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第百七十六話 眠れない夜



その夜。


中央風塔の騒ぎがようやく落ち着いた頃には、すでに日付が変わろうとしていた。


ヴェルグの捜索はセレイナたちへ引き継がれ。


ゼラスたちには、塔の近くにある宿泊施設の一室が用意された。


リズナが部屋へ入ると。


ゼラスは窓際の椅子に座っていた。


いつもの少年の姿。


窓の外を眺めたまま、ほとんど動いていない。


「ゼラス」


「ん?」


「まだ寝ないの?」


「眠くないだけだ」


「嘘」


「即答かよ」


「あたしに分からないと思ってる?」


ゼラスは何も言わなかった。


リズナはその隣へ腰を下ろす。


少し遅れて、ミテイも部屋へ入ってきた。


『まだ起きてる』


「お前もか」


『ゼラスが寝てないから』


「俺は子供じゃねえぞ」


『知ってる』


ミテイは反対側に座った。


三人の間に、しばらく静かな時間が流れる。


外では、アスタリアの夜風が窓を小さく鳴らしていた。


やがて。


リズナが口を開く。


「……レイスウィザードと、どのくらい一緒だったの?」


「正確には覚えてねえよ」


「何百年?」


「……まあ、そのくらいだ」


リズナは視線を落とした。


あたしが生きてきた時間より。


ずっと長い。


『壊れると思ってなかった?』


ミテイが尋ねる。


ゼラスは少し黙った。


「ああ」


珍しく、強がらなかった。


「あいつが切れるなんて、考えたこともなかった」


自分の手を見る。


「何度無茶させても残ってたからな」


「だから、あんなに怒ったのね」


「悪いか」


「悪いなんて言ってないわ」


リズナは立ち上がった。


ゼラスの前へ回り。


そのまま抱きしめる。


「おい」


「今日はいいの」


「何がだよ」


「落ち込んでて」


ゼラスの身体が僅かに固まった。


「あたしの前くらい、平気なふりしなくていいでしょ」


「別に平気なふりなんか――」


『してる』


「ほら」


「お前らな……」


ミテイも立ち上がる。


ゼラスの横へ来て。


肩へそっと手を置いた。


『今日は一人にしない』


「ミテイまで?」


『うん』


「何でだよ」


『慰めたいから』


あまりに真っ直ぐな答えだった。


リズナがミテイを見る。


「ミテイ、それ結構大胆なこと言ってるわよ」


『そう?』


「そうよ」


『でも本当』


ゼラスは二人を交互に見た。


「俺を何だと思ってんだ」


リズナは少し笑った。


「大事な人」


ゼラスが止まる。


ミテイも続いた。


『私も大事』


「……」


「ほら。また黙った」


「うるせえ」


ゼラスが顔を逸らす。


その頬へ。


リズナがそっと口づけた。


「……急だな」


「嫌だった?」


「嫌なら避けてる」


「なら、もう一回」


今度は唇へ。


短く触れる。


離れようとしたところで。


ゼラスの腕がリズナの腰へ回った。


もう一度。


少し長く。


リズナも目を閉じ、ゼラスの首へ腕を回す。


やがて唇が離れた。


「……ちょっとは元気出た?」


「そんな簡単じゃねえよ」


「じゃあ、もっと慰めないとね」


「お前な……」


その隣で。


ミテイが二人をじっと見ていた。


「ミテイ?」


『私もしたい』


リズナの眉が僅かに上がる。


「……ミテイも?」


『うん』


迷いがない。


リズナはゼラスを抱いたまま。


ほんの少しだけ腕へ力を込めた。


「言っとくけど」


『何?』


「ゼラス、あたしのだからね」


「おい」


『取らない』


「本当?」


『一緒がいい』


リズナはミテイを見る。


少しだけ。


胸の奥に引っかかっていたものが軽くなった。


「……なら、まあいいけど」


「いいのかよ」


「ゼラスは黙ってて」


