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第百七十話 森を裂く影



森へ入った途端、視界が一気に狭くなった。


高い木々が空を覆い、枝葉の隙間から僅かな光が差し込んでいる。


先ほどまで見えていたヴェルグの姿は、もうどこにもない。


それでも。


『こっち』


ミテイが迷わず森の奥を指した。


「分かるの?」


『短距離転移の残り。それと、走った跡』


リズナも地面へ目を落とす。


折れた草。


浅く残る足跡。


枝に引っかかった外套の切れ端。


「急いでるわね」


ゼラスが収納魔法から鋼剣を取り出した。


「船を捨てたんだ。向こうにも余裕はないだろ」


三人は走り出した。


森の中を縫うように進む。


ヴェルグは短距離転移を繰り返しているらしく、足跡は何度も途切れた。


だが。


少し先へ進めば、また痕跡が現れる。


「やっぱり長距離は飛べないのね」


『うん。移動してる距離は短い』


「なら追いつける」


ゼラスが速度を上げた。


リズナも遅れず続く。


倒木を越え。


岩場を抜け。


途切れた足跡の先を読みながら進んでいく。


その時。


リズナが急に足を止めた。


「待って」


ゼラスも止まる。


「どうした?」


「何かいる」


低い唸り声。


右側の茂みが揺れた。


直後。


巨大な獣が飛び出してくる。


四本脚。


黒褐色の毛皮。


口元から長い牙を突き出した魔獣だった。


さらに後ろから二頭。


『三体』


「こんな時に!」


先頭の一体がリズナへ飛びかかる。


リズナは剣を抜いた。


身体を横へずらし、そのまま脇腹を斬る。


魔獣が地面へ転がった。


二体目がゼラスへ向かう。


ゼラスは鋼剣で牙を逸らすと、すれ違いざまに首筋を斬り裂いた。


一撃。


魔獣が崩れ落ちる。


『後ろ』


三体目が木の陰から飛び出した。


灰色の魔力が脚へ絡みつく。


体勢を崩した魔獣へ、リズナが踏み込んだ。


「はっ!」


風を纏った剣が走る。


魔獣はそのまま地面へ倒れた。


辺りが静かになる。


リズナは剣についた血を払い、鞘へ収めた。


「この辺り、こんな魔獣いたかしら」


『いるみたい』


「それは見れば分かるわよ」


ゼラスが遠くを見る。


森のあちこちから、獣や鳥の鳴き声が聞こえていた。


「飛空艇が落ちたせいだろ。森全体が騒がしくなってる」


『ヴェルグ、まだ動いてる』


「行くぞ」


三人はすぐに追跡を再開した。




しばらく進むと。


リズナが地面に落ちた赤い跡へ気づいた。


「血」


屈んで確かめる。


「ヴェルグのね」


飛空艇の上で負わせた傷。


量は少ない。


だが、進行方向へ点々と続いている。


『転移しても傷は消えない』


「今度は追いやすいわね」


三人は血痕を追った。


やがて。


前方から木が折れる音が響く。


「何?」


続いて、獣の咆哮。


木々の間から巨大な影が現れた。


先ほどの魔獣より遥かに大きい。


熊に似た巨体。


背中には岩のような甲殻が並び、太い前脚が地面を抉っている。


そして。


その少し先。


ヴェルグが走っていた。


「いた!」


リズナが叫ぶ。


ヴェルグも振り返った。


一瞬だけ視線が合う。


「随分とお早いですね」


「止まりなさい!」


「残念ながら、その予定はございません」


ヴェルグは巨獣の横を駆け抜けた。


直後。


魔獣が咆哮する。


『怒ってる』


「見れば分かる!」


リズナが再び剣を抜く。


巨獣がこちらへ向きを変えた。


「何でこっちなのよ!」


「近いからだろ!」


ゼラスが鋼剣を構える。


巨獣が突進した。


「散れ!」


三人が左右へ飛ぶ。


巨大な前脚が地面を叩いた。


土と石が弾け飛ぶ。


リズナが側面へ回り込む。


剣を振るう。


だが。


硬い甲殻に弾かれた。


「硬っ!」


『背中は駄目』


「もう分かった!」


巨獣が振り向く。


その間にゼラスが正面へ出た。


「こっちだ」


前脚が振り下ろされる。


ゼラスは僅かに身体をずらして避け、そのまま懐へ潜り込んだ。


鋼剣を腹部へ突き立てる。


魔獣が吠える。


だが、倒れない。


『首の下』


ミテイが指した。


『そこに魔力が集まってる』


「ゼラス!」


「ああ!」


ゼラスが巨獣の注意を引きつける。


前脚。


牙。


尾。


連続する攻撃をかわし続ける。


リズナはその隙に側面から回り込んだ。


風を剣へ集める。


「そこ!」


首の下。


甲殻の切れ目へ刃を突き込む。


風が内部へ走った。


巨獣の身体が大きく震える。


ゼラスが踏み込んだ。


同じ場所へ鋼剣を叩き込む。


魔獣が崩れ落ちた。


地面が揺れる。


「……大きすぎるでしょ」


リズナが息を吐く。


『ヴェルグ、離れた』


「でしょうね!」


リズナはすぐに走り出した。


ゼラスも鋼剣を収納魔法へ戻しながら続く。


「まだ追えるか?」


『うん。血が続いてる』


「なら行くぞ」


再び森を駆ける。


今度はさらに速く。


木々が後ろへ流れていく。


血痕は途切れていない。


そして次第に。


森の木々が低くなってきた。


リズナが顔を上げる。


風に、潮の匂いが混じっている。


「海が近い」


『西岸』


森を抜けた。


目の前に広がったのは、切り立った崖。


その下には青い海が広がっている。


そして。


崖沿いを走る一人の男。


ヴェルグ。


「まだ見える!」


三人は追う。


だが。


リズナはヴェルグの進む方向を見て、表情を変えた。


「あっちって……」


『完成版が見つかった入り江の方』


ゼラスの目が鋭くなる。


「やっぱり剣が目的か」


ヴェルグとの距離が少しずつ縮まっていく。


その時。


崖の向こうから魔法の閃光が上がった。


一度。


続けて二度。


「何!?」


リズナが足を止める。


『戦闘反応』


ミテイの表情が変わった。


『入り江の方』


ゼラスが収納魔法へ手を入れる。


レイスウィザードを取り出した。


「先に何か始まってるな」


リズナも剣を握り直す。


「急ぐわよ!」


三人は崖沿いを駆ける。


完成版レイスウィザードが発見された入り江。


そこから。


再び大きな魔力が立ち上がった。

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