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第百六十六話 潮の引く時



翌朝。


アスタリアから届いた連絡は、昨日より早かった。


通信盤に映ったセレイナは、すぐに本題へ入る。


『崩落の横に、細い隙間が見つかったわ』


「隙間?」


リズナが身を乗り出す。


『潮が一番引いた時だけ見えるみたい。人は通れないけど、奥を覗くくらいならできる』


ゼラスの表情が引き締まった。


「岩を動かしたわけじゃないんだな?」


『ええ。何も触ってないわ』


『中の記録は取れた?』


ミテイが尋ねる。


『少しだけね。今送るわ』


通信盤から映像が送られてくる。


暗い洞穴。


崩れた岩の脇に、人の腕一本ほどの隙間が開いている。


その奥へ、淡い光が差し込んでいた。


ミテイが記録を拡大する。


『……奥行きがある』


「崩落の向こうにも空間が残ってるのね」


『うん』


次の映像へ切り替わる。


隙間から差し込んだ光が、奥の岩を照らしている。


そして。


その端に、黒い何かが映っていた。


リズナが息を呑む。


「今の、戻せる?」


『戻す』


ミテイが映像を止めた。


黒い物体。


岩に半ば埋もれている。


見えているのは一部だけだった。


それでも、直線ではない。


緩やかに湾曲した黒い刃。


そして、その近くに。


小さな赤い光があった。


ゼラスが無言で記録を見つめる。


リズナも、すぐには声を出せなかった。


『まだ断定できない』


ミテイが先に言った。


『見えてる部分が少なすぎる』


「分かってるわ」


そう答えながらも、リズナの胸は高鳴っていた。


あまりにも似ている。


ゼラスが収納魔法から試作版レイスウィザードを取り出した。


黒く湾曲した刀身。


中央近くに埋め込まれた赤い魔石。


ミテイが二つを見比べる。


『形は近い』


「魔力は?」


『岩が邪魔してる。でも、昨日拾った反応は、この位置から出てる』


セレイナが通信盤の向こうで尋ねる。


『これが探してた剣なの?』


リズナはすぐには答えなかった。


「……可能性は高い。でも、まだ触らないで」


『そのつもりよ』


ゼラスも頷く。


「崩落がどこまで不安定か分からない。無理に取り出す方が危ない」


『ええ。現地でも同じ判断よ』


ミテイは映像を何度も拡大していた。


『リュミエラにも見せたい』


「そうね」


リズナが頷く。


「この形なら、分かるかもしれない」




リュミエラの部屋。


送られてきた映像を見るなり、リュミエラの表情が変わった。


「もう少し刃の背を拡大して」


『ここ?』


「ええ」


ミテイが映像を大きくする。


岩陰から僅かに見える刃の背。


波打つような形。


試作版よりも整った、鋭い起伏。


リュミエラは暫く黙っていた。


ゼラスが尋ねる。


「どうだ?」


「……似ているわ」


「完成版に?」


「ええ」


リュミエラは慎重に答える。


「少なくとも、私の記憶にある形とは一致している」


リズナの表情が明るくなる。


「じゃあ」


「でも、まだ断定はしない」


リュミエラが言葉を重ねた。


「実物の魔力構造を確認するまではね」


『分かった』


ミテイが頷く。


ゼラスは映像に映る黒い刃を見つめていた。


「千年か」


リズナが横を見る。


「長かったわね」


「俺が探してたわけじゃないけどな」


「それでも、ずっと行方不明だったんでしょう?」


「ああ」


ゼラスは試作版へ視線を落とした。


そして、静かに収納魔法へ戻す。


リュミエラが口を開く。


「問題は、見つけたとしても取り出せるかどうかね」


「崩落だけじゃないものね」


リズナも頷く。


ガリオールにいる自分たちは、簡単にアスタリアへ行けない。


祖先帰還路は封じたばかりだ。


ゼラスが腕を組む。


「まずは剣が本物か確かめる。それからだ」


『うん』


ミテイも同意する。


『急いで壊したら意味がない』


「それに」


リズナは通信盤に残った映像を見る。


「ヴェルグも、ここまで辿り着いてる可能性がある」


部屋の空気が少し変わった。


見つかったから終わりではない。


むしろ。


千年前から失われていたものへ、ようやく二つの手が届き始めた。


ゼラスたちと。


ヴェルグ。


どちらが先に、その黒い刃へ辿り着くのか。


潮が引くたび。


崩落の奥に眠るものが、少しずつ姿を現し始めていた。

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