『今日は慰められる側』


「何でそこだけ意見合うんだよ」


リズナが思わず笑った。


その顔を見て。


ゼラスも僅かに笑う。


「……やっと笑った」


「あ?」


「その方がいい」


ミテイがゼラスへ顔を近づけた。


『私もいい?』


ゼラスはミテイを見る。


「本当にいいのか?」


『うん。私がしたい』


「……分かった」


ミテイの最初の口づけは。


触れるだけだった。


一度離れ。


少し考えるようにゼラスを見る。


そして。


もう一度。


今度は自分から腕を回す。


唇が離れる。


『嫌じゃなかった?』


「嫌じゃねえよ」


『よかった』


リズナはその様子を見て。


やっぱり少しだけ面白くない。


だから。


今度は自分からゼラスを引き寄せた。


「じゃあ、あたしも」


「張り合うなよ」


「張り合ってない」


「顔がそう言ってるぞ」


「うるさい」


リズナが唇を塞ぐ。


しばらくして。


三人は寝台へ移った。


その時。


ゼラスが止まる。


「待て」


「何?」


「この姿のままだと色々やりづらい」


リズナも気づいた。


「あ」


『成人姿になる?』


「ああ」


ゼラスの身体を魔力が包む。


少年だった輪郭が伸び。


肩幅が広がり。


腕も脚も。


成人した男のものへ変わっていく。


やがて。


成人姿になったゼラスが寝台へ腰掛けた。


リズナは思わず見上げる。


「……近くで変わられると、やっぱり差がすごいわね」


「今さらか」


ミテイが一歩近づく。


そのままゼラスへ抱きついた。


『こっちの方がいい』


「何が?」


『抱きつきやすい』


「そうかよ」


リズナが吹き出した。


「ミテイ、今日は本当に遠慮しないわね」


『うん』


リズナも反対側から身体を寄せる。


ゼラスの腕が二人へ回った。


リズナの背を撫でていた手が。


そのまま身体の前へ回る。


「んっ……」


胸へ触れられ。


リズナが小さく声を漏らした。


すぐにゼラスを見る。


「……ねえ」


「何だ?」


「さっきまであんなに沈んでたのに、こういう時だけ手は元気なのね」


「それとこれは別だろ」


「ほんっと、おっぱい好きよね……」


「嫌か?」


「嫌とは言ってない」


リズナは頬を赤くしながらも。


ゼラスへ身体を預けた。


その横で。


ミテイがじっと見ている。


『ゼラス』


「ん?」


『私のも触る?』


「お前、自分から聞くのか」


『リズナの触ってるから』


リズナの眉がぴくりと動いた。


「……ミテイ」


『何?』


「積極的すぎない?」


『駄目?』


「駄目じゃないけど……」


ゼラスはそんなリズナの表情を見て。


先に彼女を抱き寄せた。


唇を重ねる。


「ん……」


それだけで。


リズナの機嫌が少し戻った。


キスを続けながら。


ゼラスのもう片方の手がミテイへ伸びる。


ミテイの肩が僅かに揺れた。


『……びっくりした』


ゼラスが手を止める。


「嫌だったか?」


『違う』


少し考えて。


『初めて触られたから』


「なら止めるか?」


『止めなくていい』


ミテイはゼラスを見上げる。


『ゼラス、胸好きなの?』


リズナが唇を離して笑った。


「大好きよ、この人」


「おい」


『すごく?』


「何で確認するんだよ」


『知りたいから』


「……好きだよ」


『分かった』


妙に真面目な顔で頷く。


リズナは笑ってしまった。


「そこ納得するところ?」


『大事』


「何がよ」


『ゼラスが好きなもの』


その答えに。


今度はリズナが少し黙った。


嫌な感じはしなかった。


むしろ。


ミテイも本当にゼラスを大切に思っているのだと分かる。


「……なら、今日は許す」


『今日だけ?』


「そこは聞かないの」


ゼラスが苦笑する。


「結局お前が一番面倒くせえな」


