第百六十三話 海へ向かう痕跡
翌日。
魔皇城の解析室では、ミテイが森から持ち帰った偽物の欠片を再び調べていた。
リズナとゼラスも、その結果を待っている。
『分かった』
ミテイが記録板を持ち上げた。
「何が?」
『ヴェルグが探してた範囲』
リズナが身を乗り出す。
「アスタリア全体じゃないの?」
『違う。最初からかなり絞ってる』
偽物に残った魔力と、アスタリアの谷へ刻まれていた術式。
その二つを重ねると、一本の方向が浮かび上がった。
『西側』
「また海の方か」
ゼラスが目を細める。
『うん。でも、前より狭い』
ミテイが地図へ範囲を示す。
『ヴェルグは、この辺りに本物があると思ってる』
リズナは地図を見る。
アスタリア西部。
以前の谷から、さらに海へ近い地域だった。
「どうしてそこまで絞れてるの?」
『たぶん、岩壁の斬痕』
「完成版らしい傷を基準にした?」
『うん。あの傷に残った魔力を追ってた可能性がある』
ゼラスが腕を組む。
「千年前の残滓を拾って、少しずつ範囲を狭めてたわけか」
『そう見える』
「気の長い話ね」
「千年生きてる奴だからな」
「ゼラスが言うと説得力あるわね」
「俺まで一緒にするな」
ミテイは二人を気にせず、さらに解析を続ける。
『海岸に近づくほど、ヴェルグの計算では反応が強くなってる』
リズナの表情が引き締まった。
「じゃあ、本当に西岸にある可能性が?」
『まだ可能性だけ』
「分かってるわ」
その時、魔皇が解析室へ入ってきた。
「進展があったそうだな」
「はい、陛下」
リズナが姿勢を正す。
ミテイも魔皇へ向き直った。
『はい、陛下。ヴェルグが完成版を探していたと思われる範囲を絞れました』
ミテイは地図を示し、解析結果を説明する。
魔皇は暫く黙って見ていた。
「アスタリア側へ確認を頼む必要があるな」
『はい、陛下』
「ただし、無理な探索を求めるつもりはない。情報だけ共有しよう」
『承知しました、陛下』
通信を繋ぐと、中央風塔のセレイナが応じた。
『また何か見つかったの?』
「ええ」
リズナが地図を送る。
「ヴェルグが探してた場所、もう少し絞れたみたい」
セレイナが受け取った地図を見る。
『西岸ね』
「この辺り、何があるの?」
『大きな町はないわ』
セレイナは地図を確認しながら答える。
『海沿いの崖が続いてる地域。小さな入り江や洞窟も多いけど、それくらいね』
ゼラスが反応する。
「洞窟か」
セレイナが怪訝そうに見る。
『何か心当たりが?』
「いや。完成版みたいな物を長く隠すなら、人のいる場所よりは都合がいいと思っただけだ」
『それはそうね』
リズナが地図を覗き込む。
「全部探すのは大変そうね」
『ええ。海岸線も長いわ』
ミテイが口を開く。
『崖の形が分かる地図はある?』
『あると思う。探してみる』
「ミテイ、何を見るの?」
『谷の斬痕』
ミテイが答える。
『あれをつけた後、剣を持った人がどっちへ向かったか。残ってる魔力の散り方から少し分かるかもしれない』
ゼラスが僅かに笑う。
「そんなことまで分かるのか」
『少しだけ』
「十分だ」
セレイナも頷いた。
『じゃあ、こちらでも地図を用意する。現地へ人を出すのは、その後にするわ』
「うん。それがいいと思う」
リズナも頷く。
『また分かったら連絡する』
「お願い、セレイナ」
通信が切れる。
ゼラスは地図に残った西岸の印を見つめていた。
「近づいてきたな」
「あたしたちじゃなくて、ヴェルグもね」
リズナが答える。
『だから先に見つける』
ミテイが記録板を閉じた。
千年前にアスタリアで振るわれた可能性のある完成版。
その痕跡は。
少しずつ、海岸へ向かっていた。




