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第百六十話 森の奥へ



岩山を離れた三人は、ヴェルグの残した魔力を追って森へ入った。


『こっち』


ミテイが先を指す。


短距離転移の残滓は、一度で終わっていなかった。


数十歩から百歩ほど。


森の中を縫うように、何度か繰り返されている。


リズナが眉を寄せた。


「わざと追いにくくしてるのかしら」


『たぶん。でも、急いでたみたい』


「どうして分かる?」


ゼラスが尋ねる。


『消し方が雑』


「観測所から逃げた直後だからな」


ゼラスは周囲を見回した。


やがて転移の痕跡が途切れる。


その先には、獣道すらない深い森が続いていた。


「ここから歩いた?」


『うん』


リズナは地面へ目を向ける。


「なら、あたしの方が見つけられるかも」


冒険者として森を歩いた経験ならある。


折れた細い枝。


踏まれたばかりの草。


湿った土に僅かに残る靴跡。


「こっちね」


ゼラスが少し笑った。


「頼りになるな」


「こういうのは魔法だけが全部じゃないのよ」


三人はさらに森の奥へ進んだ。


しばらくすると。


リズナが足を止めた。


「……何かいる」


茂みの奥で低い唸り声がする。


直後、二頭の魔獣が飛び出した。


リズナは腰の剣を抜く。


ゼラスも収納魔法から鋼剣を取り出した。


一頭がゼラスへ飛びかかる。


「遅い」


身をずらし、そのまま鋼剣を振るう。


魔獣が地面へ転がった。


もう一頭へ、リズナが踏み込む。


剣を避けようとした魔獣の動きを風で僅かに崩し、その首元へ刃を走らせた。


二頭目も倒れる。


静かになった森で、リズナは剣を振って血を払い、鞘へ収めた。


ゼラスも鋼剣を収納魔法へ戻す。


『この先』


ミテイは魔獣には目も向けず、奥を見ていた。


『魔力が残ってる』




木々の間に、小さな岩穴があった。


洞窟というほど深くはない。


雨風を避ける程度の窪みだ。


だが、その中には明らかに人がいた痕跡が残っていた。


消えかけた焚き火。


水の容器。


簡素な寝具。


「ヴェルグがここに?」


『魔力は同じ』


ミテイがしゃがみ込む。


『数日前まで使ってた』


ゼラスは奥へ進んだ。


岩を平らにした場所に、焼かれた紙片がいくつか残っている。


「証拠を消したつもりか」


『全部は燃えてない』


ミテイが紙片を拾う。


灰色の魔力で表面をなぞると、僅かに文字が浮かび上がった。


『谷側反応……位置誤差……』


リズナが覗き込む。


「昨日の魔法陣のこと?」


『たぶん』


別の紙片。


『海岸線との補正……』


ゼラスの目が細くなる。


「やっぱり、大陸の位置を測ってたのか」


『そう見える』


「じゃあ、自由にアスタリアへ渡れるわけじゃない」


リズナが言った。


「向こうに昔残したものを使って、今になって位置を確かめ直してた」


『その可能性が高くなった』


ゼラスは洞穴の奥を調べる。


そこで手が止まった。


「これを見ろ」


岩床に、細長い何かを置いていた跡があった。


周囲には薄く埃が積もっている。


だが、そこだけ綺麗に抜けている。


リズナがしゃがみ込む。


「剣?」


長さも幅も、普通の剣より大きい。


しかも僅かに湾曲している。


ミテイが残った魔力を調べた。


数秒後。


『レイスウィザードに近い』


ゼラスの表情が変わる。


「試作版じゃないな?」


『違うと思う』


リズナは息を呑んだ。


「完成版……?」


『そこまでは断定できない。でも』


ミテイは跡の一端を指した。


『赤い魔石の魔力が少し残ってる』


三人が黙る。


岩壁に残された古い斬痕だけではない。


つい数日前まで。


この洞穴には、レイスウィザードと酷似した何かが置かれていた。


ゼラスが低く呟く。


「持ってたのか」


リズナが首を横へ振る。


「それなら、観測所で完成版が必要だって言ってたのと変じゃない?」


ゼラスの動きが止まった。


『うん』


ミテイも跡を見つめる。


『持ってたなら、おかしい』


「じゃあ、ここにあったのは何なの?」


誰も答えられない。


ミテイは残った魔力をもう一度調べる。


そして。


『運び出された方向なら、少し追える』


ゼラスが立ち上がった。


「行こう」


リズナも頷く。


ヴェルグの痕跡は。


まだ森の奥へ続いていた。

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