「何よ」


リズナはまたゼラスへ口づけた。


今度は深く。


長く。


自分がここにいると確かめるように。


その間に。


ミテイはゼラスの首筋へ触れ。


胸元へ口づけ。


少しずつ。


下へ移っていく。


ゼラスが一度だけ視線を落とした。


「ミテイ?」


『こっちは私』


「こっちって何だよ」


リズナはキスの合間にミテイを見る。


「……本当に積極的ね」


『駄目?』


少しだけ。


また嫉妬する。


だからリズナはゼラスの頬を両手で挟んだ。


「じゃあ、あたしはこっち」


「役割分担するなよ」


「いいから」


もう一度。


ゼラスの唇を奪う。


そのまま。


ミテイの姿が視界の下へ消えていった。


ゼラスの身体が僅かに強張る。


「……おい」


リズナは唇を離さない。


むしろ。


ゼラスの首へ腕を回し。


自分へ向かせた。


少しずつ。


ゼラスの呼吸が乱れていく。


それが唇越しにも分かる。


リズナは一度だけ離れた。


吐息が触れるほど近くで。


「……気持ちいい?」


「今聞くか?」


「聞きたいの」


「お前な……」


下からミテイの声が聞こえる。


『たぶん気持ちいい』


「お前が答えるな」


リズナが吹き出した。


けれど。


ミテイばかりに任せるのも面白くない。


「ミテイだけゼラスを喜ばせるの、ちょっと嫌」


『じゃあリズナも』


「言われなくても」


今度はリズナの方からゼラスを求めた。


ゼラスも強く抱き寄せる。


その腕の力に。


リズナの胸にあった小さな嫉妬が、少しずつ消えていった。


自分もちゃんと求められている。


それが分かれば。


ミテイが一緒にいることも。


不思議と嫌ではなかった。


その夜。


三人は誰か一人を外へ置くことなく。


互いに触れ。


求め。


何度も抱きしめ合った。


リズナがゼラスを独占したくなれば。


ゼラスはちゃんと彼女を抱いた。


ミテイが一歩踏み込めば。


リズナも少し遅れてその輪へ加わった。


そして。


ゼラスも。


二人を求めた。


「ゼラス」


「ん?」


「今日はちゃんと甘えていいから」


『二人いる』


ゼラスは暫く黙った。


それから。


二人を抱く腕へ力を込める。


「……ありがとな」


「どういたしまして」


『うん』


失ったものを忘れるためではない。


なかったことにするためでもない。


ただ。


ゼラスを一人にしないために。


三人は。


夜が深くなるまで身体を重ねた。




翌朝。


最初に目を覚ましたのはミテイだった。


『……朝』


その声で。


リズナも薄く目を開く。


「ん……」


目の前には。


成人姿のまま眠っているゼラス。


反対側にはミテイ。


昨夜のことを思い出した瞬間。


リズナの頬が一気に熱くなった。


「……あ」


『おはよう』


「お、おはよう……」


ミテイはいつもと変わらない顔をしている。


リズナは少しだけ身を起こした。


「ミテイ」


『何?』


「その……昨日、どうだった?」


『すごく気持ちよかった』


「即答!?」


『感想を聞かれたから』


「そうだけど……」


ミテイは少し考える。


『初めてだったけど、思ってたよりずっとよかった』


「朝からそんな普通の顔で言えるのすごいわね……」


『ゼラスもすごかった』


「……それは」


リズナもゼラスを見る。


昨夜のことを思い返す。


「まあ……うん。昨日のゼラス、いつも以上だった気がする」


『やっぱり』


「何、その納得した顔」


『私、途中からよく分からなくなった』


「あたしもそれは分かる……」


妙なところで意見が一致する。


そして。


ミテイは真顔で言った。


『またしたい』


リズナが振り向く。


「もう!?」


『うん』


「初めての翌朝よ?」


『初めてだったから分かった』


「何が?」


