第百五十九話 向かい合う印
翌日。
ミテイは、観測所からヴェルグが逃げた際に残した転移痕跡を再び追っていた。
『見つけた』
リズナが記録板を覗き込む。
「今度はどこ?」
『王都の西。岩山の近く』
ゼラスが立ち上がった。
「遠いか?」
『飛行船ならすぐ』
「なら行くか」
リズナも腰の剣を確かめる。
「リュミエラさんは?」
「置いていく」
「言い方」
「連れていけないだろ」
「それはそうだけど」
ミテイが記録板を閉じた。
『陛下には私から報告する』
「ああ、頼む」
昼過ぎ。
三人を乗せた小型飛行船は、王都西方の岩山へ到着した。
周囲に建物はない。
低い草と、灰色の岩が続いているだけだった。
「本当にここ?」
『うん』
ミテイが先頭を歩く。
『ヴェルグの転移は、この辺りで終わってる』
ゼラスが周囲を見回した。
「ここから歩いたのか」
「足跡は?」
リズナが地面を見る。
岩が多く、痕跡はほとんど残っていない。
『消してる』
「でしょうね」
三人は暫く岩場を進んだ。
やがてミテイが、一枚の大きな岩の前で止まる。
『これ』
「何?」
リズナが近づいた。
岩肌に、細い線が刻まれている。
まだ新しい。
「魔法陣?」
『うん』
ゼラスが目を細めた。
「ヴェルグのか?」
ミテイは指先から魔力を伸ばし、触れない距離から構造を読む。
『同じ癖がある。たぶん』
リズナは岩へ刻まれた線を見つめた。
「でも、これ……」
どこかで見た形だった。
ミテイもすぐに気づく。
『アスタリアの谷』
「やっぱり?」
ミテイが記録板を開き、昨日送られてきた術式を並べる。
二つはよく似ていた。
ただし、全く同じではない。
『逆になってる』
「逆?」
『線の流れが反対』
ゼラスが二つの術式を見る。
「向こうとこっちで、対になってるのか?」
『たぶん』
「転移するためのもの?」
リズナが尋ねる。
ミテイは首を横へ振った。
『違う。こっちも転移術式じゃない』
「じゃあ何のため?」
ミテイは暫く二つを見比べた。
『距離を測ってた』
「距離?」
『正確には、空間の反応』
ミテイはアスタリア側の術式を指す。
『向こうから探す』
次に、目の前の岩へ刻まれた術式を見る。
『こっちで拾う』
リズナの表情が変わった。
「二つの大陸の位置を確かめてたってこと?」
『その可能性が高い』
ゼラスが低く息を吐く。
「やっぱりヴェルグも、正確な位置を知らなかったんだな」
「少なくとも、最初から全部分かってたわけじゃなさそうね」
リズナは岩山の向こうを見る。
少し前まで。
自分たちですら、二つの大陸がどう繋がっているのか分からなかった。
それはヴェルグも同じだったのかもしれない。
「でも、こっちは新しいのよね?」
『うん』
ミテイが答える。
『最近刻まれてる』
「アスタリア側は昔からあった」
「ああ」
ゼラスの表情が険しくなる。
「昔向こうに仕込んだものを、今になってこっちから探し直したってことか」
『たぶん』
リズナは少し考える。
「それなら、ヴェルグが観測所へ来た理由も繋がるわね」
祖先帰還路が再び動いた。
アスタリアとの繋がりが確認された。
だからヴェルグは、自分が昔残した痕跡を使って、大陸の位置を改めて確かめようとした。
『まだ推測』
ミテイが言う。
「分かってるわ」
リズナは頷いた。
ゼラスは魔法陣の周囲を調べる。
ふと、その足が止まった。
「ミテイ」
『何?』
「ここを見ろ」
岩の裏側。
人目につきにくい場所に、小さな焦げ跡が残っていた。
ミテイが調べる。
『転移の跡』
「ヴェルグ?」
『同じ魔力』
リズナが腰の剣へ手をかける。
「ここから、また飛んだの?」
『うん。でも短距離』
「行き先は?」
ミテイは残った魔力を拾い上げる。
数秒後。
西を指した。
『あっち』
ゼラスがその方向を見る。
岩山の先には、深い森が広がっている。
「まだ追えるな」
『うん』
リズナも剣から手を離し、二人の隣へ並んだ。
「じゃあ行きましょう」
ヴェルグが残した痕跡は。
まだ、途切れていなかった。




