第百六十一話 黒い欠片
三人は洞穴を出て、森の奥へ続く魔力の痕跡を追った。
『こっち』
ミテイが木々の間を指す。
レイスウィザードに似た魔力は薄い。
それでも、数日前のものならまだ拾えるらしい。
「ヴェルグ本人の痕跡もある?」
リズナが尋ねる。
『ある。でも途中から重なってる』
「同じ物を持って移動したってことか」
ゼラスが先を見据える。
暫く進むと、森が途切れた。
その先には細い沢が流れている。
ミテイが足を止めた。
『ここで終わってる』
「また転移?」
『違う』
ミテイは沢沿いへ歩き、岩陰へしゃがみ込んだ。
『捨ててる』
そこには、黒い欠片がいくつも散らばっていた。
ゼラスが一つ拾う。
「刃か?」
黒く、僅かに湾曲した金属片。
だが、手に取った瞬間に眉を寄せる。
「軽いな」
リズナも近づいた。
「レイスウィザードじゃない?」
「違う」
ゼラスは即答した。
「こんな脆い剣じゃない」
ミテイが欠片を調べる。
『魔力構造も違う』
「でも、洞穴では似てるって」
『似せてある』
ミテイは複数の欠片を並べた。
その中には、砕かれた赤い魔石も混じっている。
『形と、表面の魔力だけ』
リズナが目を細める。
「……偽物?」
『たぶん』
ゼラスが黒い欠片を指で弾く。
「戦うための剣じゃないな」
『うん。強い魔力を流したら壊れる』
リズナは洞穴に残っていた跡を思い出した。
大きく湾曲した刀身。
赤い魔石。
完成版レイスウィザードによく似た形。
「じゃあ、ヴェルグは何のためにこんなものを作ったの?」
ミテイはすぐには答えなかった。
砕けた魔石。
黒い金属。
その両方に残った魔力を調べていく。
やがて。
『探すためだと思う』
「探す?」
『本物を』
ゼラスの表情が変わる。
ミテイは赤い魔石の欠片を示した。
『完成版の記録から分かる特徴を、これに再現してる。でも剣として使えるほど精密じゃない』
「基準にしたのか」
『うん』
リズナも気づく。
「アスタリアの谷にあった術式……」
『あれは遠くの魔力を探してた』
ミテイが頷く。
『探したい魔力の特徴を、こっちで用意して比較してたなら説明できる』
ゼラスが低く息を吐いた。
「つまり、洞穴にあったのは完成版じゃない」
『うん』
「ヴェルグもまだ本物を探してる」
『その可能性が高い』
リズナは少しだけ安心した。
観測所でヴェルグが言っていたこととも矛盾しない。
完成版は、まだ必要だと。
あの言葉が嘘でなかったのなら。
「じゃあ、アスタリアの岩壁に残ってた傷は?」
「そっちは別だ」
ゼラスが答える。
「本当に完成版の傷なら、昔あそこに本物があった可能性は残る」
『だからヴェルグもアスタリアを探してる』
「千年前の痕跡を手掛かりに?」
『たぶん』
リズナは沢の流れを見る。
八十六年前。
そして、さらに昔。
ヴェルグがどこまで知っていたのかは、まだ分からない。
だが少なくとも今は。
彼もまた、完成版レイスウィザードの行方を追っている。
ゼラスが黒い欠片をミテイへ渡した。
「持って帰ろう。リュミエラなら、どこまで似せてるか分かるかもしれない」
『うん』
ミテイが欠片を記録用の袋へ収める。
リズナは周囲を見回した。
「ヴェルグの足取りは?」
『ここから先はない』
「消した?」
『沢に入ったみたい。その後は分からない』
ゼラスが小さく舌打ちする。
「また一歩遅かったか」
「でも、何も分からなかったわけじゃないでしょう?」
リズナは黒い欠片を見る。
「完成版を持ってないって分かっただけでも大きいわ」
「ああ」
ゼラスも頷いた。
「なら、次にあいつが向かう場所も絞れる」
リズナが振り向く。
「アスタリア?」
「完成版を探してるならな」
風が木々の間を抜けていく。
千年前に盗まれた、本物のレイスウィザード。
ヴェルグもまた。
その行方を知らない。
だからこそ、アスタリアに残された古い傷を追っている。
三人は黒い欠片を持ち、森を引き返し始めた。




