第百六十五話 崩落の向こう
その日の夕方。
潮が引く時刻に合わせて、アスタリア側から再び調査結果が届いた。
通信盤には、崖下の洞穴が映し出されている。
昨日よりも奥まで岩肌が露出していた。
「中には入ったの?」
リズナが尋ねる。
『入口から見える範囲だけよ』
セレイナが答える。
『奥は崩れてる。無理に岩を動かすのはやめさせたわ』
「それでいいわ」
ミテイは送られてきた魔力記録を確認していた。
やがて、昨日見つけた新しい反応の上で指を止める。
『これ、最近誰かが残した魔力じゃない』
「違うの?」
『古い術式が最近動いた跡』
ゼラスが眉を寄せる。
「谷と同じか」
『似てる』
ミテイは二つの記録を並べた。
『元から残ってたものが、最近もう一度反応してる』
リズナはすぐに思い当たる。
「あたしがアスタリアへ飛ばされた頃?」
『たぶん、その頃』
「じゃあヴェルグが最近向こうへ行った証拠じゃないのね」
『うん』
リズナは少し息を吐いた。
これなら、ヴェルグが自由に大陸を渡れないという推測とも矛盾しない。
セレイナが通信盤の向こうで一枚の記録を持ち上げた。
『それと、こっちを見て』
洞穴の内壁だった。
海水に削られた岩の間に、一本。
さらにその奥にもう一本。
古い斬痕が続いている。
ゼラスが目を細める。
「奥へ向かってるな」
『現地でもそう見えるって』
ミテイが斬痕の残滓を調べる。
『谷で見つけたものと近い』
リズナの表情が引き締まる。
「完成版で斬りながら奥へ進んだ?」
『可能性はある』
「でも、その先は崩れてるのよね」
『ええ』
セレイナが洞穴の奥を映す。
巨大な岩が折り重なり、完全に道を塞いでいた。
『ただ、もう一つ妙なものが見つかったわ』
「何?」
『崩れた岩の向こうから、微弱だけど魔力が出てる』
ゼラスが通信盤へ近づく。
「どんな魔力だ?」
『そこまでは分からない。岩が厚すぎるの』
ミテイが送られてきた情報を受け取る。
暫く黙って解析した。
『……弱い』
「剣か?」
『分からない。でも、止まってる魔道具みたいな反応』
リズナが息を呑む。
千年前。
完成版らしき剣が、この洞穴まで運ばれた。
そして、その奥には今も何かが残っている。
偶然とは思えなかった。
「セレイナ」
『何?』
「岩を崩すのは、まだ待って」
『ええ。私もそのつもり』
「もし本当に完成版なら、周りに何があるか分からないもの」
『まず安全に調べられる方法を考えるわ』
「お願い」
通信が終わった。
静かになった室内で、ゼラスは消えた通信盤を見つめていた。
「ずいぶん近づいたな」
「まだ本物って決まったわけじゃないわよ」
リズナが言う。
「ああ。分かってる」
ミテイが記録板を閉じる。
『でも、ヴェルグもこの場所を探してた可能性が高い』
「なら、時間をかけすぎるのも危ないわね」
リズナの言葉に、ゼラスが頷く。
崩落した岩の向こう。
そこに何が眠っているのか。
まだ誰にも分からない。
ただ一つ。
千年前から途切れていた痕跡は、確実にその場所へ集まり始めていた。




