
ミテイが柄側を通信盤の記録範囲へ移す。
『ここ』
灰色の魔力が薄く広がる。
『刀身の魔力経路は完全に切れてる。でも、ここだけまだ反応してる』
リュミエラは送られてきた構造記録を確認する。
一度。
二度。
表示を拡大し。
動きが止まった。
『……残ってたのね』
ゼラスが顔を上げる。
「知ってるのか?」
『ええ』
リュミエラは柄に近い部分を指した。
『記録核よ』
「記録核?」
リズナが聞き返す。
『レイスウィザードは元々、私の魔力を調べるための実験剣だったでしょう?』
「はい」
『どれだけ魔力を流したか。どこへ集中させたか。どんな負荷がかかったか。そういう情報を後から確認するために組み込まれていたの』
ミテイが記録核を見る。
『だからゼラスの魔力が残ってる』
『そういうこと』
リュミエラはさらに記録を確認する。
そして。
眉を寄せた。
『ただ……これは多すぎるわ』
『何百年分もある』
ミテイが答える。
『魔力の流し方。出力を上げる時の癖。集中させる場所。かなり深く残ってる』
『なるほどね……』
リュミエラは暫く記録を見つめていた。
『本来は研究中の情報を残すためのものだった。でも、ゼラスがあまりにも長く使ったせいで、それ以上のものになったみたいね』
ゼラスが机の上の剣を見る。
「これ……直せるのか?」
リュミエラの表情が僅かに曇った。
『元の状態へ戻すのは難しいと思う』
「……そうか」
短い返事。
リズナも何も言えなかった。
だが。
『でも』
ゼラスが顔を上げる。
『完成版にも、同じ仕組みがあるわ』
リズナが目を瞬く。
ミテイが先に気づいた。
『移せる?』
『可能性はある』
リュミエラが頷く。
『試作と完成版では構造が違う。でも、記録核の基本的な仕組みは同じ』
ゼラスが完成版を見る。
『今までその剣が覚えてきたゼラスの魔力を、完成版へ引き継げるかもしれない』
「……こいつが覚えた俺を?」
『ええ』
リュミエラが少し笑った。
『何百年も一緒に戦ってきたものを、全部失わなくて済むかもしれないわ』
ゼラスは何も言わなかった。
ただ。
切断されたレイスウィザードへ手を置く。
昨日、完成版を握った時。
強いとは思った。
明らかに性能も高かった。
それでも。
自分の剣ではない。
そんな感覚があった。
だが。
そこへ。
長い年月を共にしたものを残せるのなら。
「……やってくれるか?」
『もちろん』
即答だった。
『ただし、それ以上は触らないで。帰ってきたら私が直接見るわ』
『分かった』
ミテイが魔力を止める。
ゼラスは二つに分かれたレイスウィザードを丁寧に持ち上げた。
収納魔法へ戻す。
その横顔は。
昨日より、ほんの少しだけ柔らかくなっていた。
「それで、もう一つ問題があります」
リズナが言う。
『まだあるの?』
「帰りの飛空艇をヴェルグに壊されました」
『……何ですって?』
「完全に飛べないわけじゃない」
ゼラスが説明する。
「推進系統をやられた。直せると思うが、ガリオール製だから同じ部品がこっちにはない」
『つまり、すぐには帰れないのね』
「ああ」
リュミエラの眉が僅かに動く。
『ゼラス』
「俺が壊したんじゃねえぞ」
『それくらい分かってるわよ』
「その顔は疑ってただろ」
『あなたなら戦闘中に無茶な操縦くらいはするでしょう?』
「それはした」
『ほら』
「でも壊したのはヴェルグだ」
リズナが思わず笑った。
「そこは本当です」
『なら、修理の方法を探すしかないわね』
「アスタリア側で使っている魔導具の部材を流用できないか調べてもらってます」
『そう。それならまだ可能性はあるわね』
一通りの報告が終わる。
リュミエラもようやく少し力を抜いた。
そして。
ふと三人を見る。
『そういえば』
「何ですか?」
『昨夜はちゃんと休めた?』
一瞬。
三人が静かになった。
「……休みましたよ?」
リズナの返事が少し早かった。
リュミエラの目が細くなる。
『そう』
「何ですか、その顔」
『別に?』
ミテイが普通に口を開く。
『三人で同じ部屋だった』
「ミテイ!」
『本当』
「本当だけど、そこまで言わなくていいの!」
ゼラスが額へ手を当てる。
「お前、そういうところだけ妙に正直だよな……」
『嘘をつく理由ないから』
通信盤の向こうで。
リュミエラが三人を見る。
顔を赤くしたリズナ。
視線を逸らすゼラス。
何が問題なのか分かっていないミテイ。
数秒。
『……ああ』
口元が緩んだ。
「何で分かるんですか!」
『まだ何も言ってないでしょう、リズナちゃん』
「その顔で十分です!」
『そう。ミテイもね』
『うん』
「だから答えなくていいの!」
リュミエラが楽しそうに笑う。
ゼラスは完全に諦めたように椅子へ背を預けた。
「もう通信切っていいか……」
『駄目よ。まだヴェルグの状況を――』
その時。
通信室の扉が勢いよく開いた。
「いた!」
セレイナだった。
リズナが振り返る。
「どうしたの?」
「ヴェルグが見つかった」
空気が一気に変わる。
ゼラスが立ち上がった。
「どこだ?」
「南区の魔導具工房」
「魔導具工房?」
セレイナが記録板を机へ置く。
「正確には、そこで使ってる保管庫。今朝、高出力の魔石と魔力伝導用の部材がいくつか盗まれたの」
ミテイがすぐに反応する。
『大型魔導具用?』
「ええ。中央風塔や観測設備の修繕にも使うものよ」
リズナも意味に気づく。
「飛空艇を直すつもり……?」
「そのまま取り付けられる物じゃないわ」
セレイナが答える。
「でも、あいつなら加工して使うかもしれない」
ゼラスの目が鋭くなる。
「自分で壊しといて、今度は直す気かよ」
「工房の職人に化けて入り込んでたらしいわ。本物が戻ってきて発覚した」
「今どこ?」
「北西へ向かったのを見た人がいる」
三人が顔を見合わせる。
飛空艇を降ろしてきた方角だった。
『ヴェルグ、自分で修理するつもり』
ミテイが言う。
「でしょうね」
リズナは立ち上がった。
「急ぎましょ。あれを持っていかれたら、あたしたちの帰り道までなくなる」
ゼラスが収納魔法へ手を入れる。
完成版レイスウィザードを取り出した。
まだ。
手に馴染んではいない。
一度だけ柄を握り直す。
通信盤からリュミエラの声が飛んだ。
『ゼラス』
「何だ?」
『今度は本当に無茶しすぎないでね』
「分かってる」
『……本当に?』
「たぶん」
『ゼラス』
「分かったって!」
リズナが小さく笑う。
「行きましょう」
『うん』
ミテイも続く。
三人は通信室を飛び出した。
ヴェルグが盗んだのは。
飛空艇そのものではない。
ガリオール製の船を。
自分の手で再び空へ戻すための材料だった。