『私、これ好きかも』


「……」


『ハマりそう』


リズナは片手で顔を覆った。


「ミテイがそんなこと言うようになるなんて……」


『リズナはもうしたくない?』


「その聞き方ずるいわね」


少し黙る。


「……したくないとは言ってない」


『じゃあまた三人で』


「決めるの早いって!」


その時。


ミテイの視線が。


ふと布団の中へ落ちた。


『……ゼラス』


まだ半分眠っているゼラスを見る。


『朝なのに、また元気』


「見るな」


ゼラスが目を開ける。


リズナも気づき。


すぐに顔を赤くした。


「ちょ、ちょっと!」


「俺に言うなよ」


ミテイはじっと考えている。


昨夜の経験を思い出しているらしい。


『これ、昨日も』


「声に出すな」


『でも』


ミテイが少し身体を下へずらした。


ゼラスが眉を寄せる。


「……ミテイ?」


『昨日、ゼラス気持ちよさそうだった』


「待て」


するり。


ミテイが布団の中へ潜り込んだ。


リズナの目が丸くなる。


「ミテイ!? 朝から何してるのよ!」


布団の中から。


平然と声が返ってくる。


『昨日の続き』


「続けるの!?」


ゼラスが片手で顔を覆った。


「お前、本当にハマってんじゃねえか……」


呆れた声。


けれど。


本気で止めようとしている様子はない。


むしろ。


求められていることが少し嬉しい。


そんな顔をしていた。


リズナはすぐに気づく。


「ゼラス」


「何だ」


「嬉しいんでしょ」


「……何の話だ」


「顔」


「普通だ」


「昨日もそれ言ってたわよ」


布団の中から。


『私も嬉しい』


「お前まで会話に入ってくるな!」


リズナは笑った。


だが。


すぐに少しだけ頬を膨らませる。


「……ミテイ」


『何?』


「朝から一人でゼラス独占しないでよ」


少し間がある。


『リズナも来る?』


「行くわよ」


「即答かよ」


「だって」


リズナはゼラスの胸へ手を置いた。


「昨日あたしのって言ったでしょ」


「俺本人の意見は?」


「ゼラスは嫌なの?」


「……嫌とは言ってねえ」


リズナが笑う。


「じゃあ決まり」


ゼラスへ覆いかぶさるように顔を近づけた。


「ミテイがそっちなら」


「お前も役割分担する気かよ」


「あたしはこっち」


唇を重ねる。


朝から。


昨日の続きのように。


ミテイがゼラスを困らせ。


リズナが少し嫉妬して。


結局。


三人とも離れられなくなる。


ゼラスの腕がリズナを抱き。


もう片方の手がミテイへ伸びる。


リズナが唇を離した。


「……またそこ触ってる」


「好きなんだから仕方ねえだろ」


『私も?』


「お前もだ」


『よかった』


「何がよ」


『平等』


リズナが吹き出す。


「そういう問題じゃないでしょ」


それでも。


今朝はもう。


昨日ほど嫉妬はしなかった。


ミテイが嬉しそうなのも。


ゼラスがそれを隠しきれず嬉しそうなのも。


少し悔しいけれど。


悪くない。


だから。


リズナはゼラスへもう一度口づけた。


「ねえ」


「何だ?」


「朝から最後まで付き合ってよ」


ゼラスが一瞬止まる。


そして。


口元を僅かに上げた。


「後で疲れたって言うなよ」


『私は言わない』


「ミテイは黙ってなさい!」


笑い声が重なる。


そして。


結局その朝も。


三人はもう一度。


互いを求め。


最後まで身体を重ねることになった。


昨夜とは違う。


慰めるためだけではない。


三人ともが。


ただ。


そうしたいと思ったから。


少し遅い朝になった。


けれど。


ゼラスの顔からは。


ようやく昨日までの重い影が。


ほんの少しだけ消えていた。

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