第十五話 白い骨
「ゼラス、そこから離れて!」
リズナの声が通信装置から響いた。
南西地点では、地面に生じた亀裂から白い光が漏れ出していた。
ゼラスは封魔杭を運んできた兵士たちへ振り返る。
「杭を置いて下がれ」
「しかし――」
「今は打ち込めない。
全員、木の陰まで退避しろ」
兵士たちは封魔杭を地面へ下ろし、来た道を引き返した。
最後の一人が離れた直後、白いものが土を押し上げた。
地面から現れたのは、巨大な骨のような物体だった。
表面は滑らかで、泥に覆われているにもかかわらず、内側から淡い光を放っている。
太さはゼラスの胴ほどもあり、緩やかに湾曲しながら地中へ続いていた。
「骨にしては大きすぎるな」
ゼラスは収納魔法から幅広の剣を取り出した。
白い物体へ近づき、剣先で表面を軽く叩く。
硬質な音は返ってこなかった。
代わりに、何か柔らかいものを押したように、表面が僅かに沈む。
次の瞬間、白い物体が脈打った。
ゼラスは即座に後ろへ跳ぶ。
先ほどまで立っていた地面を、細い白線が走り抜けた。
線は土を裂きながら進み、近くの木の根元へ触れる。
触れた部分だけが、音もなく白く変色した。
「触るな!」
ゼラスの警告と同時に、変色した木が根元から崩れ落ちる。
焼けたわけでも、腐ったわけでもない。
白くなった部分だけが、乾いた砂のように崩れていた。
通信装置から、リュミエラの声が届く。
『状況を報告して』
「地中に骨みたいなものが埋まってる。
動く上に、触れたものを崩す」
『生物なの?』
「分からない。
少なくとも、普通の骨じゃない」
ゼラスは白い物体から距離を取り、魔力の流れを探った。
内部に生物らしい魔力はない。
だが、完全な無機物とも違う。
周囲から集まった魔力が、表面を伝って地中へ流れ込んでいた。
「遺構につながってる可能性がある」
『無理に破壊しないで。
すぐそちらへ向かうわ』
白い物体が再び脈打つ。
地面の亀裂が広がり、二本目が現れた。
さらに三本目。
どれも同じ方向へ湾曲し、遺構を囲むように並んでいる。
巨大な生き物の肋骨が、地中から突き出してきたようだった。
ゼラスは兵士たちの退避を確認しながら、ゆっくりと後退する。
その足元へ、再び白い線が伸びた。
ゼラスは手のひらを向ける。
白く淡い無属性の魔法弾が放たれ、迫ってきた線へ衝突した。
乾いた破裂音が響く。
白い線は途中で弾け、細かな光となって消えた。
だが、地中から現れた物体には傷一つ付いていない。
「面倒だな」
ゼラスは幅広の剣を収納魔法へ戻した。
代わりに右手へ炎を生み出す。
小さな赤い炎だった。
それを見た瞬間、白い物体の動きが止まった。
ゼラスが目を細める。
炎を僅かに近づけると、白い表面を流れていた魔力が乱れた。
肋骨のような物体が、炎から逃れるように地面の中へ身を引く。
「火を嫌ってるのか?」
ゼラスは炎を消さず、白い物体の反応を観察した。
完全に動きを止めたわけではない。
だが、先ほどのように白い線を伸ばしてくる様子はなかった。
リズナとリュミエラが到着した時、地面からは六本の白い物体が姿を現していた。
その内側には、打ち込まれていない封魔杭が置き去りにされている。
周囲の木々は外側へ押し倒され、土の中では白い光が脈を打っていた。
「ゼラス!」
リズナが駆け寄る。
「怪我は?」
「ない」
「兵士たちは?」
「全員下がらせた」
リュミエラは周囲を一瞥し、通信装置を起動した。
「カレナ、南西地点を中心に立入禁止区域を拡大して。
他の三班も、現在地から動かさないで」
『承知しました』
命令を終えると、リュミエラは地面から伸びた白い物体へ目を向けた。
「骨ではないわね」
「分かるのか?」
「表面に術式があるもの」
リュミエラが手をかざす。
紫色の光が白い物体の表面を照らした。
肉眼では何も刻まれていないように見える。
