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第百七十三話 懐かしい扉



壊れた飛空艇は、その場に残すことになった。


アスタリア側の調査隊が到着し、周囲には見張りが置かれている。


ゼラスは損傷箇所を一通り確認した後、船から降りた。


「どう?」


リズナが尋ねる。


「直せる。ただ、交換する部品がいくつか必要だ」


『同じ部品はアスタリアにはない』


ミテイが続ける。


「やっぱり?」


『でも代わりに使えそうなものはある。調べれば何とかなると思う』


ゼラスも頷いた。


「魔力を流す経路さえ合わせられればな」


「じゃあ、帰れないままってわけじゃないのね」


「ああ」


リズナは少しだけ安心して息を吐いた。


そこへセレイナが歩いてくる。


「必要なものは中央風塔で調べさせるわ。ここにいても仕方ないし、一度戻りましょう」


「お願い」


「それと」


セレイナがリズナを見る。


「先に寄るところがあるんじゃない?」


リズナは一瞬きょとんとした。


そして。


「あ……」


気づいた。


セレイナが呆れたように笑う。


「ガリオールから突然帰ってきたのに、お母さんに顔も見せないつもり?」


「忘れてたわけじゃないのよ!」


「ヴェルグを追い回してたものね」


「そうなの!」


『今なら行ける』


ミテイが言う。


ゼラスも頷いた。


「ヴェルグの捜索は向こうに任せよう」


「……そうね」


リズナは西の空を見た。


思えば。


アスタリアを離れる時は、こんな形で戻ってくるとは考えていなかった。


しかも。


海を飛空艇で越えて。


ヴェルグを追いかけながら。


「絶対説明が大変だわ……」


「何が?」


「全部よ」




ネフィラの屋敷に着いた頃には、日が傾き始めていた。


門を抜け。


見慣れた玄関の前に立つ。


リズナは手を上げたまま、少しだけ止まった。


ゼラスが横を見る。


「どうした?」


「いや……」


「入らないのか?」


「入るわよ」


扉を叩く。


少しして。


足音が近づいた。


扉が開く。


「はい――」


エルシアだった。


そして。


リズナを見たまま、固まった。


「……リズナ?」


「ただいま」


「え?」


エルシアの目がゼラスへ移る。


次にミテイ。


またリズナ。


「え?」


「その反応になるわよね」


「だって、あなた……ガリオールに……」


「さっきアスタリアに着いたの」


「どうやって!?」


「飛空艇で」


「……海を?」


「うん」


エルシアはしばらく黙った。


「ちょっと待ってね」


「何?」


「理解するから」


『時間かかりそう』


「ミテイ」


その時。


屋敷の奥から声がした。


「エルシア? 誰か来たの?」


リズナの表情が変わる。


ゆっくりと廊下の奥を見る。


「お母さん」


足音。


そして。


ネフィラが姿を見せた。


以前より顔色は良くなっている。


だが。


そこに立つリズナを見た瞬間。


ネフィラも足を止めた。


「……リズナ?」


「あたし」


一瞬。


静かになった。


ネフィラが近づいてくる。


リズナも歩み寄った。


そして。


何かを言うより先に、抱きしめられた。


「お母さん……」


「帰ってくるなら、先に知らせなさい」


「無理だったのよ」


「どうして?」


「追いかけてたら着いたの」


ネフィラが身体を離した。


「……何を?」


「ヴェルグ」


「誰?」


「そこから説明しないと駄目なのよね……」


後ろでゼラスが小さく笑った。


リズナが振り向く。


「笑わないでよ」


「いや、悪い」


ネフィラの視線がゼラスへ向く。


ゼラスはすぐに姿勢を正した。


「ご無沙汰してます」


「ゼラスさんも一緒なのね」


「はい」


続いてミテイ。


『私もいる』


「ええ。見れば分かるわ」


『よかった』


「何が?」


『忘れられてなかった』


エルシアが笑った。


「忘れるわけないでしょう」


リズナはようやく肩の力を抜いた。




居間へ移り。


リズナたちは、ここ数日の出来事を簡単に説明した。


ヴェルグの正体。


完成版レイスウィザード。


飛空艇で海を越えたこと。


海上で追いつき。


戦いながらアスタリアまで来たこと。


そして。


「帰りの飛空艇をヴェルグに壊されたの」


ネフィラが黙った。


「……つまり」


「うん」


「また帰れなくなったの?」


「今度はガリオールに」


リズナは苦笑した。


ネフィラも何とも言えない顔になる。


「あなた、そういうことに縁があるのね」


「あたしも今ちょっと思った」


エルシアが隣で笑いを堪えている。


「エルシアまで笑わないでよ」


「ごめんなさい。でも……」


エルシアは懐かしそうにリズナを見る。


「元気そうで安心したわ」


「エルシアもね」


リズナの視線がネフィラへ移る。


「お母さんも、前より元気そう」


「エルシアのおかげよ」


「私は大したことしてないわ」


「してるでしょう」


ネフィラがすぐに返す。


そのやり取りに。


リズナは少し笑った。


突然の帰還だった。


予定していたものではない。


それでも。


ここへ帰ってきたのだと、ようやく実感が湧いてくる。


その時。


ミテイが顔を上げた。


『通信』


携帯していた通信具が反応している。


『セレイナから』


「何かあった?」


ミテイが接続する。


セレイナの姿が浮かび上がった。


『リズナ、そこにいる?』


「いるわ。どうしたの?」


『ヴェルグを見失った』


リズナの表情が変わる。


「見失った?」


『捜索隊が一度見つけたの。西岸から東へ移動してた』


「それなら追えたんじゃないの?」


『途中まではね』


セレイナが眉を寄せる。


『森を出たところで、別人になった』


ゼラスが顔を上げた。


「変装か」


『たぶん。追ってた男が曲がり角へ入った直後、そこから出てきたのは全然違う人だった』


『ヴェルグの得意なやつ』


ミテイが言う。


リズナは立ち上がった。


「どっちへ行ったの?」


『分からない。でも、一つだけ』


セレイナが記録板を見る。


『その直前まで、中央風塔の方向へ進んでた』


「中央風塔……」


ゼラスの表情が険しくなる。


「帰る方法を探す気か」


『私もそう考えてる』


セレイナが答える。


『祖先帰還路は封じたままよ。今すぐ使えるようなものじゃない』


「でもヴェルグなら、まず調べるでしょうね」


リズナが言う。


封じられている。


だから安全。


そう考えて何もしない相手ではない。


『こっちへ戻ってきて』


「分かった」


通信が切れる。


リズナが振り返った。


ネフィラは静かにこちらを見ていた。


「もう行くのね」


「……うん」


「帰ってきたばかりなのに」


「ごめん」


ネフィラは小さく息を吐いた。


そして。


「気をつけて行ってらっしゃい」


リズナは少し目を見開いた。


それから笑う。


「行ってきます」


ゼラスが立ち上がる。


ミテイも続いた。


玄関へ向かう途中。


エルシアが声をかける。


「リズナ」


「何?」


「今度はちゃんと帰ってきてね」


リズナは振り返った。


「もちろん」


屋敷を出る。


夕方の風が頬を撫でた。


懐かしい風。


けれど。


その先では。


ヴェルグが再び動き始めている。


ゼラスが中央風塔の方角を見る。


「急ぐぞ」


「ええ」


三人は走り出した。


久しぶりに開いた家の扉を。


今度は。


帰ってくる場所として背にして。

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