だが、紫の光が触れた場所に、極めて細い文字が浮かび上がった。
古代文字に似ている。
しかし、禁書庫の石板に刻まれていたものとも異なっていた。
「読めますか?」
リズナが尋ねる。
「一部だけなら。
これは構造を固定するための回路ね」
「門の一部か?」
ゼラスが聞く。
「おそらくは。」
リュミエラは白い物体が描く弧を目で追った。
「地上にあった遺構は、術式の表層部分にすぎなかったのかもしれない。
本体は地中に埋まっている可能性があるわ」
「これが全部、遺構につながってるの?」
リズナは地面へ手をかざし、風を細く送り込んだ。
地下の隙間へ潜り込ませ、白い物体の形を探っていく。
風は土の中を進み、やがて硬い表面へ触れた。
一本ではない。
今見えている六本以外にも、同じ形のものが地中へ並んでいる。
それらは遺構を中心に円を描き、さらに深い場所へ続いていた。
「もっとあります」
リズナは目を閉じたまま告げた。
「地面の下に、遺構を囲むように並んでいます。
それだけじゃありません。この骨みたいなものは、下で一つにつながってる」
「どんな形?」
「大きな輪……いえ、籠みたいな形です。
遺構の下にある何かを、包んでるような……」
言葉にした直後、地中を探っていた風が何かに触れた。
冷たい。
空気でも、土でも、魔力でもない。
触れたはずなのに、その先には何もない。
風だけが、そこから先へ戻ってこなかった。
リズナは反射的に意識を引き戻した。
「リズナ?」
リュミエラの声が聞こえる。
リズナは目を開いた。
「地中に、何かあります」
「白い構造物とは別のもの?」
「はい。
でも、形が分かりません。風を送っても、その場所で消えてしまうんです」
リュミエラの表情が険しくなる。
「境界が薄くなっているのかもしれないわね」
「外側との?」
「まだ断定はできない。
けれど、少なくとも普通の空洞ではないわ」
ゼラスが掌の炎を白い物体へ近づけた。
白い表面に浮かんだ古代文字が乱れ、地中を流れていた魔力が僅かに弱まる。
リュミエラがその変化を見逃さなかった。
「待って。
もう一度、同じ位置へ炎を近づけて」
ゼラスが炎を元の場所へ戻す。
白い文字が一斉に明滅した。
「やっぱり、火に反応しているわ」
「嫌がってるように見えるけどな」
「それだけではないかもしれない」
リュミエラは術式の流れを追った。
「あなたの炎へ反応して、内部の回路が起動している」
「起動?」
「拒絶しているのではなく、照合している可能性があるわ」
ゼラスは手の中の炎を見る。
その時、白い物体の表面に浮かぶ文字が、同時にゼラスの方角を向いた。
ただ並んでいたはずの文字が形を変え、一つの印を作っていく。
リズナは風晶石が震えるのを感じた。
地中へ集まっていた風が、今度はゼラスの炎を中心に渦を巻き始める。
「火を消して!」
リズナが叫ぶ。
ゼラスは即座に炎を握り潰した。
だが、白い文字は消えなかった。
地面に埋まった構造物全体が、低い音を立て始める。
それは振動ではなかった。
巨大な何かが、深い場所で息を吸い込んでいるような音だった。
「全員、ここから離れるわよ!」
リュミエラが鋭く命じる。
三人が後退を始める。
その直後、六本の白い物体が同時に地面からせり上がった。
土が崩れ、さらに深く埋まっていた部分が姿を現す。
骨のような構造物は上空で弧を描き、互いの先端を近づけていった。
まるで、地中に埋められていた巨大な門が、こちら側へ起き上がろうとしているようだった。
白い文字がゼラスを向いたまま、淡く明滅する。
次いで、リズナの風晶石が強い光を放った。
二人の間を結ぶように、一本の白い線が空中へ浮かぶ。
リュミエラはその光景を見つめ、息を詰めた。
「二つの標定点……」
白い骨の門が、ゆっくりと開き始めた。




